第24話 ステータス、バージョンアップ


「さて、じゃあしまうか」


 屋内を一通り見てから道場になっている蔵に行き、隠し棚からカノの家に伝わる刀剣類を取り出した。

 もちろんこれからストレージにしまうためだ。

 避難する時は持ち出せなかったけど、今なら持ち運べる。


「ん?」


 スイ様に感謝しつつスマホを取り出して画面を見るとSMSのメッセージが来ていた。

 ちなみに現在スマホのアンテナは立っていない。電波塔とかインフラが破壊されているんだろう。水道も電気も使えなかった。


「やっぱりスイ様からか」


 本文を開くと、やはり相手は高天原のスイ様からだった。


『KUSABIRAがスマホのままでは使いづらかろうと思って、新しいデバイスをストレージに入れておいた。コンタクトレンズだ。今後はそちらを使うと良い。以上』


 スイ様らしい端的な内容だ。感謝の返信を送ろうとしたらエラーがでた。

 どうやらメッセージは一方通行なものらしい。

 頭をかきながらアプリのストレージを見ると確かにコンタクトレンズの画像が表示されている。


「一度着けると眼球と一体化すると……寝る前に外す手間が省けるな」


 説明をみてから手の平に向けてタップすると使い捨て型のコンタクトレンズが現れた。


「とはいえ、俺着けたことないんだよな……」


 一人唸っていると、廊下をたたくスリッパの音が聞こえてきた。


「リクトリクト! なんかスイ様からプレゼントが来てた!」


 母屋にいたカノがアヤを連れて飛び込んできた。

 丁度良い、カノはコンタクトを使っているから使い方を聞こう。


「これでよし。お、視界の縁に色々でてきたな」

「なるほどーうちの子会社が作ってたARデバイスの画面に近いかな」


 カノが呟きながら空中で手を動かし始めた。早くも順応したらしい。

 所どころカノに教えてもらいつつ、俺の方も使い方を把握した。


「左右に半透明のウィンドウを配置して、瞼とジェスチャのショートカット登録も完了と」


 手の平を上に右手を差し出してつかむ動作をすると、手の中に抜き身の日本刀が現れた。

 手を開く動作をすると当然日本刀は落ちるが、地面に落ちる前に消えた。

 確認すると再びストレージに収まっている。視線でマシェットを選択し同じ動作をすると今度は右手にマシェットが現れた。これは便利だな。


「ストレージの共有設定もできたよ。これではぐれても安心だね!」


 みるとカノが左手の平にカロ○ーメイトを取り出して見せた。食べるなよ?


「そうだな。お互いの私物はプライベートスペースに入れる事にして食料物資は全部共有にしておこう……ん?」

 共有スペースに紛れて大事なものが入っていたので取り出す。


「あ、共有スペースに入れちゃってたか」


 避難の時リクトが自分の家のを持ってくのをみて気になってたんだ、とばつが悪そうにカノが笑う。

 俺の手の中にあるのは結城家の、ようするにじいちゃんばあちゃんの位牌だった。


「せっかくだから拝んでいくか。当分の間この家には戻らないんだしな」


 そういって床の間に置き、さらに自分の家、有馬家の位牌を取り出し並べた。

 三人で横に並び、手を合わせる。

 ……

 

「そういえばアヤは位牌に手を合わせるのは良いのか?」

「……平気。スイ様はお釈迦様とも仲良し」

「そ、そうなんだ……」


 お釈迦様が高天原の神殿で和食を食べているのを想像してみる。うーん、おかしくはないか。

 と考えた所で重要な事に気がついた。


「ん? それなら俺達はお寺にもいく必要があるのか?」

「……そう、だね。お寺でも呪符はもらえる。スイ様いうの忘れてた。うかつ」


 どうやら力を失っているのは仏様も同じらしい。


「魔法を使う媒体である呪符をこまめに補充できるという意味ではこちらとしても嬉しいな。全部は回れないが」


 使徒的には全部回るべきなんだろうけど、それだと八十八ヶ所巡りみたいになって使徒を増やすという目的が達成できない。本末転倒だ。


「アヤ、平等に廻らなくても大丈夫かな?」

「……珍しい神様以外はたくさん社を持っているから平気。……でも空の社もあるから注意して、中には荒魂や古い魔物が棲んでいる所がある……」


 アヤが眠そうな半目のままけっこうヤバい事実を伝えてきた。 


「そんな危険な相手がいるのか、見分ける方法は?」

「……基本、ない。だから注意して」


 注意といってもな。ま、できるだけするしかないか。

 荒魂なんてやばそうな相手と戦うなんて御免被りたい。

 

 位牌をストレージにしまって立ちあがる。

 壊れた扉から出る前にもう一度振りかえり、俺は道場に別れを告げた。


† 


 カノの家を出発した後、川沿いに車を走らせていると堤防の斜面で動く人型の影を見つけた。

 目をこらすと少しだけズームになった。これもKUSABIRAの機能らしい。

 杭を育てると連動して機能が上がるというから、いわゆるスキルのレベルアップと同じと考えていいだろう。

 が、機能はそれだけではなかった。


「うわぁ、KUSABIRAの鑑定機能って魔物にも有効なんだね」


 隣でカノが感心しているので、同じものが見えているんだろう。


レッドキャップ……ゴブリンから派生した種族。何人もの人間をその手にかけ殺戮に目覚めた悪鬼。魔石重量:十五グラム


「この解説にある魔石重量ってなんだろうな?」

「ちょっとまって、ゴブリンの魔石を鑑定してみる……魔石重量五グラムだって」


 レッドキャップがゴブリンより強いのは当然として、その強さは三倍なのか?

 魔素は確か生体濃縮されているはずだから、一つの指標にはなるか。


「行くか」


 車を止めて降り、即座に収納したところで向こうも気付いたらしくこちらにかけてくる。

 俺は右手を前に出して設定していた武器を取り出した。

 高天原でも出していたポリカーボネート製の大盾だ。


 レッドキャップは低い姿勢でぐんぐん近づいてくる。

 相手の獲物は斧だ。速度に任せて身体ごとぶつかってくる気だろう。

 足をかばうため身体をかがめて盾を地面につける。

 と、後五メートルほどの所でレッドキャップが突然ぐるりと背中を見せた。

 一瞬転んだかのように見えたが、事実は違う。レッドキャップは後ろ回し蹴りと同じく、かかとの位置をずらしたのだ。

 ジャンプと同時に突進力が回転力に変換され、すさまじい勢いで回転した身体が迫ってくる。


「初見殺し、といったところだな」


 一瞬で軌道を見切り、斜めから盾をおしつけるように動かすと、レッドキャップは軌道をそれてアスファルトの上を二三度バウンドしていった。

 とはいえ、すぐに受け身をとっていたのか、斧も手放さずに四つん這いでこちらに睨んでいる。


「ッヒャァ!」


 甲高い悲鳴のような叫びとともにレッドキャップが突進してきた。

 相手は俺よりもだいぶ小柄。向こうが狙うなら足だ。

 先ほどと同じく大盾を地面につける。と、当然向こうは隠れていない頭めがけて大上段に切りつけてくる。


「ハッ!」


 間合いを潰して盾で斧を右に受けながし、そのまま回転させた盾の右側でレッドキャップの腹を殴りつける。矮躯がくの字に折れ曲がる。


「カノ!」


「ッエイッ!」


 俺の後ろに控えていたカノがレッドキャップの死角に回り込み、背中に三度突きを入れた。

 声もなく醜悪な身体が崩れ落ち、うつ伏せたまま動かなくなる。

 斧を蹴ってしばらく残心をとるが動く様子はない。


「やったかな?」


 言いながら盾の縁を使ってレッドキャップをひっくり返そうとした瞬間、小柄な身体が回転して何かを放ってきた。

 レッドキャップの投げナイフを裁き、そのまま大盾の角でレッドキャップの首を潰す。


「……カノ、フラグって知ってるか?」


「当然。リクトなら逆に警戒するでしょ?」


 文字通り息の根を止めてからカノを睨むとしれっと答えが返ってきた。

 信頼されていると考えて良いものか……


 レッドキャップを倒した後、俺達は魔物から取れるものを剥ぎ取りにかかった。

 魔石はゴブリンと同じく額の角だ。ナイフでこじると案外簡単に外れた。

 指ではさんでぐっと力を入れると光と塵になり、光は身体に吸い込まれた。

 これで周囲の土地に活性魔素がもどる、と同時に俺自身の杭も成長するというわけだ。


「どんな感じ?」

「うん、ちょっと握力が強くなったか?」


 手が一番敏感だから違和感に気づけただけで、実際は身体全体が強化されているのだろう。

 でも正直体調が少し良くなったとか、誤差の範囲内だ。


「まあまだ魔石一個だしな。アヤがスライムから得る精製魔素もあるし、地道に強くなっていこう」

「ん、がんばる」


 空中で人化したアヤがうなずくのを微笑ましく見ていると、河原の茂みでなにかが蠢くのが見えた。


「スライム?」


 一抱えもあるスライムが三体、レッドキャップの死体に群がり、あっというまに溶かしてしまった。


「このスライムはアヤが呼んだのか?」

「ん、そう……皆、残りかすちょうだい」


 アヤの言葉に反応したスライム達が杭を差し出してきた。


「お腹が空いてるからお肉と魔石はだめみたい……かわりにこれもらった」


 少ししょんぼりして差し出してきたのは鉄のインゴットと黒いガラスとスライム膜に包まれた油と杭。

 杭はレッドキャップのものとして、残り二つは廃車でも溶かしたのだろう。

 スイ様いわく、スライムが溜める素材は見た目と重さとは比較にならない質量を持っているらしい。

 片手でつかめる量でも場合によってはトン単位の質量が詰まっているとか。世界が変わる際の臨時法則らしいけど、そのでたらめさにため息がでる。


「杭と素材か、ありがとうな」


 少ししょんぼりしているアヤの頭に手を置いてから杭をカノに渡す。

 スライムにだって生活があるのだから余分なものだけもらえれば十分だ。


「今度は私がレベルアップする番だね……っと」


 カノがふん、と力を入れ杭をパキリと折ると、さっき俺が魔石を割ったときとは違って杭が光になってカノの胸に吸い込まれた。


「どうだ?」

「うーん、嫌な感じでは、ないかな。身体が少し軽くなったような?」


 その場でジャンプしてみたカノが自信なさげに首を捻る。


「とりあえずそこらのスライムから素材を集めつつ、魔物を倒して魔石は剥ぎ取り、近くにスライムがいたらアヤが命令して死体を溶かして杭も回収、という流れだな」

「だねー。早く魔法使いたい!」


 カノが短槍をつかってのびをする。


「そのためには供物をそろえて神社に行かなくちゃな」


 俺達はスライムを残し、その場をあとにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る