第25話 南国の浜辺

「やめろ!」


 いきなり、エイジが私の前に割り込んできた。


 ロディのナイフは、そのため、エイジの腹に突き刺さる。


「ぐっ……!」

「エ、エイジさん⁉」


 生まれて初めて、他人を傷つけたのだろう。ロディは我に返って、青ざめた表情でナイフから手を離すと、後ろへと下がった。


「あ……わ、私……」


 しばし動揺を隠せない様子だったけど、私と目が合うと、再び顔を険しくした。


「な、なんで、スカーレットをかばうの! 私のお父様を……お父様を……!」

「俺だって、いまの行動には、問題があると思っている! だからといって、殺していい、というわけではない!」

「だって、お父様は……!」


 それ以上の言葉を、ロディは言えずにいる。


 当たり前だ。自分の父親が死んだ、なんてことを、彼女自身の口からは言いにくいと思う。


 その時、ポセイドン王が呻き声を上げた。


「お父様⁉」


 まだ毒がその辺を漂っているかもしれないのに、ロディは構わず、ポセイドン王の側へと泳ぎ寄った。


 ポセイドン王はうっすらと目を開けているけど、どこかぼんやりとしている。意識朦朧とした状態のようだ。


「ちっ、しぶとい奴だね」


 ベンテスは舌打ちした。


 それから、彼女は手をサッと上げた。


 たちまちエビやらカニやらの武装した兵士達が、海底の岩陰から飛び出してきて、私とエイジを包囲してきた。


「こいつは、ポセイドン王を暗殺しようとした不届き者だよ! 捕まえな!」


 完全に、はめられた!


 私は、傷ついたエイジを肩で支えながら、どうしようとうろたえる。泳ぎの能力に関しては、ベンテス達には太刀打ち出来ない。逃げたとしても、すぐに捕まってしまうだろう。


「毒……だ」

「え?」

「毒を使え……それしか、ない……」


 ナイフの刺さった腹を押さえながら、エイジは苦しそうに言ってきた。


 ためらってしまう。ここで毒の魔法を使えば、ロディまで巻き添えにしてしまうかもしれないし、もしかしたら私達が自滅してしまうかもしれない。


 それでも、ここを切り抜けないと、今度こそ終わりだ。


 ベンテスは、私達を、ポセイドン王暗殺未遂の犯人として、処刑するだろう。ここで捕まってしまったら、完全にアウト。絶対に逃げないと行けない。


「わああああ!」


 私は絶叫を上げながら、毒の魔法を放った。ロディが喰らっても大丈夫なように、軽く痺れる程度の毒。まずはリーダーを動けなくすれば、逃げやすくなるから、ベンテスを狙い撃ちにする。


「ぐあ⁉ や、やったな⁉」


 顔面に毒をかけられたベンテスは、怒気で顔を真っ赤にしたけど、すぐに全身を硬直させた。体が痺れているのだ。毒の魔法は成功した。


 ベンテスは口をパクパクさせているけど、言葉を発せずにいる。部下達に指示を出せない。いまがチャンスだ。


 私とエイジは、急ぎ泳いで、この場を脱出する。


 ベンテスの部下達だけでなく、ロディも追ってこない。私達を追うよりも、ポセイドン王のことを心配しているみたいだ。


 なんだか泣きたい気分だ。あの憧れのプリンセス・ゼラと敵対関係になっただけでなく、ロディにまで憎まれることとなった。ハワード映画のヒロイン達に敵視される運命にあるんだろうか、と思ったけど、よく考えたら、私はヴィランのスカーレットだ。最初から相容れない存在なのだろう。


 声を上げはしないけれど、目元から涙がこぼれる。ディアドラやヴァイオレットが恋しい。あの温かい家庭に、早く戻りたい。


 でも、戻ったところで、あの国に自分の居場所はない。


 私はいよいよ追い詰められていた。



 ※ ※ ※



 海の上に出ると、ちょうど島のようなものが見えた。かなり大きい島だ。このあたりは南国なのだろう、砂浜にヤシの実が立ち並んでいるのが見える。


 なんとかエイジを抱えたまま、浜に上がった。


 あまりにもクタクタで、そのまま寝転がりたいところ、我慢して、エイジの腹の傷がどうなっているかを確認する。


 血がドクドクと流れている。エイジは顔面蒼白で、いまにも気を失いそうだ。


 たしか、ナイフが腹に刺さっている時は、抜いてはいけないはずだ。しかるべき治療を受けられるところへ連れていくまでは、そのままにしておかないといけない、はず。


 だけど、ここはどこだろう?


 南国の島、ということしかわからない。人が住んでいる島なのか、無人島なのかもわからない。当然、医者がいるかどうかも定かではない。


「ううう……」


 泣いたってダメ。泣いたところで、状況が好転するわけじゃない。


 しっかりして、自分!


 頑張って、スカーレット!


 パンパン! と自分の頬を手で叩き、気合を入れる。こんなところで心折れている場合じゃない。エイジは、私を守るため、身代わりになって刺されたんだ。あんなに私のことを嫌っていたのに、私のことを助けてくれた。今度は、私が、絶対にエイジのことを助けないといけない。


「誰かー! 誰かいませんかー!」


 砂浜中に響き渡るほどの大声で叫んでみた。


 返事が来なかったらどうしよう、と戦々恐々としていると、ヤシの木の陰から、ひょこっと、一人の少女が顔を出してきた。


 大きく丸い目に、ウェーブのかかった長い黒髪。南国風の動きやすそうな衣装に身を包み、肌はこんがりと茶色く焼けている。


 あっ! と私は驚きの声を上げそうになった。


 ハワード・ロジャース・フィルムでも、割と近年の作品、『ティタマと遙かなる海』の主人公、ティタマだ!


「大丈夫⁉ その人、怪我してるの⁉」


 ティタマはすぐに駆け寄ってきてくれた。


 ホッとした瞬間、私は膝から崩れ落ちた。

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