第23話 ベンテスの誘い
「天井裏から、なんとか外に出られないかな」
「出るのは簡単にできるだろう。だが、その先が難しいと思うぞ。見張りの兵士がいるはずだ」
エイジの言う通りだ。私達は監禁されている。そう簡単には逃げられないよう、見張りを配置しているに違いない。
「やっぱり、ロディの言う通りにしたほうがいいのかな……」
「彼女が何か言っていたのか?」
私はエイジに、海の魔女ベンテスとロディの関係を説明した上で、ロディがベンテスの力を借りることを提案していたと伝えた。
「なんだ、その話を受ければ良かったじゃないか」
「冗談言わないで。ベンテスは悪党なんだよ。そんな奴に借りを作ったら、あとで何を要求されるかわからないじゃない」
「お前はベンテスのことを知っているのか? 先入観でものを言うのは良くないぞ」
エイジも、ロディと同じようなことを言う。
私は映画を見たから知っている。ベンテスがいかに危険な魔女か、ということを。だけど、それは説明してもしょうがない。まず、信じてもらえないだろう。この世界が物語の世界、なんていうことは。
「とにかく、ここから脱出しないことにはしょうがない。利用できるものはなんでも利用すべきだ」
「だけど、私、ロディのことを怒らせちゃったし、次にいつあの子が来てくれるかわからないよ」
「まったく……何をやっているんだか」
呆れたようにエイジはかぶりを振る。その仕草を見て、私はなんだか悲しくなった。嫌われるのは構わないのだけど、呆れられるのは、傷ついてしまう。
「とにかく、手段を考えよう。どうやってロディとコンタクトを取るか……」
そうエイジが言った、その瞬間、
「それには及ばないよ」
いきなり、ベンテスの声が聞こえてきた。
「え⁉︎ どこ⁉︎」
「ここだよ、ここ」
部屋の隅に、モヒカンの髪をつけたタツノオトシゴが佇んでいる。まさか、と思って見ていると、そのタツノオトシゴは見る見るうちに増大し、やがてベンテスの姿へと変化した。
「あたしは、海の生物なら何にでも変化できるのさ。こうやって小さな生物に変身していれば、王宮の中に忍び込むことも簡単にできる」
「いつから、ここにいた」
「あんた達が合流したあたりからだよ」
ということは、私達の会話は全て聞かれていた、というわけだ。
まずい。私は、ベンテスの悪口を散々言ってた。もしかしたら、怒っているかもしれない。
「なんだい、しけた面して。まさか、悪口を言っていたことを気にしているのかい? あたしは悪名高い海の魔女さ。悪く言われるのはむしろ勲章のようなもんだよ」
「そ、それなら、いいけど……」
「さて、さっさと話を進めようかい。あたしはモタモタするのが嫌いなんだ。あんた達はここから逃げ出したい、そうだろう?」
「うん。だけど、出来るの? 見張りに気付かれずに、私達を脱出させることが」
「簡単さ。あんたらを海の生物に変身させる」
「わ、私達を⁉︎」
「ちっこい魚にでもなれば、バレやしないさ。それでポセイドンの手が及ばないところまで逃げてから、変身を解く。どうだい? 簡単な話だろう」
「そんなことをするメリットは?」
「なんだって」
「あなたは、どうして私達のことを助けるの? 何も得しないじゃない。会ったばかりの私達を、どうして」
その私の疑問は、エイジもまた同じ意見のようだった。横で同調するように頷いている。
「俺達のほうから頼んだのならともかく、お前から声をかけてくるのは意外だった。どういう魂胆だ?」
しばらく、沈黙が続いた。
ベンテスは、肩をすくめた。
「あたしを疑っているのかい?」
「あまりにも俺達にとって都合のいい話だからな。裏があるのではないかと考えてしまう」
「単純だよ。あたしは、ポセイドンを憎んでいる。あいつが王座についてふんぞり返っているのが、気に食わないんだ。だから、あいつに対して嫌がらせになることなら、何だってやるさ」
私とエイジは、お互いに顔を見合わせた。筋は通っている。だけど、本当に信用してもいいんだろうか。
「さっきも言ったけど、あたしはモタモタするのが嫌いなんだよ。決めるなら、いますぐ決めな。あたしの助けが欲しいのか、そうじゃないのか、どっちだい」
やむを得なかった。他に方法はない。ベンテスに何か企みがあったとしても、私達は彼女の力にすがるしかない。
「わかったわ。ここから逃げるのに、力を貸して」
「了解。じゃあ、さっそく魔法をかけるよ」
ベンテスの下半身から生えている触手が、ウネウネと蠢いた。次の瞬間、触手の先端から、カッ! と光が放たれる。
その光を浴びた私とエイジは、小さな魚の姿に変身していた。カクレクマノミだ。それに伴い、部屋のスケール感も大きくなった。私達が縮んだ分、周りがビッグサイズに見える。
気が付けば、ベンテスはまた、タツノオトシゴに変化していた。
「さあ、グズグズするんじゃないよ! ここから抜け出そうじゃないか!」
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