第6話 お城の舞踏会
舞踏会当日になった。
本当なら、スカーレットである私は、ゼラのドレスをズタズタに引き裂いて、舞踏会に出られないようにしてしまう。
だけど、そんなことをしてしまえば、ゼラが悲しみのあまり命を絶とうとして、迷いの森へ行ってしまう。
実は腹黒いゼラが、果たしてドレスを引き裂かれたくらいで、自ら命を絶とうとするだろうか? という疑問は出てきたけれど、なんであれ物語通りの展開になるのは間違いなさそうだ。
なので、私は、朝のスープに、例の毒をこっそり混ぜておいた。
嘔吐と下痢の毒。
効果はすぐに出た。
「ゼラ! 留守番は頼むわよ!」
トイレの前で、ディアドラが怒鳴ると、返事の代わりに「おぼろろろ」と吐く音が聞こえてきた。
ゼラは、見事に毒にかかった。
(ああ、ごめんなさい、ゼラ……! でも、あなたの素顔を知ってしまったから、こうするしか道はなかったの……!)
もしも、映画のイメージ通りのゼラだったら、私は毒を飲ませるのを躊躇していたことだろう。
でも、ゼラは、実はけっこう策士だ。気を許していたら、自分が酷い目に遭わされてしまう。
ここは心を鬼にするしかなかった。
「さあ、行きましょう」
トイレの中から聞こえてくる、汚い音に眉をひそめながら、ディアドラは歩き始めた。
私はヴァイオレットと一緒に、その後についていく。
まあいい、切り替えよう。これから楽しい舞踏会の夜が待っている。本物の王子パーシヴァルにも会えるかもしれない。そこで幸せを掴むんだ!
こうなったら、スカーレットとしての人生をとことん楽しんでみせよう。
※ ※ ※
私たちは豪華な馬車で城へと向かった。
城内に入り、さらに会場である大広間へと入ると、そこはまるで別世界だった。
高い天井、金と銀で装飾された壁、そして巨大なシャンデリアが天井から吊り下げられ、煌びやかな光を放っている。
舞踏会の会場は、華やかな衣装をまとった王族や貴族、名家の人々で溢れかえっており、オーケストラの優雅な音楽が空間を満たす。
大広間の中心では、多くのカップルが軽やかに踊っている。ドレスの裾が床に滑るように動き、それぞれの動きが美しく調和している。
壁際には、食事や飲み物が並べられた豪華なビュッフェテーブルが設けられており、人々は談笑しながら楽しんでいた。
「お母様、あそこの食事は、自由にとっていいの?」
あんな豪勢な食事を前にして、平静でいられるはずがない。ハアハアと息を荒くして興奮している私を、ため息混じりに、ディアドラはたしなめてきた。
「スカーレット、はしたないから、よしなさい。レディが自分から取りに行くものじゃないわ」
「え、じゃあ、どうするの?」
「まったくもう、社交のマナーを散々教えてきたのに」
その時、タキシードを着た背の高い美青年が、こちらへ近寄ってきた。
え、なに、なに? さっそくダンスのお誘い⁉
と思って、ドキドキしながら身構えていると、その美青年はうやうやしく頭を下げてから、こう尋ねてきた。
「ようこそ舞踏会へ。私は執事のエイジと申します。ご用がありましたら、何なりとお申し付けください。食事や飲み物はいかがされますか?」
スラリとした長身、目鼻立ちの整った顔、艶のある綺麗な黒髪。エイジ、という名前からして、日本人なんだろうか。白人ばかりいる、この舞踏会の会場では、かなり目立っていて、周りの注目を集めている。
「そうね、食べ物は軽いものがいいわ。いつ踊るかわからないもの。飲み物は白ワインを持ってきてちょうだい」
ディアドラの言葉を受けて、エイジさんはスッとお辞儀をした。
「かしこまりました。それでは、空いている席へご案内します」
それから、スマートな所作で、私達のことを会場内にあるテーブル席へと案内し、座らせてくれた。そして、ビュッフェテーブルを回った後、チーズとクラッカーを載せた皿を運んできて、さらに給仕係に頼んでワインを注がせてくれた。
「では、またいつでもお声がけください」
そう言って、エイジさんは去っていった。
「素敵な殿方ね」
彼の後ろ姿をいつまでも追っている私に、ヴァイオレットが話しかけてきた。見ると、意味ありげにニヤニヤ笑っている。
「な、なに、姉様?」
「ふふふ、ああいう男性が好みなのかしら、スカーレットは」
「べ、別に、そんなことないわよ」
確かに、エイジさんは格好いいけど、本命は別にいる。
私の王子パーシヴァル様。
ああ、早く本人に会いたいわ……!
と思っていると、会場内に拍手が巻き起こった。
「国王陛下とお妃様、パーシヴァル王子のおなーりー!」
ちょび髭のちょっと偉そうな雰囲気のおじさんが、そんなことを告げるのと同時に、楽団が荘厳な音楽を奏で始めた。
大広間の扉が開け放たれ、向こうから、国王夫妻と、パーシヴァル王子が姿を現した。
パーシヴァル王子は、映画で見る以上に、実物は美しい。彫りの深い顔、輝くような金髪。少し長めの髪はサラサラしていて、手触りが良さそう。身のこなしは優雅で、いかにも気品溢れる感じだ。
王家の三人が揃ったところで、いよいよ舞踏会は本番を迎えた。
大広間いっぱいを利用して、大勢の人々がダンスに興じる。だけど、作法とかよくわからない私は、ただ黙って見ていることしか出来ない。ヴァイオレットもダンスには興味ないのか、黙々とワインを飲んでいる。
私は、慣れないお酒を飲むよりも、あのダンスの場に混じりたい。そうすれば、王子に接近できるかもしれない。
と思っていると、ちょび髭のおじさんが、楽団に負けないくらい大きな声で、大広間中に呼びかけてきた。
「王子も踊られるとのこと! どなたか、お相手いただけませぬか!」
まさか、こんな形で王子のダンスパートナー募集になるとは思っていなかった私は、椅子を蹴って慌てて立ち上がり、思いきり手を上げた。
「はい! はい! はい! 私! 私、踊ります!」
周りからクスクスと笑い声が聞こえてくる。非難するようなヒソヒソ声も聞こえる。ディアドラはポカーンと開いた口が塞がらない様子で、ヴァイオレットは「あははは」と腹を抱えて笑っている。
やがて、ディアドラが顔を真っ赤にして、怒り始めた。
「スカーレット! 慎みなさい! あれは体裁上、場に呼びかけているのであって、踊る相手はもう決まっているのですよ!」
え、そうなの⁉ やだ、恥ずかしい!
「どうしちゃったの、スカーレット。もう、この間から、あなたってば様子が変よ。あー、でも……あははは、おかしい、あははは」
「ヴァイオレット、笑い事じゃないわ! プリチャード家の恥をさらすような真似をしては……!」
プンプン怒っているディアドラだったけど、その目を急に見開き、言葉を詰まらせた。
私達のテーブルに、王子がやって来たのだ。
「面白いお嬢さん、名前は?」
や、やだ、やだやだやだ!
パーシヴァル様が、私に興味を示してくれてるううう!
「ス、スカーレットです」
「スカーレットさん、よろしければ、踊っていただけませんか?」
スッと手を差し出すパーシヴァル様。
きゃああああ! ダンスの誘いを受けちゃった!
ろくに考えもせず、私はすぐに飛びついた。パーシヴァル様の手を握ると、フロアの中央までエスコートされる。
そこから二人の華麗なダンスが――始まらなかった。
こんな社交の場でのダンスなんて踊ったことがない私は、すごくぎこちなく、不器用な動きしか出来ない。王子もフォローするのに必死な様子だ。
チラリとディアドラのほうを見ると、彼女はいまにも卒倒しそうな顔をしている。その横で、ヴァイオレットは腹を抱えて笑っている。
会場内全体に、「いい加減にやめろ」と言わんばかりの空気感が充満してくる。
どうしよう……と半ばベソをかいている私に、ソッと、パーシヴァル様は耳打ちしてくれた。
「緊張しているんだね。大丈夫、僕らのダンスが今日は世界一だ」
ああ……神! なんて神対応なの! パーシヴァル様バンザイ!
不思議と、王子のその言葉を受けてから、ぎこちなかった私の動きは良くなっていった。まるで魔法にかけられたみたいだった。
周りの目線も、やっかみから、羨望へと変わっていったように感じる。
幸せ……! なんて幸せ……!
そう思っていると、突然、会場の入り口のほうで悲鳴が上がった。
「むっ⁉」
王子は咄嗟に、私の前に盾となって立ちはだかり、悲鳴が聞こえてきたほうへと向き直る。
人々が左右に分かれて、あいた空間に、一人の少女が倒れている。
その少女が着ている、水色のドレスに、私は見覚えがあった。
「ま、まさか、ゼラ⁉」
驚きの声を上げるのと同時に、ゼラは、グググ……と残された力を振り絞るかのように、身を起こした。
「わ……私も……舞踏会に……混ぜて」
嘘でしょ⁉ ひどい嘔吐と下痢で、舞踏会に来れるような体調じゃないはずなのに!
よろめきながらも、ゼラは仁王立ちした。もはや、将来プリンセスになる少女とは思えないほどの鬼気迫る様子。
なんて根性なの、信じられない!
これが主人公としての力なの⁉
「私も、王子様と、ダンスがしたい――おぼろろろろろろ」
そして、ゼラは、思いきり吐くのであった。
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