第24話 邪悪な策

 海の中へと飛び出した私達は、他の魚群に紛れて、王宮から離れていく。


 兵士達はまったく気が付いていないようで、時たま、私達の近くをスーッと泳いでくるけど、見つかることはない。


 この調子なら、上手く逃げられそうだ。


 魚に変身するのなんて、生まれて初めてのことだったけど、思いのほかイメージした通りに簡単に泳げる。これも魔法の力なのかもしれない。


 だいぶ王宮から離れたところで、私達は魚群から離れて、海上を目指して移動し始めた。


 その時だった。


「待って! 私も連れてって!」


 ロディの声が聞こえてきた。


 振り返ると、私達のあとを追ってきている。彼女だけは、気が付いていたみたいだ。


「馬鹿じゃないのかい! そんな大声出すんじゃないよ!」


 ベンテスが怒鳴った。いや、そういうあなたも、声が大きいですよ⁉


「私も地上を見てみたいの! お願い、一緒に行かせて!」

「あーもう! しょうがないね! ついて来てもいいけど、静かにおし! 静かに!」


 そんな風にやかましくやり取りをしていたせいで、近くの兵士に気付かれてしまったようだ。


「人間どもが逃げ出したぞー!」

「ベンテスの声が聞こえた! やはり奴と関わっていたようだ!」


 そんな風に騒ぎながら、人魚の一人はこっちへ向かって槍を構えながら突進してきて、もう一人は王宮へと応援を呼びに行く。


 ベンテスは、タツノオトシゴの姿から、元の魔女の姿へと戻った。


「たかだか雑魚兵士が、あたしを倒せると思ってるのかい!」


 下半身の触手を伸ばし、人魚兵を捕らえたベンテスは、自分のほうへと引き寄せると、思いきりその顔をぶん殴った。魔女のくせに、意外にも武闘派だ。


 殴られた人魚は、その一撃でのびてしまったようで、ぐったりとうなだれて海中を漂う。


「あんた達も戦いな!」


 ベンテスの触手から、光が放たれた。


 たちまち、私とエイジは、元の人間の姿に戻る。


「え、え、戦えって言われても、何をすれば」

「お前は無理をしなくていい。俺が戦う」


 そう言って、エイジは、気絶している人魚兵から槍を奪い取った。


 すぐに王宮から人魚達が飛び出してきた。ざっと見ただけでも二、三十人はいそうだ。その先頭を、ポセイドン王が泳いでいる。


「ま、まずいよ! ポセイドンまで来ちゃってる!」

「一戦交えるしかないな」

「相手は海の王様だよ⁉ 勝ち目は無いって!」

「だったら、ここで殺されていいのか? 俺は嫌だ」


 エイジは、多勢に無勢を承知で、あえて槍を構えている。


 どうしよう、とまごまごしていると、ベンテスが私に近寄ってきて、耳打ちした。


「あんたの毒の魔法を使いな」


 え? と驚き、私はベンテスの顔を見た。


「知ってるんだよ。あんたが毒の魔法を使えるっていうことを。この海の中なら、海流に上手く乗せれば、逃げ場なく、あっという間に広がっていく。あいつらを全滅させるチャンスだよ」

「ど、どうして、私の秘密を知ってるの」

「それは言えないね。さあ、どうしたんだい? グズグズしていると、あのボーイフレンドが滅多刺しにされて死んでしまうよ」

「ボ、ボーイフレンドなんかじゃ、ないです」

「まあ、なんだっていいさ。要は、あんたが、あの男を見殺しにするのか、どうかってことだよ。どうすんだい」


 迫ってくるポセイドン王と人魚兵達を見ていると、パニックになって、まともに思考が働かなくなってしまう。


 もう、あまり考えている時間はない。


「えーい! わかったわよ! やってやるわよ!」


 私は指先をポセイドン王達のほうへと向けると、クルンと指を一回転させ、それから毒の種類を念じた。


 殺傷力は低めに、だけど、全身が麻痺して動けなくなる、そんな毒となるように。


 指の先端から、キラキラと輝く毒が射出される。量が少ない。あれじゃあ、一人くらいしか倒せない。


 もっと、毒を出さないと! もっと! もっと!


 そんな焦った気持ちが、ダイレクトに魔法となって現れてしまった。


 ドバーーー! と両手の全ての指から、大量に、紫色の毒が放出される。その見るからに禍々しい毒は、海流に乗って、ポセイドン王達へと襲いかかる。


「な、なんだ⁉ ……ぐああああ!」

「王様ーーー⁉ ……ぎゃあああ!」


 阿鼻叫喚の地獄絵図。ポセイドン王と、兵士達は、あっという間に紫色の毒液に包まれてしまい、苦しそうにもがいている。


 しまった、と私は青ざめた。一人分の毒は致死量じゃないとしても、それをまとめて大量に出してしまったから、相当な量の毒が彼らを襲ったことになる。


「やめてーーー! お父様が死んじゃう!」


 ロディの悲痛な叫び声が聞こえてきたけど、私には、もう、どうすることも出来ない。


 海流に乗って毒は流されていったけど、その後には、ピクリとも動かなくなったポセイドン王や人魚兵達が、見るも無惨な状態でプカプカと浮いていた。


「あ……あ……」


 絶望の声を上げる、私の後ろで、ケラケラとベンテスは笑っている。


「よくやったよ、スカーレット! 森の魔女から聞いた通り、すごい力を持っているね、あんたは!」

「も、森の魔女」

「そうさ、あたしは、森の魔女と仲がいいんだよ! あんたが島流しになったと聞いて、嵐を起こして、海に引きずり込んだのは、このあたしさ! そこをロディに助け出させて、王宮へと忍び込ませたんだよ!」

「な、なんで、そんなことを」

「もちろん……囚われの身になったあんたが、毒の魔法を使って、ポセイドンを殺してくれるのを期待してのことさ」


 ニヤアア、と凄絶な笑みを、ベンテスは浮かべた。


「だけど、あんたはなかなか毒の魔法を使わなかった。だから、やり方を変えたんだよ。まずは一旦外へ脱出させる。その上で、わざと兵士達に見つかって、ポセイドンをおびき寄せる。そこで毒の魔法を使うように仕向ける……ってとこだね。結果は、見事に成功。お手柄だよ、あんた」


 あーはっはっはっは! とベンテスは高笑いをした。


 その横で、呆然としていたロディは、キッと険しい眼差しになると、腰に帯びているナイフを抜き、私に向かって襲いかかってきた。


「よくもお父様を! 許せない!」


 えええ⁉ 待って! いまのはベンテスの策略! ベンテスが、私に毒の魔法を使うよう焚きつけたからであって――


 で――


 実際に毒の魔法を使ったのは、私だ――


 自分がしでかしてしまったことに気が付き、愕然とした私は、身動きが取れなくなった。


 ロディのナイフが迫ってくる。


 だけど、このまま刺されてもいいや、と思っていた……。

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