第15話 迷いの森への侵攻

 私の決断を待っていたかのように、討伐隊が動き出すのは早かった。


 エイジがお城へ、私が道案内をすることを伝えに行った、その翌日にはもう、使者がやって来た。


 お城へ連れていかれた私は、そこで王子様と再びご対面。


「ありがとう。よく決意してくれたね。とても助かるよ」


 そのまばゆいばかりの笑顔を見ていると、ああ、この人のために心を決めて良かった、と思わされた。


 すぐに討伐隊は出発となった。


 総勢百名の大がかりな部隊。先頭を進む馬車には私が乗り込み、その左右には護衛の騎士が二人つく。馬車のすぐ後ろにはパーシヴァル王子がついて、討伐隊の指揮をとっている。その横に、エイジが参謀役としてくっついている。


 やがて、討伐隊は迷いの森へと入った。


「ここから先は、スカーレット様、あなたの案内が頼りです」


 御者にそう言われたものの、実際は、私は魔女の居場所なんて知らない。


 知らないけど、たぶん、向こうから姿を現すだろう。そんな気がする。


「そこの分かれ道を、右よ」

「かしこまりました」


 この調子で、どんどん先へと進んでいく。


 迷いの森の奥深くへ到達したところで、討伐隊は進軍を止めた。


「スカーレットさん、道は間違いないですか?」


 王子が馬車の側までやって来て、尋ねてくる。


「もうそろそろのはずですけど……」


 私は真っ赤な嘘をついた。


 その時、森の中に突然、魔女の声が響き渡った。


「これはこれは、珍しいお客さんねえ。何しに来たのかしら、パーシヴァル王子」


 どこにいるかわからない魔女に対して、王子は大音声で呼びかける。


「魔女よ! プリチャード家に呪いをかけた魔女よ! いますぐやめるのだ! さもなければ、我が剣でお前を倒す!」


 この瞬間、私はすごくドキドキしていた。


 だって、魔女が本当のことを話さないとも限らない。実は毒の魔法を私が与えられていて、一連の事件は全て私が仕組んだことだって、バラしてくるかもしれない。


 次に魔女が何を言うのか、と身構えていると、魔女はいきなり高笑いを始めた。


「おーほっほっほっ。そういうことね。小娘にそそのかされて、私を討伐しに来たということね。いいわ、相手してあげようじゃない」


 え、意外と魔女って好戦的。


 でも、百人もいる討伐隊を相手に、どうやって戦うの?


 と思っていると、周囲の木々の陰から、グルルルと唸り声が聞こえてきた。


 狼の群れが姿を現す。


「総員、戦闘準備ーーー!」


 王子の号令とともに、五十名の騎馬隊と、五十名の歩兵部隊が、揃って武器を構えた。


 と同時に、狼の群れが、一斉に討伐隊へと襲いかかる。


 私のほうにも、数体の狼が飛びかかってきたけど、護衛の騎士達が斬り伏せてくれて、なんとか無事に済んだ。


 狼の群れくらいでは討伐隊は揺るがなかった。


 数分後には、あたり一面に狼の死体が転がることとなっていた。ちょっと狼達がかわいそうな気もしたけど、仕方がない。


「あら、やるわね。長いこと戦を知らない割には、ちゃんと訓練されているじゃない」

「観念しろ、魔女よ! お前に勝ち目はない!」

「さーて、どうかしらね」


 ふふふ、と魔女の笑い声が聞こえた。


 直後、馬車の馬が、突然ヒヒヒーン! といななき、激しく暴れ出した。


「お、おい、どうしたんだ⁉」


 御者はなんとか押さえつけようとしたけど、無理だった。逆に、馬に跳ね飛ばされ、御者は地面へと叩き落とされた。


 たちまち、二頭の馬は勢いよく走り出した。


「え⁉ ちょっと! 待って! 止まって!」


 私は車に必死になってしがみつきながら、二頭の馬へ向かって叫んだが、当たり前だけどそんなことで馬車は止まったりしない。


「追え! スカーレットさんを守るぞ!」


 後ろの窓から外を見てみると、王子が号令を出し、護衛の騎士二人とともに、馬を走らせてくるのが見える。


 エイジもまた、一緒になって追いかけてきている。


 暴走馬車はどこへ向かうのか。魔女のいるところだろうか。それとも――


 サッと血の気が引くのを感じた。


 私が魔女だったら、池なり、崖なり、とにかくどこかしらへ馬車を落とす。それで私の息の根を止める。


 このまま馬車に乗りっぱなしだと、危うい。


 かと言って、猛スピードで走る馬車から飛び降りるのは、これまた危険だ。


「どうしよ……どうしよう」


 半べそかいていると、王子の馬が、馬車の真横にピッタリとくっついてきた。


「スカーレットさん! 私のほうへ向かって、飛ぶんだ!」

「無茶よ! そんな怖いこと、できないわ!」

「しかし、そうするしかない! さあ、勇気を出して!」


 その時、この場を切り抜ける策が閃いた。


 前方の窓を開けると、私は必死で念じながら、指先から毒の粉を飛ばした。


 二頭の馬の顔に、毒の粉がかかった途端、馬達はいななき、急にスピードを落とし始めた。そして、ついにはうずくまって動かなくなった。


 体が痺れる毒を生成し、飛ばしたのだ。思いつきでやってみたのだけど、思いのほか上手くいった。


 幸い、私が毒の粉を飛ばすところは、王子からは見えなかったようだ。


「よかった、馬が止まってくれて。さあ、降りて。私の後ろに乗って」


 王子が手を差し伸べてくれる。


 私は、王子の馬の後ろへと乗せてもらった。


 馬には、生まれて初めて乗る。想像していたよりずっと視界が高い。落馬したらどうしよう、とドキドキしてしまう。あと、王子のたくましい背中にもドキドキ。


 そこへ、魔女の声が再び響き渡ってきた。

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