第9話 エイジとヴァイオレットの大舌戦
お屋敷に戻ったところで、ヴァイオレットが「ちょっとこっちに来て」と手招きしてきた。
なんだろう、と思って、ヴァイオレットと一緒に応接室に入ると、彼女は開口一番、こう言ってきた。
「ゼラに毒を盛ったの、あなたでしょ。スカーレット」
ドキン! と心臓が破れ出そうになり、私は目をキョロキョロと泳がせながら、
「な、な、何を言うの、お姉様」
と知らんぷりを決め込もうとした。
でも、ダメだ、動揺を隠しきれない。
「あなたのその態度を見ていればわかるわ。お母様は頭に血が上っていて気が付いていないみたいだけど、私はお見通しよ」
目が泳いでしまう。
どうしよう。なんて答えよう。ヴァイオレットの真意が読めないから、素直に「はいそうです」とは答えられない。
「大丈夫よ、スカーレット。私はあなたの味方。だから、安心して、全部話してちょうだい」
私は深呼吸を繰り返した。
しょうがない。この人に対して誤魔化しは通用しない。
「そうよ、お姉様。私がやったの」
その自白を受けて、ヴァイオレットはクスクスと笑った。もしかして怒っているのだろうか、と思っていたけど、そうではなかった。
「偉いわね、スカーレット。よく勇気を出してやったわ」
「お姉様、怒らないの?」
「私だったら、もっと上手く立ち回るところだけど、でも、あなたのその行動力は評価に値するわ。お陰で私も覚悟が決まった」
「覚悟?」
「ゼラをこの家から追い出すのよ」
ここで、ようやくヴァイオレットは、ヴィランらしい邪悪な笑みを浮かべた。
そうか。この人は、「プリンセス・ゼラ」ではあまり目立つ悪役ではなかったけど、表立って何かをするタイプの人ではないんだ。言うなれば、知将タイプ。裏で色々と画策するタイプのヴィランなんだ。
でも、いくつか疑問が湧いてきた。
「どうして、お姉様は、ゼラを追い出そうとしているの?」
「あら、あなたと同じよ」
「私、何も説明してない」
「聞かなくてもわかるわ。ゼラの本性に気が付いているんでしょう? 私達に復讐しようと考えているってことに」
「薄々とは……」
「そんなことをさせるわけにはいかない。だから、あの子を追い出すの」
「でも、お姉様。どうして思いきって実行に移さないんですか? ゼラは妾の子でしょう? その気になれば、いつでも追放できそうなのに」
「そこが問題なのよ」
ヴァイオレットはかぶりを振った。
「お父様がお亡くなりになる時に、遺言を遺していたの。ゼラも娘の一人として大事に扱うように、と」
「そんな遺言、意味なんてないでしょ」
「お母様にとっては、とても意味のあることなのよ。あの人は、お父様のことを深く愛していたから。その最後の頼みとあったら、無視なんて出来ないんでしょう」
そういうものなんだろうか。よくわからない。
「とにかく、私も、お母様の気持ちは尊重したいの。だから、ゼラを追い出すのなら、確実に、誰からの非難を受けることもなく、堂々と追い出したいわけ」
「どうやって?」
「わからないわ。それを模索しているところ。舞踏会の場で吐くなんていう真似をしたから、これはひょっとしてチャンスかも、と思ったけど、まさかの王子の助けが入ったし……」
それから、ヴァイオレットはちょっと色っぽい感じでため息をついた。所作の一つ一つに色香が漂っている。
「しかも、あなたが毒を盛った犯人だもの、私達、だいぶピンチになっているわね」
「ご、ごめんなさい、お姉様」
「いいのよ。ああいう思いきった行動、嫌いじゃないわ」
とりあえず、話はここで一旦終了となり、私達は応接室を出た。
ちょうど廊下を、ディアドラとエイジが並んで歩いてくるところに遭遇した。
「あら、エイジさん。さっそく捜査ですか」
愛想笑いをヴァイオレットは浮かべる。
「はい、ディアドラ様立ち会いのもと、キッチンを見ておりました」
「何かわかりましたか」
「何もわかりませんでした」
そのエイジの回答を聞いて、私は内心、ホッと胸をなで下ろした。ヴァイオレットも満足そうに笑顔を浮かべている。
ところが、次の瞬間、エイジは不穏なことを言い出した。
「不思議なくらい、何もわからないのです。ありえない」
「と言いますと?」
ヴァイオレットの目が妖しく光った。雲行きが怪しいのを受けて、思考のモードを切り替えたようだ。
「この手の毒を使った事件を調べる場合、鍵となるのは、その当時の動線です。また、毒を盛られたと思われる料理や飲み物、一つ一つが、どのように運ばれたのか、その手段です。それらを総合的に聞いて回った上で、結論として出たのは、誰も毒を盛ることが出来なかった、という事実です」
「まさか、そんなわけないでしょ」
「具体的に話しましょうか。まず一番に疑われるのは、コックです。彼ならば毒を盛るのは自在に出来る。ところが、ゼラ様が倒れた、その日の厨房は、見習いの弟子がコックの調理の様子をずっと観察していた。稽古のためです。だから、コックには毒を入れられなかった」
「運んでいる最中に毒が入ったのかもしれないわ」
「ありえない。料理は、台車を使って、メイド二人が運んだそうです。二人が結託していたのでなければ、ここで毒を入れることは不可能です」
「結託していたのかもしれないわ。それに、コックと見習いにしたって、二人で共謀したかもしれないじゃないの。あなたの推理には穴がある」
「他にも根拠はあるのですが、まあ、いいでしょう。それではお尋ねしますが、コックが犯人にせよ、メイドが犯人にせよ、動機はなんでしょうか」
「ゼラが憎かったんでしょ」
「さて、それはどうでしょうね。皆さん、ゼラ様に対して、好印象を持っているそうです。あの人に毒を盛るなんて、犯人が許せない、とまで言っていました」
「演技なら誰だって出来る」
「仮に嘘をついていて、ゼラ様を憎んでいたとしましょう。しかし、自分達が毒を盛ったのだと疑われかねない状況で、堂々と毒を盛るのは、あまりにも考えなしと言えませんか?」
「考えなしだったんでしょ」
次々と推理を披露していくエイジに対して、ヴァイオレットも負けじと短く鋭く切り返していく。
この舌戦、どうなることかとハラハラ見守っていると、柱時計から、夜十二時を知らせる鐘の音が聞こえてきた。
「……まあ、いいでしょう。ご納得いただくまで、私はしっかりと調べるつもりです。今夜はもう遅いので、これくらいにしましょうか」
「そうね。今日のところは寝ましょう」
こうして、不安な要素を残したまま、初日の捜査は終了したのだった。
(最終的には、エイジにも毒を盛るしかない……!)
去りゆくエイジの後ろ姿を見送りながら、私はそんな邪悪なことを考えていた。
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