第20話 エイジが敬語をやめた日

 エイジの部屋に行くと、ちょうど、彼も目を覚ましたところだった。


「これは、いったい……⁉」


 戸惑ってる、戸惑ってる。


 クールキャラのエイジが、露骨に動揺しているのは、なかなかギャップがあって面白い。


 すでにロディから説明を受けていた私は、知識があるという優越感に浸りながら、状況を説明した。


「海中の王国……⁉ そんな、馬鹿な……!」


 エイジは、にわかには、現状を受け入れがたいようだ。その点、すでに映画「人魚姫ロディ」も観て、世界観については履修済みの私とは、頭の柔らかさが違う。


「私が魔法を使えるんだもの、海の中の王国くらいあっても、不思議じゃないでしょ」


 得意満面でそう言うと、ロディが「魔法⁉」と反応した。


「スカーレットって、魔法を使えるの⁉ すごいわ! どんな魔法が使えるの⁉」

「う……そ、それは、秘密にしないといけないから……」

「他人に教えちゃいけないの?」

「そ、そんな感じ。だから、ごめんね」

「うん、わかった! スカーレットが魔法を使えることも秘密にしておくね!」


 ああ、ロディが純粋な子で助かった。まさか、毒の魔法を使えるなんて、口が裂けても言えない。


「さて……問題は、どうやって地上に戻るか、だが」

「ロディに案内してもらえばいいんじゃない?」


 エイジが何を悩んでいるのかわからず、私は首を傾げた。


「スカーレット、そう簡単には済まないと思うぞ」


 え? タメ口?


「この王国の存在を知ってしまった俺達のことを、果たして、すんなり帰してくれるかな」


 俺? 一人称、俺? 私、じゃなくて?


「どうした。なぜ、俺の顔をジロジロ見ている」

「え……だって、エイジさん、話し方が変わってるから……」

「色々と悩んだんだが、お前のことを、もう名家のお嬢様扱いするのはやめにした。俺にとっては、許しがたい罪人つみびとだ。これからはそのつもりで扱う」

「ちょっと! 私は王家の人には――!」


 と言いかけて、ハッと気が付いた。


 ロディが興味津々な眼差しで、私達のことを見ている。


 グイッ、とエイジの腕を引き、ロディには聞こえないように耳打ちする。


「王家の人には毒を盛っていないわ! 魔女にはめられたの!」

「なるほど、王家には、やっていないと。では、プリチャード家に毒を盛ったのは、お前だと認めるんだな?」

「う……そ、それは……」

「その反応が何よりの答えだ。やっぱり、俺はお前を信用できない」

「な、なによ、人の事情も知らないで。じゃあ、いいわよ、私だって、あなたに対して丁寧な態度を取るのをやめるから!」

「勝手にしろ。そのほうが俺もやりやすい」


 ヒソヒソ声でそんなやり取りをしていると、ロディがクスクスと笑った。


「二人とも、仲良しさんなのね。そんなにくっついて話しちゃって」

「「仲良しなんかじゃない!」」


 私とエイジの声がハモった。


「ところで、いまエイジさんが言っていた、この国から出るって話だけど、たぶんお父様がそれを許さないと思う」

「やはりな」

「私から頼んでみてもいいけど、それも無理かも。そもそも、二人を助けたことについて、お父様、すごくカンカンになってるから」

「なんで助けた? こうなることはわかっていたのに」

「こうなることはわかっていたけど、それでも、放っておけなかったの」


 ああ、すごくまっすぐで、綺麗な心。さすがは、純粋さではハワード・ロジャース・フィルムの作品群でもぶっちぎりにトップクラスの人魚姫。いまのところ、ゼラのような裏の顔も見えない。ロディは、本当にいい子なんだと思う。


「ありがとう。おかげで助かったわ」

「とは言っても、ちょっとばかり、あなた達から人間界の話を聞きたい、っていう下心もあったんだけどね」


 テヘペロ、とロディは舌を出す。まるでいたずらっ子が、悪さを知られた時のような表情だ。


 いやいやいや、そういうのを下心って言わないから! どんだけ純朴なの、この人魚姫は!


「とりあえず、ここから地上に戻れないか、相談したいわ。王様に会うことって出来る?」

「会うことは出来るけど……お父様、すごく怖いよ? それでも、会いたい?」


 確かに、映画の中でのポセイドン王は、いつも気難しそうな顔をしている厳格な父親だった。その実、娘達のことを溺愛していて、可愛い娘に頼み事をされたら断れないという弱点もある。


 だから、ロディから説得してもらえれば、簡単に地上へと帰してもらえるんじゃないか、と予想している。


「うん、会わせて。一度、お話がしたいわ」

「わかった。そうしたら、私のほうからお父様に――」


 そこまでロディが言いかけたところで、突然、建物がグラグラと揺れ動いた。


 ズーーーン! と重たい音が海中に響き渡る。


「な、なに⁉ 何が起きてるの⁉」

「大変! 魔女が来たんだわ!」

「魔女⁉」


 一瞬、リセが転生した森の魔女ライラのことかと思った。


 ところが、違っていた。


「海の魔女ベンテスよ! 時々、部下のサメ達を連れて、この王国に攻め込んでくるの!」


 海の魔女ベンテス!


 そうだ、そんなヴィランがいた! 人間界に行きたがるロディに魔法をかけて人間にして、その代償としてポセイドン王の命を狙った、狡猾な魔女!


 まさか、このタイミングで、攻めてくるなんて!

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