第17話 裁判

「いやあああ!」


 私が叫び声を上げるのと同時に、時間は再び動き始めた。


 王子の胸から鮮血がほとばしる。返り血を浴びたエイジは、剣を振り下ろした姿勢のまま、呆然として動けずにいる。


「な……なぜだ、エイジ……!」


 王子はよろめいた後、崩れ落ちるようにその場で倒れた。


「わ、私が、王子を斬った……⁉」


 自分がしでかしてしまったことに、混乱している様子のエイジ。


 その最悪のタイミングに、討伐隊の人達が追いついてきてしまった。


「お、王子⁉ ああ、なんということだ!」

「エイジ! 貴様、何をした!」


 すぐにエイジはその場で取り押さえられた。


「違うの! いまのは、魔女が――!」


 私はさっきまで魔女がいた場所を指さしたが、すでに彼女は姿を消してしまっていた。


「魔女が、魔女が操ったの!」


 必死になって訴えるけど、殺気立っている討伐隊の人達の耳には届かない。


 とにかく、これ以上迷いの森にとどまっているわけにもいかなくなり、討伐隊は急いで城へと引き返すこととなった。


 エイジは拘束されたまま、どこかへと連れていかれ、私は一旦お屋敷へと戻された。


 だけど、悲劇はこれで終わりとはならなかった。


 ※ ※ ※


「スカーレット様、すぐに我々と共にお城へ来てもらいましょう」


 翌日、私はお城から呼び出された。


 嫌な予感がする。呼びに来た使者の人達は、険しい表情で私のことを睨んでいる。まさか、とは思うけど、ディアドラやヴァイオレットがそばにいるので、自分から呼出の理由を聞くのは出来なかった。


「スカーレット、何があったの? 王子が大怪我を負ってしまったと聞いているけれど、何か関係があるの?」


 ディアドラが心配そうに尋ねてきたけど、私の口からは、なぜ自分が呼び出されるのか、考えられる理由を説明するのはためらわれた。


「私もついていこうかしら」


 ヴァイオレットがそう言ってくれたけど、お城からの使者はかぶりを振った。


「ダメです。スカーレット様、お一人で来てもらいましょう」


 いよいよ、これはかなりまずい事態になっている、ということがわかってきた。


 ひょっとしたら、このままお城に行ったら、二度とお屋敷には戻ってこられないかもしれない。


 私は覚悟を決めて、ディアドラとヴァイオレットのほうへと振り返った。


「お母様、お姉様。心配しないで。ちょっと用事を済ませたら、すぐに戻るから」


 胸中の不安とは裏腹に、わざと明るい調子で言って、少しでもごまかそうとする。


 その時、奥のほうで、ゼラが姿を現した。


 私のことを見ると、フッと意地の悪そうな笑みを浮かべ、小さく「さよなら」と言わんばかりに手を振ってきた。


 怒りと悔しさで、私の胸の中がカッと熱くなる。


 諦めていた気持ちが再び奮い立たされ、やっぱり、どんな手を使ってでも、このお屋敷に戻ってきてみせる、という想いが湧いてきた。


「さあ、行きましょう。時間があまりありません」

「待って。まだ呼び出しの理由を聞いていないわ。どうしてお城へ行かないといけないの?」

「裁判のためです」

「裁判⁉」

「スカーレット様、あなたは容疑者として連れていかれるのです。ただし、これ以上のことは、いまこの場では申し上げられません」


 予想はしていたけれど、何を裁判するというのだろう。プリチャード家に毒を盛ったこと? 考えられるのはそれしかないけど、でも、それだけでわざわざお城まで呼び出しをするというのも、何か変な感じがする。


 とにかく、行ってみるしかなかった。


 ※ ※ ※


 城内にある、ホール型の裁判室に通された後、すぐに裁判は始まった。


 私とエイジは被告としてホールの中央に立たされる。


 裁判官は、王様自らが行う。このあたりはやっぱり現代と違う。たぶん、歴史上の中世ヨーロッパの裁判制度とも違ってるんじゃないだろうか。


「そなたらの罪状は、何かわかっておるな?」


 だいぶガバガバな裁判だ。王様は、最初から私たちのことを罪人扱いしてきている。


「私はやっておりません。あれはきっと魔女が――」


 エイジはすぐに抗弁しようとしたけど、


「黙れ! 大勢の目撃者がいる! お前がパーシヴァルを斬った! その事実は揺るがない!」


 王様の大喝で、黙らされてしまった。


 次に、王様は、私のことを睨んできた。


「スカーレットよ、お前は毒の魔法が使えるそうだな」

「いえ、私は――」

「無駄な抵抗はよせ。パーシヴァルから聞いたぞ。プリチャード家に毒を盛ったのはお前だと」

「それは、その――」

「さらに昨夜、我々王家の食事に、毒が入っていることが見つかった」

「え?」

「これもまた、お前が仕組んだことだろう。違うか?」

「ち、違います! 王様達のお食事に毒を入れるなんて、そんなことはしていません!」

「黙れ! もはや疑うまでもない! 毒の魔法を使える、お前が犯人だ!」


 きっと魔女だ。魔女に転生したリセが、私をおとしめるために、王様達の食事に毒を入れたんだ。


 そのことを説明するため、発言の許可を求めようとしたけど、王様は怒鳴ったり、凄んだりして、私の言い分を聞こうとしない。


 なんて酷い裁判なんだろう。


 これは裁判とは言わない。もう最初から罪人と罪状を決めていて、あとはその内容をひたすら当人に言い渡すだけ。裁判とは名ばかりの、処刑の場と化している。


「判決を言い渡す! スカーレットとエイジ、双方を永久に国外へと追放する!」


 こうして、私達は、この国を追い出されることとなった。

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