第4話 毒の魔法とゼラの素顔
夕食が始まった。
生まれて初めて経験する、お嬢様としての食事。
どんな風に振る舞えばいいのか、テーブルマナーとかあるのか、とハラハラしたけれど、ご飯の前に神への祈りを捧げること以外は、特に気をつけることもなく、ナイフとフォークとスプーンをそれなりに上手に使えれば十分、という空気感だった。
(まあ、でも、そんなことより毒の魔法よ)
一応はせっかく手に入れた魔法なので、使い方を知っておく必要がある。
あの時、魔女は全然魔法の使用方法について説明してくれなかった。
でも、私には映画の知識がある。「プリンセス・ゼラ」で、魔女は魔法を使う時、必ず人差し指をクルンクルンと二回転させてから、魔法をかけたい相手を指さしていた。
食事中の会話は御法度なのか、ディアドラもヴァイオレットも、黙々と鹿肉にナイフを当てては、フォークで口に運んでいる。
静かな食卓。ここで、変な動きを見せたら、気付かれてしまうかもしれない。
それに、あんなにも私のことを心配してくれたディアドラや、立ち居振る舞いが素敵なヴァイオレットに、毒を盛るような真似だけはしたくない。
「ふう」
ヴァイオレットが、鹿肉を半分残して、ナイフとフォークを置いた。
すぐに給仕の係がやって来た。禿げた頭の中年男性だ。すまし顔でヴァイオレットの皿を取り上げると、背筋をピシッと伸ばした姿勢で、スタスタと食堂から出ていった。
「ふふ、彼、またつまみ食いする気かしら」
「どういうことなの、ヴァイオレット」
聞き捨てならない、と言わんばかりに、ディアドラは怖い眼差しで、ヴァイオレットのことを睨んだ。
「メイドから聞いたの。私達の食べ残しを、こっそり食べているって」
「まあ。それが本当なら、辞めさせたほうがいいわね」
「あら、いいじゃない。それくらい許してあげても」
「冗談じゃないわ。人の食べ残しを食べているなんて、考えただけでもおぞましい」
私も同感だ。あんな小太りの中年男性に、自分の残した食べ物を密かに食べられるのかと思うと、気持ちが悪くて仕方がない。
そこで、思った。
よし、毒の魔法の実験台は、あの給仕の人にしよう。
美味しかったので残念だけど、私は鹿肉をあと一口残したところで、肉に向かって人差し指を二回転させてから、念を込めてみた。
(このお肉を食べたら、嘔吐と下痢で苦しみますように)
すると、不思議なことに、私の指先から、キラキラと光り輝く粉のようなものが噴き出して、パラパラと肉の上にかかった。
(い、いまのが、魔法⁉)
本当に使えたことに感激していると、食堂に戻ってきた給仕の男が、すかさず私が放置している皿を見つけて、回収に入った。
彼が食堂から出ていった、数分後。
「たたた大変です! 奥様、お嬢様方! お身体は大丈夫ですか⁉」
メイドの一人が、血相を変えて、食堂に飛び込んできた。
「なんですか、騒々しい。食事中ですよ」
「え、ええ。でも、お伝えしなければいけなくて」
「どうしたのです」
「給仕係のヘンリーが、その、残ったお肉をつまみ食いしたみたいなんです。そうしたら、厨房で、急に倒れて……えっと……」
そこから先は、食事中の席であることを考えて、説明をやめたのだろう。
だけど、そのメイドの反応で十分だった。
きっといまごろヘンリーは、激しい嘔吐と下痢で苦しんでいるに違いない。
(すごい! 毒の魔法が使えた!)
わかったことは二つ。
毒の魔法は、対象物を毒に変えるわけではなく、指先から出た光る粉末が毒となっており、それを食べ物とかに振りかけることで効果を発揮する。
そして、毒の効果は、魔法を発動させた時にイメージした通りのものが発揮される。
今回は嘔吐と下痢だけで済ませたけど、この毒を摂取したら死ぬ、とか考えれば、きっと、相手の命をたやすく奪う毒が完成することだろう。
恐ろしい力ではあるけど、色々と応用の利く、実に頼もしい魔法だと思った。
※ ※ ※
夜になり、寝室に戻って、ネグリジェに着替える。
柔らかくてフカフカのベッドにダイブし、まったりくつろぎながら、今後のことについて考えてみたりした。
魔女は、「大いなる意志」のことを語っていた。
この異世界が物語の世界であるなら、筋書き通りに進ませるために働く意志。あるいは「運命」と呼ばれるもの。
物語通りなら、ゼラが逆転勝利を収め、私達一家は国外へと追放されてしまう。
そんな運命を辿りたくない。スカーレットに転生したのは心外だけど、せっかく優しい母や、聡明な姉を手に入れたのだから、この家族とともにいつまでも心地良い生活を送っていたい。
だけど、ゼラは、私の憧れのプリンセスだ。
彼女が不幸になってしまうのも、見ていて辛いものがある。
「私、どうしたらいいの……?」
ベッドに横たわったまま、天井を見つめて、誰ともなしに呟いた。
「そうだ! ゼラと仲良くなればいいんじゃない!」
これは名案だと思った。
ヴィランでいる限りは、不幸な結末を免れられない。だけど、ゼラが王子パーシヴァルとハッピーエンドを迎えた後、私達一家が罰を受けないようにするには、ゼラに対する迫害をやめればいいのだ。
そうしよう。それしかない。
善は急げ、とばかりに、私は部屋を出ると、廊下の奥にある部屋の前へと立った。
ここがゼラの部屋だ。
角部屋ではあるけれど、屋根の傾斜と重なっているため、住み心地の悪い構造となっている。どちらかと言うと屋根裏部屋のような佇まいで、普通は物置に使うような場所。人が住むようなところではない。
(まずは、この部屋に押し込められているところから、助けてあげないとね!)
ドアをノックしようとした瞬間、私は手を止めた。
なんだろう? 中から、何か聞こえる。
あれは、ゼラの声?
ドアに顔を押し当て、鍵穴から中の様子を覗いてみた。
部屋の中を、ゼラは右へ左へ、うろつき回っている。せわしなく歩きながら、ブツブツと何か呟いている。耳を澄ませると、なんとか、その声が聞こえてきた。
「いまに見てなさいよ、ディアドラ、ヴァイオレット、スカーレット……! 必ず下剋上して、あなた達をこの国から追い出してやるんだから……!」
え?
「許せない、許せない。でも、辛抱よ、ゼラ。勘付かれてはダメよ。いつかあいつらをやり込める、その日まで、耐え抜くのよ……!」
えええええ⁉
あまりにもショッキングなセリフの数々を聞いて、私はその場で声を上げそうになってしまった。
ゼラ⁉ 嘘でしょ⁉ あのプリンセス中のプリンセスと言われる、気高くて美しいゼラが⁉
まさかの、ここまで腹黒だったなんてえええ⁉
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