第16話 魔女の正体

「馬鹿な王子ね。これであなたは本隊から切り離された。つまり、生かすも殺すも私の思うがまま、ということよ」


 おーほほほ、と魔女の哄笑が森のそこら中から聞こえてくる。どこにいるのか、わからない。


「卑怯者め! 姿を現せ!」

「いやーよ。殺されるとわかってて、どうして姿を見せないといけないの。それに、卑怯なのは私よりも、むしろ、そこのスカーレットよ」


 ドキッとした。


 え、ちょっと待って。まさか、本当のことを言うつもり? 嘘でしょ。だって、毒の魔法をもらったことを誰にも言うな、って言ってたじゃない。何か意味があるから、そういうことを言ってたんじゃないの⁉


「プリチャード家に毒を盛ったのがスカーレットだと知っても、あなたは彼女のために戦えるかしら?」


 ぎゃーーー⁉


 嘘でしょ、こんなに早くネタバレしちゃうの⁉


 正直、魔女に罪をかぶせることを考えた時は、魔女が真実を明かさないか不安ではあった。だけど、毒の魔法のことは、何か制約とかそういうのがあって、本当のことを言えないもんだと思っていた。


 そう、思い込んでいた。


 だけど、私の早合点だった。


 毒の魔法のことを誰にも話すな、っていうのは、ただ単に魔女から魔法を授かったことを秘密にしておけ、くらいの警告だったみたい。そこには深い意味なんて何もなかった。


 私の馬鹿! 超大馬鹿!


「苦し紛れの嘘をつくな! スカーレットさんがそのようなことをするわけがない!」


 ごめん、王子様! したの! そのようなことをしたの!


「エイジが、しっかりと調べて、彼女が犯人でないことも解き明かしている! なあ、エイジ!」


 王子様に呼びかけられたエイジだったけど、心ここにあらずといった様子で、私のことをジッと見ている。


「エイジ?」

「……スカーレット様、どうやって毒を盛ったのですか」

「エイジ⁉ 何を言い出すんだ⁉」


 王子は驚いたが、エイジは私に対する追及をやめない。


「魔女はあのように言っている。スカーレット様、真実を教えてください」

「よせ、エイジ! 魔女の言葉に耳を傾けるな!」


 どうしよう。どうしよう。


 下手にごまかしても、頭のいいエイジを騙しきれるとは思えない。


 かと言って、正直に自分のしたことを打ち明けるのも、はばかられた。


「私、やってないわ」


 こうなったら、とことんシラを切ってやる。私は名門プリチャード家の娘だもの。魔女の言うことよりも、みんな、私の言うことを信じるでしょ。


「……残念です。スカーレット様」

「え?」

「素直におっしゃっていただければ、私としても、あまり追い込みたくはなかったのですが」


 エイジはキッと私のことを睨みつけてきた。


「先ほど、馬車が暴走した時、私は王子の反対側から、あなたを助けようとしていた。その時、見てしまったのです。あなたが指先から、魔法の粉を飛ばすのを」


 えええええ⁉


「その魔法の粉が、馬にかかった直後、馬車は止まった。その瞬間、私は悟ったのです。あなたが、毒の魔法を使える、ということを」

「つ、使えない! そんなの、使えない!」


 私は必死で否定したけど、どうやら流れは変わってしまったみたいだった。


 王子が、剣を、こちらへ向けてきた。


「どういうことだ、スカーレットさん」


 なに、これ。


 どうして、こうなるの。


 私はただ、悪役令嬢としての運命から逃れようとしただけなのに。


 頭がグワングワンと揺り動かされるような、激しいめまいを感じる。本気で追い詰められている。


「いい気味ね」


 そこへ、とうとう魔女ライラが姿を現した。


 この間会った時は、蛇の姿を借りていたライラだけど、今回は本人登場だ。魔女の帽子をかぶり、太ももを露わにしたセクシーなローブに身を包んだ彼女は、とても悪魔的な魅力がある。


 厚ぼったい唇に指を当てて、ふふふ、とライラは笑った。


「私をハメようとするから、こんな目に遭うのよ」


 気が付けば、王子とエイジは、一歩も動かなくなっている。それどころか、一切の動きを停止させている。


 私とライラ以外の時間がストップしたようだ。


「あなたとはゆっくり話したいから、時間を停止させたわ」

「そ、そんなことも出来るの」

「魔女だもの、当然でしょ。アスナ」


 え……?


 なんで、この魔女、私がスカーレットに転生する前の名前を知っているの……?


「ふふふ、驚いているみたいね。私も、あなたから話を聞いた時には驚いたわ。まさか、一緒になってこの世界に転生してきているなんて」

「どういうこと……⁉」

「この間は知らないフリをしていたけど、実は、私も転生者なの。ここまで言えば、もうわかるわよね?」


 この底意地の悪い喋り方は、まさか……⁉


「リセ⁉」


 私のことをいつもいじめていた、叔母さんと、その娘リセ。


 特にリセのいじめは酷かった。自分が、あの家では実の娘である、という立場を利用して、私のことをとことん虐げてきた。


 母の形見のハンカチを勝手に捨てたこともある。


 私が泣きながら抗議したら、リセは嘲笑いながら、こう言ってきた。


『あんな汚いハンカチをいつまでも使ってるなんて、ほんと根性が貧乏人ね』


 学校でも、美人で人気者なのを利用して、私のことを散々仲間はずれにして来た。


『アスナは裸足で走るのが得意だもんね』


 そう言って、体育の授業の時に、私の運動靴を取り上げて、無理やり裸足にさせたりもした。それを体育教師がとがめてきた時には、お得意の媚び売りスタイルを発揮させて、なんとか言いくるめたりもした。


 そんな、許しがたいリセ。


 私にとって、スカーレットのような存在だったリセ。


 その彼女が、まさか、魔女ライラに転生していた……⁉


「あんたの考えていることはわかるわよ。悪役令嬢物のヒロインよろしく、逆転勝利を狙っているんでしょう? でも、そんなことはさせないわ。この私が、ちゃーんと、物語通りに、ゼラをハッピーエンドに導くんだから」

「私に、毒の魔法を与えたのも、わざとなのね!」

「せっかくだから、悪役にふさわしい能力をあげたほうが、色々と面白いことになるかな、って思ったのよ。そうしたら、期待以上に、自滅してくれたわね」


 うふふふ、と愉快そうに魔女は笑った。


「あとは、もう、私が手を下さなくてもよさそうね。この調子なら、あんたは毒を盛った犯人として拘束される。そして、プリチャード家は没落する」

「そんなことはさせない!」

「手遅れよ。だって、ゼラに毒を盛ったのはあんた。それは事実なんだから」


 そこで、魔女はエイジのほうを見た。


「さてと……念のため、こいつも消しておこうかしら」

「え?」

「やけに頭がいいから、ひょっとしたら、私の正体にも勘付くかもしれない。そうなったら面倒だから、手を打っておくに越したことはないわね」


 そう言って、魔女は杖を取り出すと、エイジに向かって何やら魔法を仕掛けた。


 すると、止まった時の中で、エイジは鞘から剣を抜いて、王子に向かって歩き出した。


 まさか、と思った私は、慌てて王子のほうへ駆け寄ろうとした。


 だけど、それよりも早く――エイジは剣を振りかぶり――ザンッ! と王子の胸を斬り裂いた。

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