第3話 ヴァイオレット姉様
失意に打ちひしがれて、トボトボとお屋敷に戻った。
中に入った途端、一階の商会の応接スペースで待っていたディアドラが、いまにも泣き出しそうな顔で、私に向かって飛びつき、ギュウウ! と抱き締めてきた。
「ああ! 可愛い可愛い、私のスカーレット! どうして迷いの森なんかへ行ったの! 心配したわよ!」
「え、ディアドラ……お母様……なんで、迷いの森へ行ったことを、知っているの?」
「街の人に聞いて回ってたそうじゃない! 迷いの森への行き方を! あなたがこのまま帰ってこなかったら、どうしようって、不安で、不安で……!」
そこで、ディアドラは張り詰めていたものがプツンと切れたのか、ワッ! と泣き出した。
私のことを絶対に離さない、とばかりに、ずっと抱き締めているディアドラ。その母親としての愛情を感じて、思わず、私までもらい泣きをした。
「うう……! ごめんなさい、ディアドラ……お母様……!」
「スカーレット! スカーレット! もう二度と、危ない真似はしないでちょうだいね!」
そんな風に騒いでいると、お屋敷の奥から姉のヴァイオレットが姿を現した。
「あら、帰ってきてたのね、スカーレット」
ヴァイオレットは、「プリンセス・ゼラ」の中では、割とおとなしい悪役である。もっぱら悪事はスカーレットがやっていて、虐待めいたことはディアドラの
それでも、ハワードランドで毎年秋に開催されるハロウィンのイベント、略して「Hハロ」では、色んな人がコスプレをするくらい、人気のヴィランだ。
人気の理由は、見た目にある。トロンとした垂れ目に、厚ぼったい唇。グラマラスな体型に、胸の谷間を強調するようなドレス。そのセクシーさのおかげで、存在するだけで多くの人を魅了していて、作中でそこまで悪いことをしていないにもかかわらず、「プリンセス・ゼラ」を代表するヴィランとしていつも取り上げられている。
それだけ、悪党として大活躍するスカーレットは、あまりにも悪すぎて人気がない、ということなのだけど……。
「ふふ、家の中にいるのが大好きなあなたにしては、珍しいわね。誰かいい人とでも密会していたの?」
その色っぽい見た目とは裏腹に、声音や喋り方はさっぱりしている。さっぱりしているのだけど、語る内容はイメージ通り艶っぽい。
「そ、そういうのじゃないわよ」
「ふうん。じゃあ、なんで迷いの森なんかへ行ったの?」
う……! ヴァイオレットは、けっこう鋭い。的確に、聞かれたくないことを聞いてくる。
「ちょ、ちょっと気晴らしに散歩でも、って」
「気晴らし? モヤモヤするようなことなんて、あなたにあったかしら。それに、散歩に行くのなら、わざわざ街の人に行き方を聞くこともしないでしょ。第一、なぜ迷いの森へ行き方を聞いたの? あんな有名な場所、目をつぶってても行けるでしょう」
えええ⁉ なになになに⁉ ヴァイオレットがこんなに頭が切れるなんて聞いてないよ! 相変わらず目つきはトロンとしているけど、その見た目に油断していたら、どんどんこっちのことを丸裸にしてくる。
「ま、いいわ。深くは聞かないことにしてあげる」
サクサクと私の秘密をえぐり出そうとしてきたヴァイオレットは、退く時もサクサクと退いた。
ドレス姿のヴァイオレットは、どこかへ出かけるのか、荷物を持った従者を従えて、玄関へと向かう。
「ヴァイオレット、どこへ行くの」
「母様、年頃の娘に詮索するものじゃないわ。私、もう十六歳よ」
「年頃だからよ。縁談の話もあるというのに、勝手な真似はしないでちょうだい」
「ふふ、母様ってば、相変わらずお堅いの」
軽やかに笑って、ヴァイオレットは颯爽と身を翻して、外へと出ていった。
すごい。これが人気のヴィラン、ヴァイオレット。映画ではそこまで深掘りされていなかったけど、きっと、ファンのみんなは、表には出てきていないヴァイオレットの姿に気が付いているのだろう。
私も、この一分ほどの短いやり取りだけで、彼女に魅了されてしまった。
こんな素敵な姉が家族にいるなんて、スカーレットはなんて幸せなのだろう。
姉のことだけじゃない。母のディアドラもだ。いまだに私のことを抱き締めて離さない。母としての強い愛情を感じる。こんなに愛を注いでもらうのなんて、幼い頃、まだ両親が生きていた時以来、久々のことだ。
この家族とともに、ずっと幸せに生きられたらいいな……。
そんなことを考えていると、ゼラが姿を現した。
「あの、お母様。スカーレット姉様が戻ってきたのですか?」
少し怯えた眼差しで、ご機嫌を窺うように、ゼラは尋ねてきた。
「見ればわかるでしょ! いちいち無駄な口をきかないで! 掃除は終わったの⁉」
「は、はい。言われたところは、全部……」
「言われたところだけ⁉ もっと気をきかせてちょうだい! ほんと、使えない子!」
さっきまでの優しい母の顔はどこへやら、ディアドラはものすごく理不尽で厳しい言葉を、ゼラへとぶつけた。私のことを抱き締めたまま、一度もゼラの顔を見ようともせず、背中越しに。
その時、私は見た。
ゼラの瞳に、深く、暗い色が宿るのを。
「……ごめんなさい、お母様」
ペコリと頭を下げて、ゼラはきびすを返すと、またお屋敷の奥へと引っ込んでいった。
え、いまの眼差しは、なに?
私の知っているゼラは、あんな怖い目をしたりするキャラではなかった。
それとも、ゼラは……もしかして……本当は……。
(ううん! そんなはずはない! 私の大好きなゼラに限って、そんなこと、ありえない!)
胸の内に湧いてきた疑念を、私は無理やり取り払った。
そんなことよりも、魔女から与えられた「毒の魔法」をどうするか、その扱いについて考えるのが先決だった。
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