第10話 悪魔的な策略
一夜明けてから、私はベッドに入ったまま、パシンと両頬を叩いた。
結局、あれから一睡も出来なかった。
エイジが類い希なる推理力で、どんどん犯人をあぶり出そうとしているのに対して、私が出来ることはボロが出ないよう知らんぷりを決め込むことだけだ。
余計なことをすれば、そこから一気に犯人だとバレてしまう。
幸い、ヴァイオレットという強力な味方がいるけど、昨日の言い合いを見ていると、エイジのほうが優勢に感じられた。
じゃあ、私はどうしたらいいんだろう、ということを悶々と考え続けていたら、全然眠れなかったのである。
「うー……つらい……」
一夜漬けでテスト勉強をした時でも、ここまでしんどくはなかった。何せ、今回は人に毒を盛ったことがバレるかどうかの瀬戸際なのだ。精神的に追い詰められている。
窓を開けて、外の空気と、太陽の光を入れる。これだけでもだいぶ気分がスッキリしてくる。
気持ちをリフレッシュしたところで、突然、私の中に、悪魔的な策略が湧いてきた。
「え……⁉ でも、そんなことしても、エイジに見透かされるんじゃ……⁉」
必死で頭を回転させる。いま思いついた策に、穴はないか。エイジの目をごまかすことは出来るか。
そして、結論が出た。
失敗すれば致命的な被害をこうむる。だけど、成功すれば、勝ち確定。
ハイリスク・ハイリターン。でも、やるしかない。
※ ※ ※
朝食のため食堂に集まったメンバーは、ディアドラとヴァイオレット、それに私と、なぜかエイジが混じっていた。
「誰かが毒を入れるとも限りません。念のため、見張らせてもらいます」
正直、エイジがこの場にいるのはやりづらいけれども、考えようによっては好都合になるかもしれない。
これから起こることの証人となってくれるのだから。
いつものように神への祈りを捧げ、食事が始まった。
パンに、野菜スープという組み合わせ。名家にしては質素に見える朝ご飯だけど、ディアドラいわく、家計の負担を少しでも減らすために、こうしているらしい。
私は、野菜スープをスプーンですくって、軽く飲み込んだ。
その瞬間、いきなり吐き気がこみ上げてきた。
(え⁉ もう⁉)
てっきり遅効性かと思っていただけに、この効果の早さは驚きでしかない。
「おぼろろろろ!」
耐え切れず、私は床に向かって思いきり吐いてしまった。
「ス、スカーレット⁉」
ディアドラが悲鳴を上げて、駆け寄ってくる。
お腹がゴロゴロとくだる。こんな場所で下痢はしたくない。急いでトイレに行かないと。
と思う間もなく、漏らしてしまった。
泣きたい。一人のレディとして、エイジという男性がいる目の前で、吐いて下痢するなんて、辱め以外の何ものでもない。
だけど、しょうがない。こうするしか他に道はなかったのだから。
そう――私は、自分自身に毒を盛ったのだ。
容疑者から外れるために、わざと。
エイジの監視はあったけれど、自分のスープに毒を入れるのは簡単だった。神への祈りを捧げるために、みんなが目をつむっている間、こっそりと指先から魔法の粉を飛ばし、スープに毒を混ぜた。
捨て身の策略だけど、効果は抜群だろう。
「水を持ってきてください! それから、医者も呼んできて! 医者が来るまで、私が応急処置を取ります!」
エイジは私のことを抱きかかえながら、メイドや執事に矢継ぎ早に指示を出す。
こんな上からも下からも汚いものを出している状況でなければ、エイジのようなイケメンに密着してもらえて、嬉しいところなのだけれど、いまはあまりいい気分ではない。
だけど、毒で苦しんでいるのは事実なので、早いところ楽になりたかった。
私は、エイジの服をつかみ、息も絶え絶えに哀願した。
「お願い……死にたくない……死にたくないよ……」
「大丈夫です。吐瀉物に血は混じっていない。内臓まで損傷していないので、適切な処置を取れば、助かるでしょう」
それから、エイジは、キッとディアドラとヴァイオレットを睨みつけた。
「お二人には、色々と聞かせてもらわないといけませんね」
「何をおっしゃるの。その言い方、まるで私達が犯人みたいな口ぶりね」
「その通りです。私は、あなた方のどちらか、または両方が犯人ではないかと疑っています」
え?
ちょっと待って?
どうしてそうなるの⁉
「コ、コック……コックは……?」
私はか細い声で、なんとか口を挟んだ。今回の自爆服毒は、申し訳ないけど、コックに疑いがかかるようにするため仕掛けたものだ。せっかく、エイジがこの場にいて、ディアドラとヴァイオレットには毒を入れるチャンスが無い、ということを見てもらっていたはずなのに、なぜ、エイジはあの二人を容疑者として選んだのか。
「実は、今朝方、私の知り合いの料理人を呼んで、こっそり交代させたのです。コックが犯人かもしれませんから、毒を盛る機会を少しでも減らそうと思いまして」
えええええええ⁉
なに、余計なことしてくれちゃってんのおおお⁉
「ですから、厨房の人間が犯人ということはありえないです。その後の給仕についても、私の知り合いの料理人と、私とで、しっかり見張っていましたから、誰か他の人が入れられるチャンスは無かった。となると、これはもう、あなた方しかいないわけです」
ビシッ、と指を突きつけて、格好良く決めポーズを取るエイジ。
だけど、違う! そこは名探偵なら気が付いて! 犯人は私! 私の自爆だから!
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