第28話 島からの脱出

「ふん。あんたはいつまでその姿にしがみついているんだい。老いは醜さじゃないよ」

「ハッ、相変わらず気に食わないねえ、その態度。いまや海の王国を統べる、このあたしに、よくもまあ生意気な口をきけるもんだよ」


 ベンテスはサッと手を上げた。


 たちまち、海の中から、槍を持ったエビやカニの兵士達が姿を現す。


 大変だ、どうしよう、と私はうろたえた。海の中では毒の魔法を使って撃退できたけど、地上では通用しない。だけど、このままでは、島の人々が大変な目に遭ってしまう。


 覚悟を決めるしかない。ここまで、私のせいで、色々な人達に迷惑をかけてきた。これ以上、他人を不幸にするのは耐えられない。


 私はヒネさんの横を通り、前へと進み出た。


「ベンテス、あなたの目的は私でしょ? この島の人達に酷いことをしないで」

「よしなさい。意味が無いから」


 ヒネさんが止めに入ってきたけど、私はかぶりを振った。


「ううん。悪いのは私だから。私さえ捕まれば、ベンテスは何もしないと思う」

「その考えは甘いよ。あいつは、もともと、地上をも支配したがっていた。この機に、まずはこの島を攻略しようと考えているはずさ。止まりはしない」

「地上を?」


 そんな野望を持っていたなんて、初耳だ。映画の中では、そこまで描かれていなかった。


 ベンテスは、三つ叉の槍を構えた。それは、ポセイドン国王が持っていたもの。奪い取ったのだろう。


「無駄なお喋りをするつもりはないさ。そろそろ、始めようか」


 どうしよう、ベンテスの狙いは私だけじゃなくて、この島であり、さらにその先には地上の支配がある。どう足掻いても、止めようがない。


「スカーレット! こっち! こっちだよ!」


 不意に、ティタマが私の腕を引っ張って、あらぬ方向へと連れていこうとし始めた。


 彼女がどこへ向かおうとしているのかわからないけど、ヒネさんを置いていくわけにはいかない。


「待って! ヒネさんが……!」

「おばあちゃんは大丈夫! それよりも、急がないと!」


 私はティタマの強引さに負けて、彼女と一緒に走り出した。


「どこへ行こうって言うんだい! お前達、追いかけな!」


 ベンテスの命令を受けて、甲殻類の兵士達は連なって、私達のことを追ってくる。さすが海の兵士だけあって、水辺での動きは速い。あっという間に回り込まれそうになる。


「こっちに来るな!」


 ティタマは腰に帯びているブーメランを外し、先頭を行くカニの兵士に向かって勢いよく投げつけた。カーン! と小気味のいい音が鳴り響き、カニの兵士は仰向けに倒れる。その体が邪魔になって、後続の兵士達はつっかえてしまう。


 バシャバシャと水の上を走っていき、村の外れへと出たところで、私は目の前の海上に展開されている光景を見て「わっ⁉」と声を上げた。


 何隻もの船が出航準備を整えている。島の人々がすでに乗り込んでいて、いつでも出られる状態だ。


「スカーレット! こっちだ!」


 エイジが手を振って、声をかけてきた。


 たしか、村は高台の上にあったはずだ。それなのに、どうしてこの短時間で、ここまで素早く脱出用の船を用意できたのだろう。不思議に思って、私が目を丸くしていると、ティタマが説明してくれた。


「いつどんな災害が、島を襲うかわからないからね。村のほうにも、船を用意してあったの」

「すごい……! そこまで考えていたんだ⁉」

「だから、ひとまず逃げるよ。海の兵士達と戦うだけの力は、私達にはないから」

「でも、ヒネさんは⁉ 一人だけ残して、平気なの⁉」

「おばあちゃんも魔法を使えるから。何とかなると思う」


 そう言いつつも、ティタマの表情は険しい。本当は、不安で仕方ないのかもしれない。だけど、私に余計な気づかいをさせまいと配慮しているようだ。


 しょうがないので、ティタマに続いて、私も船に乗り込んだ。


 それで出航準備は整ったようで、一斉に船団は海に向かって走り始めた。その後ろから、カニやエビの兵士達がバシャバシャと水しぶきを上げて、泳ぎ、追いかけてくる。


「どこへ逃げるの?」

「行き先は決めてない。でも、他の島に逃げると、追い詰められちゃうから、大陸のほうに逃げたほうがいいかも」

「大陸……!」


 それはすなわち、元いた場所、あるいはその近くへと戻る、ということだ。図らずも、エイジが考えていたとおりの展開になっている。


 船の後方で、海面が盛り上がり始めた。波だ。甲殻類の兵士達が巻き起こしたものだろう。海面がグングンと高さを増していき、とうとう、十メートル近い津波にまで成長した。


「流されないように、何かに体を固定させて!」


 ティタマの指示に従い、私達乗組員は、手近なところにある取っかかりにしがみついて、津波を受けても大丈夫なように待機する。


 甲板に、凄まじい勢いで、津波が襲いかかってきた。ちっちゃな子供の悲鳴が聞こえる。私も水に押し流されそうになって、叫び出したいのを、グッとこらえた。


 水が引いていった後、甲板の上には、エビの兵士が三体、残った。全員、槍を構えて、私に狙いを定めている。


「スカーレット、下がってて!」

「足手まといだから、何かしようと考えるなよ」


 ティタマとエイジが、私の前に立ち、エビの兵士達と対峙した。

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