第26話 困った時はお互い様

「もう終わりかと思ったよぉ……」

「その人、そのままにしておいて。いま、おばあちゃんを呼んでくるから」

「お医者さんなの?」


 たしか、ティタマの祖母は呪術師のような人だったはずだ。映画の中で誰かを治療している姿を見たことはない。


「おばあちゃんは、物知りだから! 傷の治し方も知ってるよ!」

「えええ、ちょっと待って⁉ お医者さんは⁉」

「いないよ」

「いない⁉」

「この島では、みんなで助け合っているから。何かあった時は、誰でも応急処置できるようにしているの。だから、お医者さんはいない。でも、その人の傷は、かなり深そうだから、おばあちゃんに頼る必要があるの」


 実際の南国の島でもそういう文化なのか、それとも映画オリジナルの設定なのか、あるいはこの世界ゆえの風習なのか。学が浅い私には、よくわからない。


 ティタマは、添え木になりそうな木片と、長くて丈夫そうな草を持ってくると、ナイフが変に動かないよう、固定の処置をした。


「このまま、楽な姿勢で寝かせてあげていて。それから、声かけするの。なるべく気分が落ち着くように。できる?」

「う、うん……」


 私は、一人取り残されることに不安を感じながらも、ここはティタマの言う通りにするしかないので、頷くことしか出来なかった。


 ティタマが祖母を呼びに行った後、私はエイジの肩を撫でながら、その耳元に時おり囁きかける。


「エイジさん、大丈夫だから……もうすぐ、助けが来るから……」


 エイジはどんどん顔色が悪くなってきて、もはや死んでいるのではないかと思うくらいな真っ青な顔をしている。微かに聞こえる呼吸音だけが、唯一、心の救いだ。


 早く来て……!


 そう願っていると、ティタマが祖母を連れて、再び砂浜に姿を現した。


「おやおや、これはまた大変なことになっているねえ」


 人がナイフで刺されているというのに、ティタマの祖母は呑気な声を出して、エイジの側でしゃがみ込んだ。


「魂が、海の魔物達に引きずり込まれようとしている。まずはそこから何とかしないとね」

「え、治療は」

「先にこっちのほうだよ」


 ティタマの祖母は、ネックレスの宝石を一個取り外すと、海に向かって、惜しげもなく投げ込んだ。


「お行き! 魂の代わりに、それを持っていきな!」


 不思議なことに、その直後から、エイジの顔色は少しずつ回復し始めた。持ち直してきている。


「た、助かるんですか?」

「もっと酷い怪我を治したことがあるよ。あたしに任せなさい」


 そんな頼もしい言葉とともに、ティタマの祖母は腰の袋の中から薬草らしきものを取り出すと、口で噛んですり潰し始めた。そして、ベースト状になった薬草をペッと自分の手の平に吐くと、いきなり、エイジの腹のナイフを引っこ抜いた。


「え、ええええ⁉」


 当然、血が溢れ出してくる。


 だけど、ティタマの祖母は、慌てることなく、ペースト状の薬草をベチャッと傷口のところに押し当てた。


「さあ、これでもう安心だ」


 不思議なことに、傷口は薬草によって塞がれたのか、血はまったく出なくなっている。


 それどころか、エイジが呻き声を上げ始めた。意識が覚醒している。


「う……こ、ここは……?」


 上から降り注ぐ太陽の光を受けて、まぶしそうに目を細めながら、エイジは私の顔を見るなり尋ねてきた。


「ここは、どこかの島だよ! 私達、助かったの!」

「島……? 陸に、戻ってこれたのか……?」

「ありがとう、私のこと、かばってくれて」

「ふん……別に、お前のためにやったことじゃない……」

「じゃあ、なんで?」

「……知るか」


 エイジは顔を背けた。


「喋れるようなら、あとちょっとだね。一応、担架を持ってくるよう、村の若い衆に言っておいたから、村まではそれで移動するといいさ」

「あの、なんてお礼を言ったらいいのか」

「なーに、困ったときはお互い様さ。人生は助け合いで出来ている。とりあえず、しばらくこの村に滞在するといい。その坊やが回復するまでね」


 やがて担架が来て、エイジのことを乗せて、村のほうまで運んでいってくれた。


 私も後を追おうとしたけど、そこで、足を止めた。


 コリントス王国は、私の毒の魔法で、大変なことになった。私さえいなければ、あんな悲劇は起こらなかった。


 その前だってそうだ。


 よくよく振り返れば、私は何一ついいことをしていない。ただ悪役令嬢として不幸な目に遭いたくないという、その思いから、ゼラに毒を盛ってしまった、あのことが引き金となって、さらに不幸な目に遭っている。それは、自業自得と言えることかもしれない。


 私は、結局、自分のことしか考えていなかった。自分が助かりたい一心で、他人を蹴落とそうとしていた。悪役令嬢になりたくない、と思っていたはずなのに、どんどん悪役としての道を歩んでいる。


 なんて酷い女なんだろう。


「どうしたの? 来ないの?」


 ティタマが大きく丸い目で、私のことをまっすぐ見つめてくる。


 私は自嘲気味に笑いながら、かぶりを振った。


「私……迷惑をかけちゃうから」

「あはは、そんなこと気にしてるの?」


 快活に笑って、ティタマは私の側に駆け寄ってくると、いきなりハグしてきた。そして、ポンポンと、背中を優しく叩いてくる。


「何があったのか知らないけど、平気だよ。平気、平気」


 根拠のある言葉ではないだろう。


 でも、ティタマの温かな声音に、私の心はほぐされた。


 気が付けば、目から涙が溢れていた。


 この子だけは裏切りたくない。今度こそ、絶対に。


「ありがとう……!」


 私もティタマを抱き締め、しばし、彼女の肌から漂ってくる甘い南国の香りに鼻をくすぐられていた。

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