第34話 海割りの突撃ルート

 さすがにあんな大津波を前にしては、なす術がない。


 終わった、と思った。


 私は知っている。生まれる前の出来事だからリアルタイムでニュースは追っていなかったけど、映像は見たことがある。その昔、日本に大地震があって、大津波による大変な被害が出たことを。


 人は津波の前では無力だ。


 もうこれは確実に死んだ、と思った。


「ざっけんな! ここから私の明るい未来が待ってるっていうのに!」


 森の魔女ライラ=リセは、バルコニーへ飛び出すと、両腕を広げて、呪文を唱え始めた。途端に、プリチャード家の屋敷全体を覆うほどの魔法のシールドを展開し、津波に対して防御にかかる。


 津波がシールドに激突した。


 完全に防げるわけではないみたいだ、シールドのあちこちに穴が開いて、水が流れ込んでくる。


 ライラは必死で呪文を唱え続けている。どうやら、魔法のシールドを維持するために、呪文を中断できないみたい。


 兵士達はすっかり恐慌を来して、逃げ散っていった。でも、逃げ場なんて無い。シールドが破られたら屋敷ごと津波に流されてしまうし、シールドの外に出たらあっさり死んでしまう。


 私は部屋の中を見回した。


「何を探してるの?」


 ティタマに尋ねられたけど、一刻を争うので、あえて無視した。


 いた。三匹のカエル。ゼラと、王子とエイジが、ライラによって変身させられた姿だ。


 すぐに三匹のカエルを抱え上げると、まだ部屋に残っているヴァイオレットに、カエル達を強引に押しつけた。


 そこまで冷静に佇んでいたヴァイオレットだけど、カエルを押しつけられた瞬間、甲高い悲鳴を上げた。


「ひいい! わ、私、カエルは駄目なのおお!」

「うそ⁉ こんなに可愛いのに⁉」

「どこがよ! ヌメヌメしてて、ベトベトしてて、気持ち悪いじゃない!」

「でも、我慢して! 元は人間なんだから! 死なせるわけにはいかないでしょ!」

「スカーレットが持っててよ!」

「私は、やることがあるから!」

「それかティタマちゃんに渡して!」

「ごめん、もう行くね!」


 そう叫んで、ヴァイオレットとティタマを部屋に残すと、私はバルコニーに出た。


 ライラの隣に立ち、声をかけようとしたけど、一瞬躊躇した。彼女はシールドを張るために呪文を唱えるので必死になっている。その邪魔をしてはいけない。


 考えた末に、それでも他に方法はないので、思いきってライラに話しかけた。


「ライラ――ううん、リセ! 私に何か手伝えることは無い⁉」


 その言葉に、ライラはびっくりした様子で、呪文を唱え続けながら、私のことを丸くした目で見てきた。


「呪文はやめないで! ジェスチャーとか出来るなら、それで教えて!」


 ライラは、突然、魔法の杖を正面に向かって突き出した。


 たちまち津波が真っ二つに分かれて、裂け目が出来る。


 その裂け目の向こう側に、空中に浮かぶベンテスの姿が見えた。


 すぐに私は理解した。この津波を引き起こしているベンテスを倒せ、ということなのだろう。


「いいわ! やってやる!」


 とは言ったものの、ベンテスまで到達するのに、一旦バルコニーから飛び降りて、地面を走っていかないといけない。だけど、バルコニーの高さは、三階分。ここから落下したら、大怪我は間違い無しだ。


 けれども、いつまでライラの魔法の効果で、津波が分かれてくれているか、わからない。いまのうちに距離を詰めなければ、倒すチャンスはなくなる。


「飛んで」

「え?」

「飛んで!」


 ライラは一瞬、呪文の詠唱を止めて、私に向かって怒鳴ってきた。


 飛ぶってどういうこと⁉ と思ったけど、ここはライラを信じるしかない。私は気合いを入れて、バルコニーの縁に上ると、空中に向かって身を放り出した。


 途端に、目に見えない力で、体を支えられた。大きな柔らかいクッションが体の下にあって、ふんわりと、地上に向かって下ろしてもらっているイメージだ。


 道に着地した私は、一気にベンテスへ向かって距離を詰めていく。


 毒の魔法の射程距離は、けっこう短い。あいつの真下に行くくらいでないと、届かないと思う。


 左右に分かれた津波が、水の壁となってそびえ立っている。圧迫感が尋常じゃない。いつこの大量の水が押し寄せてくるのか、ハラハラしながら、道を駆けていく。


 突然、水の中から、飛沫を上げて、甲殻兵が五体飛び出してきた。エビやカニの兵士達だ。私の前に立ちはだかって、槍を構えてくる。


 上等よ。まずはあんた達で練習させてもらうわ!


 強烈な麻痺の効果を持つ毒をイメージして、両手に力を入れる。指の間から紫色の煙のようなものが溢れ出し、いまにも魔法が爆発寸前だ。


 キシャアアア! と鳴き声を上げて、甲殻兵達が飛びかかってくる。


 それに対して、私は真正面から、両手を広げて毒の魔法を解き放った。


 これまでに使ってきた魔法とは、規模が違う。紫の煙幕が張られて、甲殻兵達を包み込んで、全身を毒で冒し始める。


 シャアアアア! と絶叫のような声が聞こえてきた。


 紫の煙が晴れた。地面には甲殻兵達が転がり倒れて、ピクピクと痙攣している。毒の魔法による攻撃は大成功だ。この調子で、ベンテスも倒せば――!


 だけど、そう簡単には事は進まない。


 またもや水の中から甲殻兵達が飛び出してきた。それも、今度は二十体近く。数が多すぎる。


 毒の魔法で切り抜けられるか? と思ったところで、私の背後から、ティタマの声が聞こえてきた。


「スカーレット! 私も戦うよ!」


 ティタマは猛スピードで駆けてきて、私のことを追い抜くと、果敢に甲殻兵達の中へと飛び込んでいった。そして、敵の武器を奪い取りながら、派手に大立ち回りを展開する。


 おかげで、閉じてしまったベンテスへのルートは、また開かれた。


「ティタマ、ありがとう!」


 私は戦闘中のティタマの横を駆け抜け、前へ、前へと進んでいく。


 そして、とうとうベンテスの真下まで接近することが出来た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る