第18話 嵐に沈む

 国外追放の日になった。


 私とエイジはその日まで、三日間、独房へ入れられ、誰にも会わせてもらえなかった。


 やっとのことで外へ出してもらえると、そこには檻付きの馬車が待っていた。大々的に告示もされていたみたいで、道沿いに野次馬達が集まっている。私達の姿を見た野次馬達は、おおお、とどよめき、その後続けて罵声を浴びせたりしてきた。


 王家は民衆から愛されているようだ。それだけに、王子を傷つけたエイジや、王家に毒を盛ったとされている私は、かなり憎まれている。


 ディアドラやヴァイオレットはいないか、必死で周囲を見回したけれど、人が多すぎてわからない。


「せめて、お母様とお姉様に会わせてください!」


 私とエイジを檻に押し込めようとする騎士に対して、そう頼み込んでみたけど、無駄だった。騎士は無言で、私達を檻の中へと突き飛ばすと、鍵をかけてしまった。


 馬車はすぐに出発した。


 その時、人混みの中から、ディアドラが飛び出して、馬車に追いすがろうとしてきた。


「スカーレット! ああ、スカーレット! 行かないで!」


 涙が溢れてくる。


 こんなにも私のことを想ってくれているディアドラに、とても悲しい思いをさせてしまった。そのことが、とてもつらい。


 だけど、馬車は無情にも、どんどんスピードを上げていき、ディアドラを引き離した。


 いつしか、平原へと出た。澄み渡った青空の下、のんびりとした空気感の中、馬車はちょっとだけペースを落として走ってゆく。だけど、風景に反して、私の心中は穏やかではなかった。


 お金は一銭も持たされていない。着の身着のまま、他の荷物も一切持っていない。


 こんな状態で、どうやって国外追放されて生き延びろというのだろうか。


 私は膝を抱えて、めそめそと泣く。


 その間、ずっと、エイジはひと言も喋らなかった。


 ※ ※ ※


 やがて、馬車は港町に着いた。


 そこから船へと、檻ごと乗せられた。


「私達、どこへ運ばれるんですか?」


 不安で震える声で、ここまで護送してきた騎士のおじさんに尋ねてみたけど、彼は何も答えてくれない。罪人に教えることは何もない、と言わんばかりの表情だ。


 結局、行き先がわからないまま、船は出航した。


 私達を追放するまで、一緒についてくるのか、騎士のおじさんは檻の側で腕組みして座っている。何度か話しかけてみたけど、岩のようにゴツゴツした外見のおじさんは、実直そうで、頑固そうだ。絶対に口を開きそうにない。


「エイジさん、どこへ行くのか、わかる……?」


 仕方なく、エイジに声をかけてみたけど、エイジは私のことを睨みつけるだけで、口をきいてくれない。


 四面楚歌。どこもかしこも、私のことを憎んでいる人達ばかりだ。


 しょうがないから、私は檻の中で横たわった。ろくな食事も与えてもらえず、道中で口にしたのはパサパサに乾いたパン一個だけ。水も飲ませてもらえない。途中で死んでも構わない、ということなのだろう。


 だから、いまは寝るしかない。ちょっとでも体力を温存して、生き延びなければいけない。


(リセが、魔女に転生していたなんて……)


 そうとは知らずに、魔女を頼った私は、仕方なかったとはいえ、愚かだった。


 いまごろ、ゼラはプリンセスへの道を歩んでいるところだろう。私という邪魔者がいなくなったし、王子のお気に入りでもあるから、もう彼女の独壇場だ。


(悔しい……悔しい……)


 涙が溢れてくる。


 嗚咽を漏らしているうちに、船の揺れが妙に心地良く、次第に眠気が増してきて、とうとう私は眠りについた。


 それから夢を見た。


 元の世界での日々を思い出すかのような夢。


 楽しくもない、思い出。


 家にいてもつらかったし、学校にいてもつらかったし、何もいいことなんて無かった。


 この上、転生した先でも、酷い目に遭わされるなんて、神様、あんまりです。


 私は、ただ、幸せになりたかっただけなのに……。


「……ん?」


 顔に、水が触れた気がして、私は目を覚ました。


「え⁉ うそ! なに、これ⁉」


 檻の中は水浸しになっている。


 いつの間にか船は、嵐の中に突入していた。船員達が甲板を駆け回り、船を沈没させまいと躍起になっている。私達の護送をしている騎士のおじさんは、雨に濡れながらも、檻のそばから離れない。


「どうしたの⁉ 急に嵐になったの⁉」

「まったく、あなたという人は! こんな時にぐっすり寝ていて!」


 私の問いかけに対して、エイジは説教を返してきた。なによ、もう、優しい言葉のひとつもかけてくれたっていいじゃない。


 あ、でも、ようやく久しぶりに口をきいてくれた。


「うわあああ、波が来るぞおおお!」


 船員の一人が叫んだ。


 本当だ。船をすっぽりと覆いそうな高い波が、こちらへ向かって押し寄せてきている。


「まずい! このままだと……!」


 エイジの叫び声が聞こえた、と思った瞬間――


 船は波に飲み込まれて、転覆した。


 私は檻ごと海の中へと放り出される。重たい檻は、海流の影響を受けず、あっという間にまっすぐ海底へと沈んでいく。


 水の中、息が出来ない。檻から脱出しようと、扉を何度も蹴ったけど、無駄だった。


「ごぼ……! ごぼぼ……!」


 現実世界では火事で焼け死んで、この世界では溺れて死ぬなんて……。


 そのうち、意識が遠のいていき――何もかもが闇に包まれた。

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