第37話 二人に伝えたいこと

 ゼラは、何がしたかったんだろう。王都郊外の平野を馬車で進む中、私はずっと考えている。彼女はプリンセスになりたかったのではないか。あと少しで、その地位を手に入れることが出来たはず。それなのに、自分に力を貸してくれたライラ=リセまで裏切って、魔女の力を手に入れた。


 欲しかったのは、プリンセスとしての地位ではなく、もしかして「力」だったのだろうか。


 最初は権力を欲したけれど、魔女の力を手に入れるチャンスが訪れて、そっちを奪うことにした、のかもしれない。


「もうすぐ着くわよ」


 ディアドラは馬を駆りながら、荷台にいる私達に、そう声をかけてきた。弓矢の扱いだけでなく、馬車を動かすことも出来るなんて、ディアドラに抱いていたイメージがかなり覆された。


 元となる映画「プリンセス・ゼラ」では、綺麗だけれど、ただ意地悪な大人の女性、ということしかわからなかったディアドラ。こんなにも逞しくて、頼りになる人だとは思わなかった。


「お母様、どこへ向かってるの?」


 逃げることに精一杯で、ディアドラは行き先を説明していなかったし、私もティタマも質問する余裕がなかった。今更ながら尋ねると、ディアドラは微笑みながら振り返り、教えてくれた。


「ヴァーレ要塞よ。難攻不落で名高い、王都郊外にある支城。そこに知り合いの騎士もいるから、まずは合流するつもり」


 なんだか展開がプリンセス物語というより、戦記めいてきたな、と思いながら、私が一人で苦笑していると、寝転がっていたロディが「うーん……」とうめき声を上げた。


「あ、起きたみたい」


 気が付いたティタマが、ロディのことを助け起こそうとした、その瞬間、


「触らないで!」


 ロディは怒鳴って、ティタマの首に腕を回すと、そのまま背後に回り込んで首絞めをきめた。ギリギリと喉を締めつけられる嫌な音とともに、ティタマは「けはっ」と咳き込んだ。


「どうしたの⁉ 何が起きてるの!」


 ディアドラが馬を駆りながら、声をかけてくる。こういう荒事は、彼女に任せたいところだけど、いまは馬車を動かすのに集中してもらいたいから、私一人で何とかするしかない。


「大丈夫、お母様! 前を向いてて!」


 スピードはそこまで出ていないとは言っても、動いている馬車の上。ロディは人魚だから脚がないけれど、それでも、腕力はすごいらしく、ティタマの首を絞めたまま離さない。ロディを引き剥がすのはそう簡単にはいかなそうだ。


「落ち着いて、ロディ! 私は、あなたの敵じゃないわ!」

「ふざけないで! お父様だけでなく、ベンテスさんまで傷つけて、敵以外の何ものでもないじゃない!」

「私は、私が生き延びるため、一番良い手段を選んだだけよ!」


 言ってから、しまった、と思った。つい本音が出てしまった。敵じゃないと言いながら、すぐに矛盾するような言葉を放って、これでどうやって信じてもらえるというのか。


 案の定、ロディは激昂した。


「よくも、いけしゃあしゃあと!」


 泥沼だ、どうしよう、と困っていると、突然ティタマの目がギラリと光った。首を絞められているにもかかわらず、瞳には強い輝きが宿っている。


 何か、反撃を仕掛ける気だ。


「ハァッ!」

「え⁉」


 気合いと共に、ティタマは背負うようにして、ロディのことを投げ飛ばした。馬車の幌にぶつかったロディは、布に弾き返され、荷台の上に転がる。その体に、ティタマは乗っかると、腕をひねり上げて、押さえ込む。


「く! うう!」


 ロディはなんとか抵抗しようとするけど、ティタマにしっかりとホールドされて、身動き取れない状態だ。


 やがて、無駄な体力を使っても仕方がないと思ったのか、ロディは暴れることをしなくなった。


「どうする? スカーレット。この子、置いてっちゃう?」

「ううん……それはさすがに出来ない」


 ゼラの次に好きだったプリンセス、それは人魚姫のロディだ。彼女はハワード・プリンセスの中でも特に群を抜いて人気が高い。彼女みたいになりたい、と憧れる女子は多いし、私だってそう思ってる。ゼラと違って、ロディは腹黒い面はなく、悪いところはない。悪いのは、私だ。私が彼女をここまで追い込んだ。そんなロディを、海もないような、こんな平野部に放置していくわけにはいかない。


「お母様、馬車を止めて」

「どうしたの、こんなところで、急に」

「ちょっと、ティタマとロディと、大事な話があるの」

「わかったわ」


 ディアドラはすぐに馬車を止めてくれた。そして、何も言わずに、道の端へと移動した。私達の会話が聞こえないところまで。私の気持ちを察してくれたみたいだ。


「ありがとう、お母様」


 私は、ディアドラには聞こえないことを承知で、呟くようにお礼を言った。


 馬車が停止したことで、周囲の音が鮮明に聞こえ始める。草木のざわめき、風の通り抜ける音、虫の鳴き声、馬のいななき……。


 少し、その落ち着いた環境を噛みしめて、心を落ち着かせた後、私はあらためて口を開いた。


「ロディ、ティタマ。聞いて。大事なことをいまから話すわ」


 二人とも、私が何を話すのかと、真剣な眼差しで見つめてくる。


 一回だけ深呼吸をした後、私は一気に、話し始めた。


「私はこの世界の人間じゃないの」


 それは、私のことを実の娘だと信じているディアドラには、絶対に聞かせたくない話だった。


 案の定、ロディもティタマも、私が何を言っているのか、にわかには信じられない様子だった。


 構わない。すんなり受け止められるような内容じゃないから。


「始まりは、元々私がいた世界で、火事に巻き込まれたのが発端なの」


 そして全てを語った。異世界であるここへやって来たこと。魔女に毒の魔法を授かったこと。その魔女もまた異世界から転生してきた私の敵であること。何もかも、全部。


 この世界が物語の世界であることも説明した。でないと、私がなんで、ここまで運命に抗おうとしてきたのか、理解してもらえないと思ったからだ。物語上では、スカーレットは悪役令嬢として国を追われることになる。それを回避するために、何とか抗っていた結果、こんなにもややこしい事態になったのだと、正直に伝えた。


 二人は強い衝撃を受けたようだった。返す言葉が見つからない様子で、明らかに同様の表情を浮かべている。


「ロディ。だから許して、とは言わない。ただ、理解してほしかったの。誰にも正体を打ち明けることが出来なくて、一人で苦しんで、それでも幸せを掴むために戦ってきた……そのことを、知ってほしかったの」


 気が付けば、涙が溢れていた。


 ずっと辛かった。自分が、頑張っても頑張っても、悪役令嬢としての道を進んでいることが。なれるのなら、正統派で王道のプリンセスになりたかった。だけど、結果は、ズタボロだった。


 みんなに迷惑をかけた。憧れのロディにまで、嫌われるようなことをした。どんなに謝っても謝りきれないことをしてしまった。


 その思いを胸に抱えたまま、私は嗚咽を漏らした。


「……許すつもりはないわ」


 ロディの冷たい声が響く。


「でも、事情は理解した。絶対に許さないけれども」

「え?」


 私は涙を拭い、まじまじと、ロディのことを見つめる。


 ロディは苛立たしげにため息をついた。


「それに、いまの話が本当なら、ベンテスさんが父上に成り代わって海の王になるため、あなたのことを罠にはめたみたいだし……」


 ようやく、誤解が解けたようだった。


 私はホッとして、全身から力が抜けるような感覚に襲われた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る