第8話 名探偵エイジ
「な、ななな、何をおっしゃるの! し、しし失礼ね!」
あわわ、動揺しちゃダメ、私! 明らかに怪しいじゃない!
「まったく無礼な! いくら王宮執事といえど、そのような根も葉もない話をされては、黙ってはいられないわ!」
ディアドラはかなり激おこだ。
それに対して、エイジは涼しげな顔をして、まったく気にしていない様子。
「そうおっしゃられましても、順を追って推理していきますと、このような結論に至るのです」
どうしよう。こんな名探偵系のキャラがいるなんて思ってもいなかった。
幸い、ディアドラは聞く耳を持たないようだ。彼女が「よし」と言わない限り、捜査の手が入ることはないだろう。エイジが勝手に捜査なんて出来るはずが無いのだから。
「不愉快よ! 帰るわ! ヴァイオレット、スカーレット、行きましょう!」
「いまここでお帰りになるということは、ご自身が犯人であると認めたようなものですよ」
うわああ、やめてええ。これ以上詮索しないでええ。自分の犯行がバレるかも、ということだけじゃなく、ディアドラがどんどん不機嫌になっていくのが見ていて怖い。私の心臓が、二重の意味でバックンバックン鳴っている。
推理小説で、探偵に追い詰められる犯人の気持ちって、こういう感じなのね! 味わいたくなかった!
「あなた、何がしたいの。私達の家の名声を地に落としたいわけ?」
「いえ、そういうことでは」
「どうせそうなんでしょう! 主人が亡くなってから五年、女手ひとつでプリチャード商会を持ちこたえさせてきた、この私のことが気に食わないんでしょう!」
それから、なぜかディアドラは、周りに対して睨みつけた。
「わかっているわよ! あなた達が日頃、我がプリチャード家のことをなんと言っているのか! 夫だけでなく、跡継ぎになる男子はみな命を落とした! 『呪われた一族』と呼んでいることくらい!」
へえ、ディアドラの家には、そんな過去があったのね。
映画ではそこまで語られていなかった。ただ意地悪な母親とばかり思っていた。でも、表に出ていないところでは、大変な苦労をしてきた人なんだ。
なんだか、私、このディアドラという人が、素敵な女性に見えてきた。
「あなたも、そうやって、私達のことを馬鹿にしているのでしょう」
ディアドラはエイジに向かって指を突きつける。
エイジはポリポリと頬を掻くと、肩をすくめた。
「そうではありませんよ。むしろ、あなた方を心配して、この話をしているんです」
「なんですって?」
「先ほども申し上げましたように、ゼラ様に毒を盛った犯人は、プリチャード家の中にいます。それがあなた方なのか、執事なのか、メイドなのかはわかりません。ですが、内部の者の犯行であることは確実です。ということは、プリチャード家にいる全員が危険に晒されているかもしれない、ということなのです。もちろん犯人を除いて」
あれ? ディアドラが黙っちゃった。もしかしてエイジの話を受け入れ始めている?
ちょっと待って、それはまずいわ! このままだと、最悪の展開になっちゃう!
「あなたなら、犯人を見つけられるの?」
「ええ。ただし、私はあくまでも王宮執事でございます。国王陛下の許可が無ければ、勝手な真似は――」
「許可しようぞ!」
いきなり、それまで静かにことの成り行きを見守っていた国王様が、横から割って入ってきた。ていうか、存在感なさ過ぎて、いままでこの場にいることに気が付いていなかった。
まるでサンタクロースみたいな豊かな髭をたくわえた国王様は、太った体を揺すらせながら、私達のほうに近付いてきた。
「許可しよう。エイジ、存分にその能力をふるってくるがよい」
いったい、どれだけエイジに、全幅の信頼を置いているのか。国王様はあっさりと許可を出してしまった。
こうなったら、誰も逆らえない。だって、この国で一番偉い人が、命令したんだもの。それに逆らうことは、反逆罪と捉えられるかもしれない。だから、何も言えない。
「かしこまりました、では、さっそく、今日からプリチャード家の捜査を開始します」
「きょ、今日から⁉」
私は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
魔法の力で毒を盛ったから、証拠も何も残ってはいないのだけれど、何か見落としているミスがあるかもしれない。せめて、それを見つけ出して、隠すだけの時間が欲しかったのだけど、エイジの機敏さは、私の想定を遙かに上回っていた。
「ええ。グズグズしていると、証拠隠滅されるかもしれません。善は急げです」
「お嬢さん、心配ご無用。エイジはもともと生まれ故郷の地で、犯罪捜査に携わっていたのだ。捜査のやり方などは熟知している。妙な真似はしませんよ」
やーめーてー! そんなこと言われると、余計に心配になってきちゃう!
犯罪捜査に慣れている王宮執事とか、聞いてないんですけど! てか、そんな濃いキャラが、「プリンセス・ゼラ」の世界にいるとか、知らなかったんですけど! なにそれ⁉ どうして、こうなるの⁉
……こうして、私の内心の悲鳴をよそに、エイジはプリチャード家に泊まり込みで捜査をすることとなった。
ゼラと王子の接触を食い止めるのに失敗したどころか、ますます自分の身が窮地に追い込まれる。毒の魔法なんて使わなければ良かった、と後悔していた。
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