第21話 頑固なポセイドン

 ロディは尾びれをせわしなく動かしながら、部屋から出ていった。


 私達も、後を追いかける。


 宮殿内を泳いで移動していくと、やがて、外に面した回廊へと出た。


 タコ? イカ? 吸盤のついた触手のような足を生やした海の魔女ベンテスが、腕組みして、海中に浮かんでいる。


 ベンテスは、見た目はまるでパンクロッカーのような風貌で、髪型はソフトモヒカン風、赤色と紫色に髪の毛を染めており、それはまさに、映画で見たベンテスそのまんま。違うのは、アニメーションで見るベンテスは、どこかごつくて不気味な容姿だったのに対し、リアルのベンテスはたくましい美しさがある、という点だ。


「今日こそは、この宮殿はあたしがいただくよ!」


 そう大声で宣言した後、行け! と誰かに向かって号令を発した。


 たちまち、海底から、槍を持ったエビやらカニやら、甲殻類の兵士達が浮かび上がってくる。


「侮るでない! このコリントス王国は、そう簡単には落とせぬぞ!」


 頭上から、聞き覚えのある声が降ってきた。


 見上げてみると、宮殿の上に、筋肉ムキムキの人魚が、三つ叉の槍を持って身構えている。


 コリントス王国の王様、ポセイドンだ。


「ゆけーーー! 奴らを叩きのめしてやれーーー!」


 ポセイドンの号令に合わせて、宮殿内から続々と、剣や槍を持った人魚達が飛び出してきた。


 両軍は激突し、戦闘が始まった。


 私達はどうすることも出来ず、回廊に引っ込んだまま、ただ傍観している。


「だ、大丈夫よね、ロディ。こっちが負けたりしないよね」

「うん、平気だと思うけど……」


 ポセイドン軍は統制の取れた動きを見せて、次々と、ベンテス軍の兵士達を倒していく。力尽きて、海中に亡骸を漂わせているエビやカニの姿は、なんとも言えずシュールで、なんとも言えず悲哀感溢れるものがある。


 生まれて初めて戦争を目の当たりにして、胃がギュッと締めつけられるような感覚に襲われる。


 怖いから、早く終わってほしかった。


「チッ! そう簡単には落ちないか! みんな、退くよ!」


 幸い、ベンテス軍は劣勢となると、あっさり引き下がっていった。


 ポセイドンは、追撃しようとする人魚達を止めて、その場で待機させると、彼我の犠牲者数を数え始めた。


 ベンテス軍が十五体に対し、こちら側には一人も死者が出ていない。


「よくやった、皆の者! この次も、奴を撃退するぞ!」


 人魚達は一斉に、オオ! と歓声を上げる。


 そこで、ようやくポセイドンは、私達の姿に気が付いたようだ。


「ふむ、起きたか」


 回廊のほうまで下りてきて、外からジロジロと私やエイジのことを睨むように眺め回す。


「お前達がここへ来たのに合わせて、ベンテスは攻めてきた。さては、手引きをしたのではないだろうな?」


 いきなり失礼な勘ぐりをしてくる。


「いいえ、王様。私達はただの遭難者。この王国のことも初めて知ったばかりです」


 エイジはよそ行きの態度で、うやうやしく頭を下げた。


「そうか。だが、まだ私はお前達のことを信用していない。人間とは、ずる賢く、自分勝手で、野蛮な種族だからな」

「そういった者も中にはいます。ですが、我々は――」


 と言いかけて、エイジはなぜか私の顔を見てきた。


 そして、言い直す。


「『私は』誓って、蛮行は働きません」

「ちょっと、なんで、私が入ってないの」

「お前は信用できないからな」

「ひどい! そんな言い方はないじゃない!」

「じゃあ、包み隠さず、人魚達を前に言ってもらおうか。これまでのお前の所業を」

「そ、それは……」

「ほら、言葉に詰まった」


 などとやり取りしている私達のことを、放置されたポセイドン王はポカーンと眺めていたが、やがてますます険しい表情になって、睨みつけてきた。


「そのようにいがみ合っているところを見ると、やはり、人間とは野蛮な種族としか思えないな」

「お父様、これは仲良しだから、じゃれ合っているだけよ」


 すかさずロディが助け船を出してくれた。


「ね、二人とも」

「「だから仲良しなんかじゃない!」」


 私とエイジは揃って声を上げる。


 ますます、ポセイドン王は顔を険しくした。


「仲良しではない、と言っておるぞ」

「照れ隠しよ、お父様」

「いずれにせよ、私の考えは変わらん。いまだなお、こやつらがベンテスを手引きしたのではないかと疑っておる。その疑いがある以上、地上へ帰すわけにはいかぬし、この海の中を自由に動き回らせるわけにもいかない」

「王宮に、閉じ込めておこう、っていうこと?」

「そうだ。そうするのが、コリントス王国にとって一番安全なやり方だ」


 ああ、そうだった。


 ポセイドン王はかなりの頑固者だった。一度、こうと決めたことは、たとえ可愛い娘の言葉があろうと、曲げることはない。


 気が付けば、人魚の兵士達が、私達を取り囲んでいる。連行しようというのだ。


「ロディに免じて、客室は使わせてやろう。だが、今後は、そこから出ることは許さぬ。常に番兵を配置しておくから、もしも抜け出そうとしたら、容赦なく命を奪う。さあ、部屋へ戻ってもらおう」


 こうして、私達は、また自分達にあてがわれた客室へと、強引に連れ戻されたのであった。

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