第36話 ガラスの魔女

「あなたと話すことなんてない!」

「お願い、ほんのちょっと、耳を傾けるだけでいいから」

「お父様も、ベンテスさんも、あなたのせいで……!」

「確かに私の毒の魔法で、あなた達には迷惑をかけたかもしれないけど、でも、それもこれも森の魔女にハメられたからなの」

「森の魔女……?」

「あそこにいるわ。あいつにこの毒の魔法を押しつけられたせいで、私の運命は狂ってしまったの」


 そう言って、プリチャード邸のバルコニーのほうを指さした。そこには、魔法を使ってくたびれたのか、柵にもたれてぐったりしている魔女ライラの姿がある。


「だけど、その毒の魔法を実際に使っているのは、あなたじゃない!」

「それを言われると弱いけど……とにかく、私だって、生き延びるのに必死だったの。わかって」

「わからない!」


 駄目だ。平行線だ。


 けれども、あの人魚姫ロディを、このまま放置しておくわけにはいかない。多くの女の子達の憧れ、ハワードランドのグリーティングでも特に人気のプリンセス。その彼女が、こんな地上で、打ち上げられた魚のように死んでいく姿なんて、見たくない。


「何をしているの、スカーレット。いまのうちに逃げないと」


 ディアドラに声をかけられて、私は我に返った。


 そうだ。私は王国から狙われていて、まさに捕縛されようとしていたんだ。ベンテスの介入があったから、有耶無耶になったけど、ベンテスを倒したいま、また王子や兵士達が、私を捕まえようと襲いかかってくるのは間違いない。


 どうしよう、と迷い始める。ヴァイオレットがまだ屋敷の中にいるし、カエルにされたエイジもいる。カエルにされた王子とゼラは、まあ、いいか。


 ロディのこともどうすべきか。


 考えるべきことが多すぎて、すぐには身動き取れなくなる。


「スカーレット! しっかりしなさい! 後のことは私に任せて、あなたはとにかくこの場から逃げるのよ!」


 そうディアドラに言われて、覚悟は決まった。


 狙われているのは私だけだ。まずは私自身が、自らの安全を確保することが先になってくる。


 よし、とにかく逃げよう、と思ったところで、絶叫が聞こえてきた。


 え⁉ なに⁉ とビックリして叫び声がしたほうを見れば、プリチャード邸のバルコニーから、魔女ライラが落下している様が目に飛び込んできた。


 何が起きたのかと驚いていると、バルコニーには、剣を持ったゼラが立っている。


 きっと、ライラのことを剣で斬って、叩き落としたんだ。


 どうして⁉ カエルにされてたのに⁉ ライラが魔力を使い果たしたせいで、魔法が解けたのだろうか。


「あーはっはっはっはっはっ!」


 バルコニー上で剣を掲げながら、高笑いを上げるゼラ。


 その手には、一冊の本。


「あの子、魔女から魔導書を奪ったみたい!」


 ティタマの言葉に、私は目を丸くした。復活して早々、とんでもないことをしでかしたゼラ。あらためて、彼女の内側に燃えている野心の強さに、驚愕させられる。


 ゼラは何をする気なのか。


「いやな予感がする! 逃げよう、スカーレット!」


 そう言って、ティタマはロディのことを背負ってくれた。私が、彼女のことを気にかけているのをわかってくれていたようだ。


 大声で、ゼラは魔導書を開きながら、呪文を唱え始める。たちまち、空は暗雲で覆われて、あたり一面暗くなり始めた。


 ゼラの全身が、突然、光り輝き始めた。


 光る体から、輝く結晶のようなものがキラキラと飛び出し、四方八方へ飛んでゆく。結晶は次々とゼラの体から飛んでいき、とうとう空中を埋め尽くし始めた。


「なんだかよくわからないけど、あれに当たったらまずそうね」


 ディアドラは倒れている甲殻兵から盾を奪ってくると、私達にも配ってくれた。


「しっかりガードして」


 こういう時、ディアドラの冷静な声が、とても頼りになる。私とティタマは、盾を構えて、飛来してくる謎の結晶へと備えた。


 着弾する直前に、私達は盾を持ち上げて、結晶が直接体に触れるのを防ぐ。それでなんとか無事だったけれど、周りの人達は違った。


「ぎゃあああ!」


 倒れていたベンテスが、悲鳴を上げた。


 結晶が当たった瞬間、パキパキと固まるような音を立てて、全身がガラスへと変化した。


 他の人達も同じだ。どんどん街の人達が、ゼラの魔法の結晶に当たって、ガラス細工のような姿へと変えられていく。


「ガ、ガラスの魔法⁉」


 阿鼻叫喚の地獄絵図の中、次々と街の人達がガラスに変わっていく。せっかく助かった、あの溺れていた小さな女の子も、あえなくガラス細工にさせられてしまった。


「あはは! あはは! あーはっはっはっはっはっ!」


 ゼラは、とても誰もが憧れるプリンセスの中のプリンセスとは思えない邪悪な高笑いを上げ続けている。


 その姿は、プリンセスというより、魔女。


 「ガラスの魔女」が誕生した。


 私達はゼラの魔法を盾で防ぎながら、街を脱出する。もはや、周りの人達を助けるような余裕はなかった。


 ヴァイオレットやエイジ、パーシヴァル王子や、魔女ライラがどうなったのか、その確認も出来ていない。


 ゼラによって、あっという間に、王国は崩壊の危機を迎えようとしていた。

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