第11話 恋の始まり……?
「ま、待って……違う……二人は絶対に、ちが……おぼろろろろ」
エイジのことを止めようと足掻くも、押し寄せてくる吐き気の波には耐え切れず、またもや吐いてしまう。
「大丈夫ですか、スカーレット様。いまに医者が来ますから、それまでの辛抱です」
ああ、なんて優しい。私のことを気遣ってくれるエイジの真心が胸に染みてくる。だけど、違うの。私は犯人だから、そんなに優しくしてくれなくていいの!
意識がもうろうとする中、私のことを守るようにディアドラとヴァイオレットの前に立ちはだかるエイジの姿は、まるで黒衣の王子様のように見える。
(素敵……)
じゃないってば。
ここでディアドラやヴァイオレットに容疑の目が向けられるのは、想定外。あってはならない事態。私が犯人と思われるのも嫌だけど、あの二人が犯人と思われても困る。
どうにかして、エイジに、考えをあらためさせないと……!
「無礼な! それを言うのなら、あなたもそうではないの⁉ あなただって同じ部屋にいたのだから、毒を入れることは出来たはず! しかも我が家のコックを使わず、勝手に自分で用意したコックに調理をさせて、一番怪しいのはあなたじゃないの!」
わあ! ディアドラの本気がすごい! そして冴えてる! そうよ、そうよ! 怪しいって言うのなら、エイジが一番怪しいじゃない! 犯人は私だけど!
ディアドラはエイジに詰め寄った。二人は真っ向から睨み合う。大怪獣の一騎打ちのような迫力だ。
その時、ヴァイオレットと目が合った。
ヴァイオレットは意味深に目配せしてくる。それを見て、私はハッとなった。
(そうだ、ヴァイオレットは私が犯人だって知ってるんだ!)
ヤバい、どうしよう。もしもヴァイオレットが、本当のことを言い出したら……
そう思っていると、ヴァイオレットは、またもや意味ありげに目配せしてきた。
目の動きを見ていると、どうやら、テーブルの上に気を回せ、と言っているようだ。
「まだお医者さんが来ないわね。私、ちょっと様子を見てくるわ」
ヴァイオレットはそう言って、食堂から出ていった。
エイジはそれを咎めない。いまは、ディアドラとの睨み合いに集中している。
(もしかして、ヴァイオレットが言いたかったのって……!)
私は、誰も私のことに注目していないのを利用して、指先で円を描いた。たちまち、キラキラと輝く魔法の毒の粉が飛んでいき、ディアドラのスープ皿にポチャンと入った。
同じように、ヴァイオレットとエイジのスープにも、毒を入れる。
「スープ……! 他の人のスープも、見て……!」
私は嘔吐と下痢に苦しみながらも、なんとか、それだけは言い切った。
エイジは何かに気が付いたようにハッとした表情になり、他の人達のスープの皿へと次々と鼻を近付けた。
そして、愕然とした表情で、こう呟いた。
「そんな……! まさか……⁉」
「どうしたのかしら」
「ディアドラ様。申し訳ございません。私の読み違いでした」
「あら、それでは、私達に対する疑いは晴れたと?」
「全員のスープから、毒の香りがします。これはスカーレット様だけを狙い撃ちにしたものではなく、我々みんなを狙っての犯行でした」
ちょうど、私は見ていた。他の人達はまだスープに手をつけていなかったのを。だから、いまから毒を仕込んだとしても、いつ仕込まれたものかはわからない。最初からスープの皿に入っていたものだと考えるのが自然だ。
そこへ、やっと医者がやって来た。
私は自分の部屋のベッドへと運ばれ、手当を受ける。医者としては手を尽くしたが、それでも吐き気と下痢は治まらない。
医者が帰っていった後、私はなかば失神するように、意識を失い続けた。
気が付けば、いつの間にか夜になっていた。まだ気持ち悪さは残っているが、もう嘔吐や下痢の気配は感じない。
ベッドの横には、ディアドラが椅子に座って、本を読んでいる。
「お母様……」
「まあ、スカーレット! よかった、起きたのね!」
ディアドラは本をベッドに置き、私の手をギュッと握り締めてきた。その母の手のなんと温かいことか。
目から涙が溢れ出てくる。幼い頃にお母さんを失って以来、こんな風に優しくされたことは一度もなかった。
甘えてもいい相手がいる、という幸せを噛み締めながら、私はディアドラの手を握り返した。
「お母様……ありがとう……側にいてくれて」
「あなたは私の可愛い娘よ。そうするのは当然でしょう」
ううう、やめて、涙腺が崩壊しちゃう。
「うえええん、おかあさあん」
「あらあら、赤ちゃんに戻ったみたいね。よしよし」
そう言って、ディアドラは私の頭を優しく撫でてきた。
この至福の時間を堪能していると、コンコンとドアがノックされ、すぐにエイジが中に入ってきた。
「スカーレット様、ご無事で何よりです」
「へ、返事くらい待ってから入ってきなさい、無礼者」
親子の甘々タイムを見られた気恥ずかしさからか、ディアドラは顔を真っ赤にして、頬をふくらませた。
「失礼しました。心配していたものですから……」
そこで、エイジは私のことを見てきた。
どこか茶色がかった輝きのある瞳。どこか憂いを帯びていて、綺麗な目をしている。こんな目で見られたら、大抵の女の子はあっさりとハートを射貫かれてしまう。
いまの私のように。
「で、出てってよ……お化粧もしてないから、恥ずかしい……」
私は布団の下に顔を隠した。
「ご無事を確認できれば、それで十分です。ゆっくりお休みください。では」
エイジは口早にそう言うと、部屋から出ていった。
彼がいなくなった後も、私は布団に潜ったまま、外に出られなくなっていた。顔はすっかり真っ赤になっている。こんな顔を、ディアドラに見られるのは恥ずかしかった。
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