第39話 ハワード・ヴィランズ

 すぐに、ヴァーレ要塞の中にある会議室で、作戦を練り始めた。


 みんなで、ああでもないこうでもない、と話し合って、どうやって王都を奪還するか、その戦い方を考えるのだけど、なかなかいい案が思いつかない。


 そうしている内に、嬉しいことが起きた。


 ヴァイオレットが無事にヴァーレ要塞まで逃げてきたのだ。


「お姉様! よかった!」


 会議室の中に通されたヴァイオレットに、私は思わず飛び込むように抱きついた。そんな私の頭を、ヴァイオレットは優しく撫でてくれる。


「なんとか逃げられたわ。で、いまは作戦会議といったところかしら?」


 そう言って、ヴァイオレットは私を離した後、テーブルの上へと目を落とした。


 机上には王都を示す木箱と、その周囲にチェスの駒を配置している。どうやって王都に攻め入り、ゼラの暴走を止めるか、そのことを考えるための模型代わりだ。


「うむ。だが、良案が思い浮かばぬ」


 ガレオンの言葉に、ヴァイオレットは真剣な表情で頷いた。


「それはそうですね。あのガラスの魔法は、盾とか遮蔽物があれば防げるけれど、ここから王都までは隠れる場所の少ない平野部。進軍は困難ですから」

「盾を構えながら、ゆっくりと進んでいくのはどうだ?」

「現実的ではないです。ゼラは魔導書を手に入れていました。攻撃手段が、ガラスの魔法だけとは限らない。もしかしたら、もっと恐ろしい何かを仕掛けてくるかも」


 そうヴァイオレットが言った直後、会議室のドアがバンッと開かれ、兵士が慌てた表情で飛び込んできた。


「ガレオン様! 大変です! 王都から、敵が攻めてきました!」

「なんだと⁉ 王都の兵士達が寝返ったのか⁉」

「ち、違います! それが、その――」

「ええい、とにかく見に行くぞ!」


 上手く説明できない兵士に苛立ったガレオンは、会議室を飛び出した。私達もその後に続いて、一緒に外へ出る。


 ヴァーレ要塞の高所へと上った私達は、王都との間に広がる平野部を見て、言葉を失った。


「な、なに、あれ⁉」


 ティタマが驚きの声を上げる。


 空はすっかり黒雲で覆われている。暗くどんよりとした平野を、異様な一団が攻めてきている。


 獣だ。四足歩行の獣達。それが平野を覆い尽くすくらいの大群で迫ってきている。灰色のボディには、見覚えがあった。


(『キング・レオ』に出てくる、ハイエナ軍団……!)


 ハワード・フィルムの中でも、珍しく人外――アフリカの大地を舞台に、ライオンを主人公とする戦記物。プリンセスがいないわけではないけど、主役は彼女ではなく、ライオンの王子という映画。


 ハイエナ軍団は、その『キング・レオ』に登場するヴィランのライオン「ディーゴ」と手を組む悪役だ。映画では三体だけしか登場しなかったけれど、それが、いまは平野を埋め尽くさんばかりの数、千か万はいるだろうか、それだけの大群で襲いかかってきている。


「あれもまた、ゼラが召喚したのかしら」


 ディアドラが険しい眼差しで、ハイエナ軍団を睨みつけている。それに対して、誰も答えない。考えるまでもなく、ゼラが魔導書を使って呼び寄せた敵であるとわかる。


「うろたえるな! 所詮は獣! 堀を渡ることも、城壁を乗り越えることもできん!」


 そうガレオンが怒鳴った瞬間、突然、黒雲の中から凄まじい音量で咆哮が聞こえてきた。


 グオオオオオオオン!


 ビリビリと城塞が震動するほどの、大咆哮。兵士達はもちろん、ガレオンやディアドラまで、驚愕で目を見開いている。


 黒雲の中から、巨大な漆黒のドラゴンが飛び出してきた。山のような巨体を誇るドラゴンは、口から炎を噴き出して、まっすぐこちらまで突撃してくる。


 たちまち兵士達はパニックになった。迫り来るドラゴンに恐れをなして、逃げようとする人もいる。


 そんな兵士達に、ガレオンは大喝した。


「逃げるな! 弓を構えよ! 迎撃するのだ!」


 剣を抜いて、逃走する者は斬らんとばかりに怒号を上げるガレオン。その気迫に、兵士達は相変わらず怯えた表情でありながらも、なんとか気持ちを奮い立たせて弓矢を構えた。


「放てーーー!」


 何百もの兵士達が、一斉に矢を放った。


 漆黒のドラゴンに吸い込まれていくように矢が飛んでいくけど、残念ながら、それらは全部、噴き出された炎によって消し飛ばされてしまった。


 そして、ドラゴンは、勢いを落とすことなく、城壁に頭から突っ込んでくる。


 轟音と共に、城壁は粉々に破壊された。


「わあああ⁉」

「た、大変だ! 城壁を突破されたぞおお!」

「まだだ! まだ、堀が残っておる! この堀さえ死守すれば――!」


 そうガレオンが叫んだ、まさにその時、横から冷たい突風が吹いてきた。


 たちまち雪と氷が混じった、真っ白な嵐が、ヴァーレ要塞全体を包み始める。一気に気温が極寒へと下がり、みんな悲鳴を上げながら、震え上がる。


「あああ⁉ 堀が! 堀の水が!」


 兵士の誰かが叫んだ。


 見る見るうちに、堀の水が凍りついていく。特に堀のあたりはブリザードのような冷たい風が吹き荒れているようだ。


 あっという間に、ヴァーレ要塞全体が雪と氷で覆われてしまった。


「おーほほほほ! 弱き人間どもよ! 我らにひれ伏しなさい!」


 崩れた城壁の中に佇んでいる漆黒のドラゴンの口から、女性の声が飛び出してきた。かと思うと、ドラゴンの全身が見る見るうちに縮んでいき、黒衣の魔女へと変貌する。


 あ! と私は声を上げた。その魔女の見た目に、見覚えがあるからだ。


 ハワード・フィルム初期の名作『死なずの女王』に出てくる悪役の魔女、ベルナモーズ。最後の王子との戦いでは、ドラゴンに変身し、圧倒的な存在感を見せつけていた。


 さらにもう一人。凍りついた城の上を、カツンカツンとヒールを鳴らしながら、涼やかな色合いのドレスを着た魔女がやって来る。


「『氷の女王ライザ』……!」


 そのまま作品名にもなっている、大ヒット映画のメインヒロイン。持って生まれた氷の魔力が暴走してしまい、国を追われて、ヴィランとなってしまう悲劇の魔女。


「あなた達に恨みはないけど……みんな、凍ってもらうわ……」


 映画に出ていた時と同じく、冷たく、暗い声で言い放つと、ライザは氷の魔法を放つための構えを取った。


「危ない!」


 ディアドラが叫び、私のことを突き飛ばす。


 その時、ライザの両手から氷の魔法が放たれた。凍てつく風がディアドラに襲いかかり、一瞬にして、彼女を氷漬けにしてしまう。


「いやあああ! お母様あああ!」


 私はたまらず、絶叫を上げた。

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ポイズンデレラ~悪役令嬢に転生した私、ヒロインに勝つために手に入れたこの毒の魔法で「毒かぶり姫」としてハッピーエンドを掴んでみせる!~ 逢巳花堂 @oumikado

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