第14話 動かぬ討伐隊

 よし! と私は心の中で叫んだ。


 この展開を待っていた。一番犯人に仕立て上げられても問題が無くて、なんなら、排除しておけば、今後、私にとって有利になる相手。


 それは、魔女しか考えられなかった。


 もしも魔女を討伐できたら、ゼラに魔法をかける存在はいなくなる。そうなれば、ゼラがプリンセスとなる道は閉ざされる。


「私から王様にかけ合いましょう。きっと、魔女討伐の軍を起こしてくれるはず」

「そうすれば、私達への魔女のいやがらせも収まるわね」

「ご安心ください、ディアドラ様。必ずや、このプリチャード家を救ってみせます」


 よくよく考えたら、魔女が倒されたら、私のこの毒の魔法はどうなるのか。消えて無くなってしまうのかもしれない。だけど、それと引き換えにゼラのプリンセスへの道を断てるのなら、私としては文句はない。というか、もともと、毒の魔法なんていらなかったんだし。


「さっそく、王宮へと戻ります。吉報をお待ちください」


 エイジは口早にそう言うと、すぐにお屋敷から出ていった。


 ちょっと素敵に感じていただけに、いなくなってしまうと寂しいものがあるけど、これでエイジの監視にビクビク怯えなくて済むかと思うと、気分爽快だ。


「ふふふ、魔女討伐、成功するといいね、お母様」

「本当に。スカーレットだけでなく、プリチャード家全体を狙うなんて、とんでもない魔女ね」



 ※ ※ ※



 それから三日が経ち。


 エイジはまたお屋敷にやって来た。


 だけど、浮かない顔をしている。


 私、ディアドラ、ヴァイオレットは、エイジを応接室に通した後、口々に質問をした。


「どうなったの? 魔女討伐は成功したの?」

「ここ数日は毒の騒ぎも無いわ。上手くいったのよね」

「スカーレットも、お母様も、前のめり過ぎよ。少し落ち着いて。……で、どうなのかしら? エイジさん」


 随分と話しにくそうにしていたが、しばらくしてから、エイジは重い口を開いた。


「討伐隊は結成されました」

「わあ! やったあ!」


 私はその一事だけで喜びの声を上げた。


 だけど、エイジはいまだに渋い顔をしている。望み通りに、魔女の討伐隊が立てられたというのに、なぜこんな表情を浮かべているのだろう。


「ですが、まだ迷いの森には行っていません」

「え? なんで?」


 さっさと攻め込めばいいのに、と思っていると、エイジは説明を続けた。


「魔女の居場所がわからないからです」

「あら、森を焼き払えば済む話でしょう」


 とんでもないことをヴァイオレットは涼しい顔して言い放つ。さすがヴィランの一人、考えることが段違いでえぐい。


「迷いの森は、王国にとって資源の採取場でもある、大切な森です。そんな蛮行は許されません」

「それにしたって、魔女の住みかを探せばいいだけの話じゃない。何をグズグズしているの?」

「みんな恐れているのです。魔女の呪いを」


 エイジはくたびれた様子で、かぶりを振った。


「プリチャード家の皆様に、魔女が毒を盛ったことは、私から説明しました。その話は、討伐隊の方々も知っています。ゆえに、迂闊には攻め込めない、と慎重論が出てきているのです」

「どうすれば、動いてくれるわけ?」


 私の質問に対して、エイジは意味深な目つきでこちらを見てきた。ジッと、私の心の奥底を覗いてくるかのような眼差しで。


「結論から言いましょう。スカーレット様の協力が必要です」

「へ?」

「魔女の居場所を知っているのは、スカーレット様だけです。討伐隊の隊長を務めるのは、パーシヴァル王子。彼は、スカーレット様、あなたを必要としています」


 えええええ⁉


 なんで⁉ なんで、そうなるの⁉


「つまり、スカーレットに、迷いの森の中を案内しろ、と言っているわけ⁉ そんなひどい話、いくら王子といえども許されないわ!」


 ディアドラが怒りを露わにする。


 そうよ、お母様、もっと怒ってちょうだい!


 ていうか、王子様ああ! すごくショックなんですけど⁉ 私の中のパーシヴァル王子って、もっと紳士的で、絶対に女性を危険な目に遭わせない人だと思っていたのに、まさかの討伐隊の案内人として、私を指名してくるなんて!


 これじゃあ、下手したら、私が死んじゃうじゃない!


 そうなったら、ゼラの一人勝ち――


 そこまで考えたところで、私は背筋がゾクリと寒くなるのを感じた。


――ここがあなたの言う通り物語の世界なら、『大いなる意志』で支配されているから、助けようがないわよ


 魔女の言葉を思い出す。


 『大いなる意志』。


 それは、物語を作った人間の意志、ということだろうか。


 ひょっとしたら、この世界では、ゼラがプリンセスになることは約束された未来なのかもしれない。


 そして、私達プリチャード家の没落もまた、約束された未来。


 だったら、どんなに足掻いても、この先訪れる運命からは逃れられないのかも。


「私も、あらためて王子を説得してみようと思います。いくらなんでも、スカーレット様をそのような危険な目に遭わせるわけにはいきませんので」


 ああ、優しいエイジ。ごめんね、嘘ついたりして。毒を盛った犯人は、本当は私なのに。こんな嘘をつかなければ、魔女討伐隊なんて起こさなくても済んだのに。


 全部、私のせいだ。


 もうこうなったら、しょうがない。覚悟を決めるしかない。私達プリチャード家の未来は、魔女を討伐できるかどうかにかかっているのだから。


「構わないわ、エイジさん」

「え? と言いますと?」

「私が迷いの森の中を案内してあげる。魔女討伐に協力するわ」

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