第32話 急転直下

 それから、話はあっという間に進んでいき、プリチャード家はわずか二日で王国を出て行くことになった。


 私とティタマは、とりあえずヴァイオレットの部屋に匿ってもらい、エイジは空き室になっている使用人室へと隠れることとなった。


 屋敷の中は、ディアドラの突然の出国宣言を受けて、すっかり大混乱状態だ。メイドや執事達がドタンバタンと騒がしく、屋敷内を走り回りながら、荷造りをしている。


「いいのかな、手伝わなくて……」


 使用人のある生活なんて過ごしたことがないから、どうにも落ち着かない。その点、ヴァイオレットはさすがに慣れたもので、何かおかしなことでも? と言いたげな様子で、私のことをまじまじと見てきた。


「スカーレットがそんなことを言うなんて、おかしいわね。誰よりもメイドをこき使っている子だったのに」


 私、そんなキャラだったんだ、と思ったけれど、よく考えたら「プリンセス・ゼラ」の悪役だ。相当性格は悪かったに違いない。


「なんだか、この間から、まるで別人になったみたいね」


 ヴァイオレットにそう言われると、ドキッとする。この姉は、頭が良すぎる。ひょっとしたら、私の中身が本当に別人だと気付いているのかもしれない。


「でも、ここで二日間も引きこもっているのも、退屈だわ」


 ティタマはうーん、と背伸びして、ストレッチをし始めた。


 ヴァイオレットの自室とは言っても、そこは名家のお嬢様の部屋、とてつもなく広い。ベッドには天蓋がついていて、部屋の中に応接用のソファとテーブルまで備えられている。クローゼットはそれ自体が一つの小さな部屋になっていて、所狭しとドレスが飾られている。


 これだけ広い部屋だったら、二日間こもりっぱなしでも、だいぶのびのびと過ごせそうだ。


 だけど、アウトドアで毎日を送っていたティタマは、この豪勢な部屋でも狭く感じるようだ。


「私は別に、外にいても大丈夫よね?」

「あのねえ……ティタマちゃん。自分の見た目をよく鏡で確認したほうがいいわよ。南国の島の子が、この屋敷の中にいるのは不自然でしょ」


 そもそも、ティタマは露出度が高い格好をしている。同じ女の私が見ていても、目のやり場に困るくらいだ。そんな女の子が、屋敷の中をうろついていたら、それだけで騒ぎになっちゃう。


「そうしたら、せめて――」


 なお、ティタマが何か言おうとした瞬間、部屋のドアがコンコンとノックされた。


「誰?」


 ヴァイオレットが問いかけるのと同時に、私とティタマは、急いでクローゼットの中に身を隠す。


 クローゼットのドアを閉めた直後、部屋の中に誰かが入ってきた。


「ヴァイオレット姉様、お邪魔するわ」


 ゼラの声だ。


 急に不安になってきた。なぜこのタイミングで、ゼラは、ヴァイオレットを訪ねてきたのだろう?


 私はクローゼットのドアに耳を押し当てて、二人の会話を漏らさず聞き取ろうとする。


「どうしたの、ゼラ。あなたが私の部屋を訪ねてくるなんて、珍しいじゃない」

「ちょっと、伝えたいことがあって」

「なあに?」

「その前に――どうして、クローゼットのドアが閉まっているのかしら」


 ゾクッ、と寒気が走る。声だけしか聞こえないけど、ゼラの目がこちらへ向けられているのを感じる。


「開きっぱなしにしているほうが変でしょ。何をわけのわからないことを言うの、あなたは」

「ううん。ただ、あの中に変な人でも隠れていたら、怖いなあ、って思って」


 そこから、数秒ほど、沈黙が流れた。緊張感が漂っている。ヴァイオレットとゼラが真っ向から向かい合って牽制している光景が、目に浮かぶようだ。


「用件を、言って」

「この屋敷は私がもらうわ」

「それって、つまり、あなたはここに残るってこと?」

「あー、違う、違う」


 もはやゼラは、腹黒な性格を隠そうともしない。歪んだ精神がにじみ出るような声音で、ヴァイオレットと対等に渡り合っている。


「そんな単純な話じゃないの。家財一式持ち出された、すっからかんの屋敷に残っても、意味がないわ。全部、残していってもらう」

「は?」

「もう一度言うわ。この屋敷はそっくりそのまま、丸ごと、私が全部もらう。あなた達は何一つ家財を持つことなく、この国から追い出されるの」

「笑えない冗談ね」

「ヴァイオレット姉様こそ、私のことを騙そうだなんて、ちゃんちゃらおかしいわ」

「騙す? 何を?」

「だって、そのクローゼットの中にいるんでしょ? スカーレット姉様が」


 私は息をのんだ。どうして、ゼラは気付いているのか。それとも当てずっぽうで言ってるだけなのか。


 ティタマを見ると、彼女は険しい表情で、黙ったまま首を左右に振った。動揺してはいけない、ということだろう。


「いないわよ」

「じゃあ、見てもいいわね?」

「失礼ね。人のことを疑うなんて」

「言っておくけど、ヴァイオレット姉様、これは疑いなんかじゃない。確信よ」

「どうして、そう言えるの」

「なぜなら――」


 その時、不意に、私とティタマの背後に、何者かの気配を感じた。


 息づかい、衣擦れの音。


「え⁉」


 驚いた私とティタマが振り返った瞬間、背後に現れた何者かは、私達のことをクローゼットのドアごと吹き飛ばした。


「きゃああ!」

「あぐっ!」


 私とティタマは折り重なるようにして、ヴァイオレットの前に倒れる。そこにはやはり、ゼラの姿も。


 そして――


「あ、あんたは!」


 私達を吹き飛ばした敵は、魔女ライラだった。


「お帰り、スカーレット。そして、これでおしまい」


 外が急に騒がしくなってきた。


 屋敷の中に、大勢の人間が入り込んでくるのが聞こえてくる。ドタドタと荒々しい足音が鳴り響き、ついにはこの部屋へとなだれ込んできた。


 王国の兵士達。


 それを率いるのは、パーシヴァル王子。エイジに斬られた傷を包帯で覆った痛々しい姿ながら、すっかり元気に回復したようで、それは何よりだったけど、私達に強い憎しみの目を向けてくる。


「覚悟しろ! 逆賊スカーレット! 我が剣で葬ってくれる!」

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