第30話 帰宅
それから数日かけて、私達は、大陸のほうへと戻ってきた。
かつて、私とエイジを追放した王国。その港へと辿り着いたのだ。
この港は追放されるときにも、利用していた。あまり、いい思い出ではないけれど、懐かしい場所だ。まさか、またここへ戻ってこられるとは思ってもいなかった。
私達は、港の警備兵に見つからないようにしながら、移動を開始する。島の人々が検閲を受けている間に、私とエイジ、そしてティタマは、こっそりと死角から、船を降りた。
そこから、まずは港を脱出するため、警備兵達の動きを注視しながら、少しずつ、物陰に隠れて、進んでいく。
ようやく港を離れて、街道に辿り着いたと思った、その時だった。
「スカーレット……?」
聞き覚えのある声が、私の耳に飛び込んできた。
それはとても温かく、優しい響きを伴った声。
スカーレットの母親であるディアドラだ。
「お母様……?」
私はゆっくりと振り返った。
間違いない、港の入り口に、母ディアドラは立っている。かわいそうに、あまり睡眠も食事を取っていないのだろう、すっかりやつれてしまっている。
だけど、私の顔を見た瞬間、ディアドラの真っ青な顔に、一気に朱が差し、彼女は私に向かって駆け寄ってきた。
「スカーレット! ああ、スカーレット! 船が難破したと聞いて、もう会えないかと思っていたわ……!」
「お母様、どうして、こちらまで……?」
「いつか、あなたが、帰ってくるのじゃないかと、そう信じて……いえ、そう望んで、毎日、港に足を運んでいたの。今日もまた駄目かと思っていた、その矢先に、あなたの姿を見かけて……ああ、なんて奇跡なのでしょう! 神様!」
「そんなに私のことを心配してくれていたの……?」
「当たり前でしょう! あなたは、私の大事な娘なのよ!」
そう言って、ディアドラは、私のことを強く抱き締めてきた。あまりにも力が強くて、ちょっと痛かったけれど、それは嬉しい痛みだった。
ごほん、とエイジが咳を鳴らした。
「感動のご対面のところ、水を差すようで申し訳ないですが、ディアドラ様、我々は国を追放された身分、ここでのんびりと喋っているわけにはいきません。早く移動しないと」
「そうね、それもそうだわ。あそこに、我が家の馬車を止めているから、それに乗りましょう」
私達はディアドラの馬車の中へと入った。
すぐに御者へ命じて、馬車を走らせ始める。あとは、途中で検問などなければ、問題なく、お屋敷に戻れるはずだ。
「ところで、スカーレット。そちらの、お嬢さんは? ええと……」
と、ディアドラは、ティタマのことを上から下まで眺め回した。彼女の目には、浅黒い肌と、健康的な手足を剥き出しにした民族衣装の格好をしているティタマは、奇異なものとして映っているのだろう。
「ティタマです! スカーレットとは、友達なんです」
そう言って、私の隣に座っているティタマは、私の腕を抱き寄せてきた。
「え、友達?」
「うん。友達。ここまで来たら、もう友達だよ」
私は、ティタマの口から発せられた「友達」という言葉を、何度も噛み締める。思えば、この世界へと転生してから、家族は出来ても、友達、は一人も出来ていなかった。そうすると、ティタマは、私にとって最初の友達、ということになる。
そもそも、思えば、転生前でも、友達らしい友達は、いなかった。
スクールカースト最下層だった私は、見た目も、声質も、人に好かれる要素がなかったのだろう、誰も私のことを大事にしてくれなかった。
そういう意味では、ティタマは、私の人生においても、最初の友達になるのかもしれない。まだ両親が存命していた時、ものすごく幼い頃は、一緒に遊んでくれる子供達もいたと記憶しているけれど、しかし、それはまた、「友達」と呼ぶには、あまりにも弱い繋がりだったと思う。
「そっかあ、友達かあ」
思わず、にへら、と相好を崩してしまう。
そんな私の嬉しそうな顔を、珍しいものでも見るかのように、ディアドラとエイジは、目を丸くして、見つめている。
やがて、馬車は、お屋敷に着いた。
人目につかないよう、こっそりと屋敷の中に入ると、さっそくヴァイオレット姉様が迎えてくれた。
「スカーレット……⁉」
彼女もまた、私が死んだものと思っていたのだろう。再会に当たって、喜びよりも先に、驚愕が、表情に表れた。
けれども、すぐに顔を緩めて、嬉しそうに微笑んだ。
「お帰り、スカーレット。大変だったわね」
「ただいま、お姉様」
そんなやり取りをしている間に、ディアドラは、手早くメイド二人に指示を出していた。私スカーレットとエイジが無事に戻ってきたことは、この限定されたメンバーだけに情報をとどめておくこと、その上で、まずはお風呂や着替えを用意すること、温かい食事も用意すること……それらのたくさんの指示を受け取ったメイド二人は、さっそく動き始めた。
さて、ひと段落してから、今後のことについて話すべきか、それとも……。
ううん、やっぱり、ここは、いますぐに話しておくべきだ。
「お母様、お姉様。お伝えしたいことがあるの。たくさん。だから、食堂でお話をしましょう」
主に、森の魔女と、海の魔女のこと、だ。
この先、彼女らと対決することとなるのは避けられない。ならば、一人でも多く味方をつけるしかない。
まずは、ディアドラとヴァイオレットをこっちに引き寄せるのが、先決だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます