第19話 ロディ
それからどれくらい時間が経っただろう。
私は水中で目を覚ました。
「え……? 生きてる……?」
水の中なのに、そういう風に呟いた自分の声が、ハッキリと聞こえた。そして、地上と変わらない感じで呼吸できている。
なぜか瀟洒な部屋のベッドの上に寝かされている。王家の城か、貴族のお屋敷なのか、私がいまいる部屋はかなりの大きさだ。ベッドには天蓋までついている。
体を起こすと、水の中なので慣性がつき、そのままふわりと全身がベッドの上に浮き上がった。
「すごい! 私、本当に水の中にいる!」
どういう理屈なんだろうか。それとも、もしかして私は溺れ死んだから、あの世も海の中になったのだろうか。
「ん……?」
部屋のドアのほうを見ると、少しだけ開いている。
その向こうから、青色の髪の少女が顔を覗かせ、ジッとこちらを見ている。
(待って……あの顔、見覚えがある! もしかして……!)
私がまさに彼女の名前を思い出そうとした時、青髪の少女のほうから、部屋の中に入ってきた。スーッと空中を飛ぶように、泳ぎながら近付いてくる。
彼女には足が無い。代わりに、魚の尾っぽがついている。
人魚だ。
「よかった! ずっと寝ていたから、心配していたの! 気分はどう?」
聞いているだけで心が溶かされそうな美声。この声で歌われたりしたら、誰もが一瞬で虜になってしまうだろう。
そして、この声は、間違いない。
『プリンセス・ゼラ』の次に大好きなアニメ、『人魚姫ロディ』の主人公、マーメイドのロディだ!
青髪をポニーテール状に結んでいるのが可愛らしい。目はクリクリッとしていて、好奇心旺盛な様子が窺える。のちの実写映画版では黒人女性が演じていたけど、いま私の目の前にいるのは、昔ながらのアニメ版風、真っ白な肌のロディだ。もちろん、アニメと違って、リアルに実在の人間になっているけど、一目でロディだとわかる。
「あ、ありがとう。お陰で平気よ。あなたは?」
「私はマーメイドのロディ! ここコリントス王国の王、ポセイドンの七番目の娘なの」
「お姫様、ってことね」
「あなたは? あなたもどこかのお姫様?」
キラキラと輝く瞳を向けて、ロディは無邪気に尋ねてくる。
そうだった。彼女は地上に憧れを抱いているんだ。だから、私のことを助けて、色々と聞き出そうとしている。
「私はスカーレット。残念だけど、普通の上流階級の娘」
「じょーりゅーかいきゅう?」
「えっと……どう説明したらいいんだろ……貴族とかまではいかないけれど、お金はそれなりに持っている家、というか……」
「きぞく?」
「ひょっとして、この海の世界には、貴族の概念もないの?」
「すごいね、スカーレットって! 色々、私の知らないことを知っている!」
純真無垢な眼差しで、私のことを見つめながら、ロディは私の手を握ってきた。
「ね! ね! もっと地上のことを教えて! もっと!」
「そ、その前に、エイジはどうなったの? 私と一緒に檻に閉じ込められていたんだけど」
「ああ、あの男の人ね! 別のところで寝かされているわ」
よかった。せめてエイジが無事だと知って嬉しく思う。あの船に乗っていた、他の人達は、残念ながら助からなかっただろう。その中で、私達が生きていることは奇跡と言えた。
そう、奇跡だ。まさか、『プリンセス・ゼラ』と『人魚姫ロディ』の世界が地続きになっているなんて! 時代背景も違うし、別々の世界での話だと思っていたから、この展開は予想していなかった。
「本当は、お父さんがものすごく反対したんだけど、私が強引に押し切ったの。だって、いまにも死にそうな人を放っておけないでしょ。たとえ人間でも」
ああ、そうだ。父王ポセイドンは、お妃様を人間に殺されて以来、人間不信に陥っている、という設定だった。他の海洋種族も同様に、人間を忌み嫌っている。唯一、ロディだけは人間の世界に興味を抱いている。
「よく、あの檻をこじ開けられたね」
「もちろん、力自慢のタコさんを呼んで、檻を開けてもらったの!」
「それで、さっきから不思議に思っているんだけど、どうして私は水の中で息が出来ているの? 人間は水中にいられないはずなんだけど」
「これ」
と、ロディは虹色の海藻を取り出してきた。
「人魚草っていう海藻。マーメイドが住んでいる地域に見られるから、そう呼ばれているの。これを食べると、人間でも、水の中で暮らせるようになるんだよ!」
「へええ、すごい便利」
「あ、でも、これは私とスカーレットの間での秘密ね。もしも人間に知られちゃったら、大変なことになるから」
確かに、海の中を自在に動き回れる、となったら、よからぬことを考える人達も出てきそうだ。このコリントス王国の平和も保てなくなるだろう。
「もちろん、約束するわ。絶対に秘密にする」
「ふふふ、ありがとう!」
ロディは満面に輝くような笑みを浮かべた。すごく明るくて、元気で、気持ちのいい子。私とは大違い。憧れとも、うらやみともつかない、複雑な感情が、私の中に芽生えた。
「あ、そうだ。もしかしたら男の人のほうも目を覚ましているかもね。エイジさん、だっけ? 一緒に見に行く?」
「ええ、そうするわ」
私とロディは、部屋を出て、エイジのいるところへと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます