第31話 智将ヴァイオレット
ディアドラとヴァイオレットは、私から一部始終を聞き終わった後、長いため息をついた。
森の魔女ライラと、海の魔女ベンテスの話は、この世界がいかにファンタジーであっても、なかなか受け止めがたい内容だったみたいだ。
しばらく、食堂の中に静寂が流れていた。
やがて、ヴァイオレットが先に口を開いた。
「話には聞いていたけど、実際に会ったなんて、信じられないわね……」
ヴァイオレットはそう言いつつも、私の話をちゃんと本当のこととして扱ってくれた。
「でも、どうして、森の魔女はあなたのことを罠にかけたの?」
その問いかけに対しては、私は「わからない」とだけ答えた。
本当は、森の魔女ライラは、元の世界で私のことをいじめていたリセが転生した姿だと知っている。だけど、その説明をしたところで、それこそディアドラもヴァイオレットも信じてくれないだろう。
「魔女は魔女です。まともな理屈を求めても仕方がないでしょう。確かなことは、二人の魔女は我々にとって敵である、ということです」
「エイジさん。それで、私達は何をすればいいのかしら? 教えて。スカーレットを守るには、どうすればいいと思うの?」
「いまやスカーレットさんは王国に対する反逆者です。その濡れ衣を、覆さないといけない。そのために必要なことは、ただ一つ、森の魔女を捕まえて、国王の前へと突き出し、自らの罪を自白させることです」
「……それは不可能だと思うわ」
ディアドラは冷静に否定した。
「証拠が何も無いもの。森の魔女はまず認めないでしょうね。自分のしたことを」
「ですが、他に方法はない。やるしかないんです」
私もエイジと同じ考えだけど、でも、ディアドラが懸念していることもよくわかる。ライラ、ううん、リセの性格からして、そう簡単にはボロを出さないと思う。あいつは、本当にしたたかで、ずるい女だから。
「ちょっといいかしら」
そこで、ヴァイオレットが話に割り込んできた。
「森の魔女の狙いは、私達プリチャード家の没落にあるんじゃないの?」
ドキッとした。ヴァイオレットは本当に頭がいい。私があえて教えなかった真実に、鋭く切り込んできた。
「だって、スカーレット、あなたは毒の魔法を魔女から授かったんでしょう?」
「う、うん」
そのことはこの間の裁判を通してバレているし、否定することではない。でも、なんで、ヴァイオレットがあらためてそのことを確認してきたのか、私の頭では理解できなかった。
「その後、王族の食事に、毒が見つかった。それで、あなたに疑いがかかった」
「そうだけど……それがどうしたの、お姉様?」
「もし、あなただけを狙いに定めているのなら、他にやりようはあると思うわ。だけど、おそらく森の魔女が、王族の食事に毒を盛った。なぜか? それはあなたをおとしめることだけが目的ではないから。プリチャード家そのものを没落させたいからよ」
ビンゴ。まさにその通り。リセは、プリチャード家をこの国から追い出したいのだ。
その目的は、ゼラをプリンセスにすること。私に対する嫌がらせが最大の理由ではあるけど、とにかく、本来のストーリーに沿って、ヒロイン・ゼラを幸せにするのがリセの狙い。
悪役令嬢である私がヒロインになることは、絶対に阻止したいと考えているはずだ。
「実際、王国において、プリチャード家の立場は悪くなってきている。追放されるのも時間の問題かもしれないわ。だからこそチャンスよ」
「チャンス?」
エイジは怪訝そうな顔を浮かべた。
私も首をかしげる。ヴァイオレットは、何を言ってるのだろう。
「あえて――この国を出るのよ」
ガタン! とディアドラが音を立てて、椅子から立ち上がった。テーブルに両手をつき、ヴァイオレットにいまにも飛びかかりそうな迫力を漂わせて、険しい眼差しで睨んでいる。
「亡きあの人から預かった、この屋敷を、捨てろと言うの⁉」
「お母様。お母様が、この屋敷をどれだけ大切に守ってきたか、私はよくわかっている。でも、わかって。本当にプリチャード家を守りたいのなら、本当にスカーレットを守りたいのなら、ここは切り捨てたほうがいい」
「……!」
なおも、何かを言い募ろうとしたディアドラだったけど、唇をギリリと噛んで耐え忍んだ。
「……それで、この国を出て、何をするというの?」
呼吸を整えて、落ち着きを取り戻しながら、ディアドラはヴァイオレットに問いかける。
ヴァイオレットはニヤリと笑った。
「敵が動き出すのを待つの」
「魔女が?」
「そうよ。魔女の狙いが、プリチャード家の没落なら、私達が王国を出た後に、必ず何か新しい動きを見せるはず」
「どうかしら。私達の没落が最終目標かもしれないわ。それ以上、何もしないかもしれない」
「それはありえない」
「なぜ、そう言い切れるの」
「だって、魔女の最終目標は、ゼラが王子と結ばれることだから」
え⁉ と場にいるみんなが驚きの声を上げた。
何よりも一番驚いているのは、実は私だったかもしれない。どうして、ヴァイオレットはそこまでリセの考えていることを読めているのか。まるで諸葛孔明のような軍師っぷりだ。
「スカーレットの毒騒動をきっかけに、明らかに立場が変わった人間が、他ならぬゼラよ。妾の子とは言っても、あの子もまたプリチャード家の人間。それなのに、王子といい仲に発展していっているのを、なぜか魔女は放置している。私達がどんどん立場が悪くなっているのに対して、ゼラだけは栄光の階段を駆け上がっている。変だと思わない?」
「なぜ、森の魔女は、そんなことを……」
「ここから先は推測どころか、憶測ですらないから、語るのをやめるわ。とにかく、お母様、私のことを信じて、よく考えてみて。プリチャード家を守るために、何をすべきか」
ヴァイオレットの推理を聞き終えたディアドラは、ふうう、とくたびれたように息を漏らした。それ以上、何か文句を言うことはなかった。ヴァイオレットの頭の良さに、絶対の信頼を置いているようだった。
この一連のやりとりの間、ティタマはずっと黙っていた。
目を丸くして、ひたすらキョトンとした表情を浮かべていた。
ディアドラとヴァイオレットの会話が終わったところで、やっと、ちょっとした感想を述べるだけだった。
「あ、頭のいい会話過ぎて、ついていけない……」
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