第7話 運命は私を悪役令嬢にする

 もう、会場にいるみんな、ドン引きだ。


 いくらなんでも、吐くのはまずい、吐くのは。


 不幸中の幸いか、下痢のほうはなんとか抑えられているみたいだけど、それがなくても、十分なやらかしである。


 この舞踏会にゼラが駆けつけてきた時には、どうなることかとヒヤヒヤしていたけど、心配しなくても大丈夫だった。さすがに、王子も引いただろう。


 周りからヒソヒソ声が聞こえる。


「なんて、汚らわしい……!」

「王家の舞踏会を愚弄する気か……!」


 ああ、私の愛するゼラ。憧れのゼラ。一服盛ってしまってごめんなさい。でも、私だって必死なの。あなたの野望通りに、あなたが台頭してしまったら、私達一家は路頭に迷ってしまうの。だから、仕方のないことだったの。


 これで、ゼラが王子のハートを射止めるチャンスは無くなった。


 ほら、王子が彼女に近寄っていく。きっと、舞踏会の場で嘔吐するなんていう大変非礼な真似を働いたゼラのことを、叱責するつもりなんだ。


 と、思いきや。


「顔色が悪い。何か毒でも飲まされたのか。すぐに医者に診てもらったほうがいい」


 まさかの展開。王子はゼラのことを気づかい始めた。


 それだけじゃない。


 王子は周りを睨みつけて、一喝した。


「誰も彼女のことを心配しないのか! 見ろ、この苦しそうな様子! 普通は助けようと思うのが人情だろう!」


 あまりの正論に、誰も何も言えなくなり、赤面して押し黙った。


 王子は、ゼラに向かって手を差し伸べ、ゆっくりと立たせてあげる。さらに、ふらついた彼女の体を、しっかりと抱いて支えてあげた。


 一部の女性陣から悲鳴のような声が上がった。なんで、あんな女のことを助けるのか、と言わんばかりの声だ。


 私も驚きで目が丸くなってしまう。「プリンセス・ゼラ」では、王子の描写はハンサムで格好いい男性、ということくらいしかわからなかったので、実際の性格がどうなのかまでは知る由もなかった。


 それが、蓋を開けてみれば、ただハンサムなだけじゃない。性格までイケメンだ。


 王子パーシヴァルは、ゼラの支えになりながら、彼女をエスコートして歩いていく。その様子は、絵になるほど美しい。やっぱりお似合いの二人だ。


 ……って、惚れ惚れと見守っている場合じゃないわ!


 どうなってるのよ! 本来なら、ゼラは魔法の力を借りて、王子の心を惹き、その後紆余曲折あって結ばれる、という段階を踏んで、ハッピーエンドになるはずなのに!


 だから、迷いの森へ行って、魔女と出会うことがなければ、絶対安全だったはずなのに!


 どうして⁉


 ゼラとパーシヴァルが肩を寄せ合って歩いている姿を、後ろから見ていると、不意にゾッとする感覚が押し寄せてきた。


(まさか、これが「運命」……⁉)


 ここは物語の世界。全て予定調和で動く。


 ゼラとパーシヴァルは、私がどうあがいても、結ばれる運命にある、ということなの⁉


「くう~~~!」


 ドレスをギュッと握り締め、私は悔しさから唇を噛んだ。


 このままじゃあ、私、ただの悪役令嬢で終わってしまう。しかも、ヒロインであるゼラに毒を盛るなんていう、最低最悪な行為を働いた悪役として。


 そうこうしている内に、ゼラとパーシヴァルは、大広間から出ていってしまった。


 掃除係の人達が急いでやって来て、ゼラの吐瀉物を片付けている。すっかり白けてしまった様子で、舞踏会の参加者達はザワザワと落ち着かずに過ごしている。楽団まで、演奏をストップしている。


「まったく……! 恥さらしもいいところだわ!」


 ディアドラは大層ご立腹のようだ。


「でも、あの体調で舞踏会に乗り込んでくるなんて、けっこう根性あるのね」


 なぜか楽しそうにヴァイオレットはニヤニヤ笑っている。


「帰りましょう。これ以上この場にいるわけにはいかないわ」

「え、どうして、お母様?」


 わけもわからず、私が理由を尋ねると、ディアドラはキッと睨みつけてきた。


「ゼラがうちの子供だとわかったら、さらに大恥をかくでしょう! いまのうちに、外へ出るのよ!」


 確かに、プリチャード家の一人だと知られたら、私達まで巻き添えを食らってしまう。この場を逃げたところで、何も解決はしないけど、少なくとも面と向かって嫌なことを言われることはなくなる。


 あまり目立たないように、そそくさと会場を後にしようとした、その時だった。


「お待ちください」


 執事のエイジが、私達の前に回り込んで、移動の邪魔をしてきた。


「あら、どうかされましたか。私達、用事を思い出しましたので、これで失礼させてもらいますわ」

「ディアドラ・プリチャード様。そういうわけにはまいりません」

「なぜ、そのようなことをおっしゃるの?」


 ムッとした様子で、ディアドラは聞き返した。


「あの体調不良のお嬢様は、ゼラ・プリチャードを名乗っていました」

「な、なぜ、それを」

「入り口で私が応対したので、直接聞いていたのです」

「あら、そうなの。で、何かしら? 娘の不始末を、詫びろとでも?」

「そうではありません」


 エイジはほとんど表情を変えることなく、淡々と言葉を重ねていく。


「入り口でお目にかかった時、具合が悪そうでしたので、ご病気ならご遠慮願います、ということをお伝えしたのです。すると、ゼラ様はこう答えられました。『昼食後に急に体調が悪くなった、ただの食あたりだと思う』と」


 このイケメン東洋人執事は、いったい、何を話すつもりなのだろう。嫌な予感がして、私は緊張しながら、話の続きを待った。


「妙だと思いませんか? 同じ家に住み、同じ食事を取りながら、あなた方はご無事です。しかし、ゼラ様だけは、昼食後に急に体調を崩された」

「ゼラは同じテーブルで食べることはないわ。きっと、あの子のものだけ食べ物が傷んでいたんでしょう」

「それもまたおかしな話です。プリチャード家の厨房は、二つあるのですか?」

「……いいえ、一つよ」

「料理人は、ゼラ様にお出しするものも、同じ方が作られている?」

「……ええ、そうよ」

「では、食材は同じものを使ったはずです。それなのに、ゼラ様だけ、あのように異常なまでの身体の不調を引き起こしていた」


 私は、直感的に、エイジの前に立ちはだかった。


 まずい。私の勘が正しいなら、これ以上エイジに喋らせるわけにはいかない。


 だけど、手遅れだった。


「何が言いたいのかしら」


 フン、と鼻を鳴らし、ディアドラが冷たい眼差しでエイジを睨みつける。


 その眼差しに動じることなく、エイジは堂々と、自分の推理を述べた。


「ゼラ様は毒を盛られた可能性があります。それも、お屋敷の内部の者に」

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