33 城を取り戻す
雷撃の後、浄化を受けた男たちは、しばらく呆然と座っていた。
「おい、リュクサンブール城に行くぞ」とミハウが声をかけると「もうイヤだ!」「オレもやだ!」二人とも首を横に振って地面に手をついた。
「大丈夫だ。取り戻すだけだ」ミハウは自信満々で言う。
「帝国軍には城から出て行ってもらう」
「どうやって……」
「簡単だ。行くぞ。少し手伝え」
「うっ」
二人は泣きながら立ち上がる。
ミハウが結界を取り払うと、東の決戦の地の方角から戦闘が始まって喧騒が伝わってくる。
「急げ!」
五人と新参の二人は城に向かって駆け出す。
城門に着くと二人に門を開けさせた。
「オイ、俺たちだ。上手くいったぞー」
城兵は二人を見て門を開く。そこに大きな体躯のエドガールがぬうっと立つ。
思わず身構えた城兵たちの頭に、
『プティ・トネール』
正面の木陰に隠れたアストリの、小さな雷撃が城門周辺にいる兵士の頭上に、過たず取りこぼさずバチバチと落ちて行く。
「ぎゃああーー」
「うががが……」
「敵襲だー!」
遠くにいる城兵が叫んだが、ミハウたちは完全に城門付近を制圧した。
「我らは辺境伯の手の者だ。お前たちの作戦は失敗した。この城を明け渡して退却しろ。しなければ疫病でお前たちは皆死ぬぞ!」
「疫病で死ぬぞーーー!」
クルトが大声を出し、新参者にも言えと合図する。
「退却しろーーー!」
「死ぬぞー!」
「何をーー!」
城門に向かって来る者にはアストリの雷撃がバチバチと落ちて行った。
「ぎゃあ!」
「ぐがぁ!」
「疫病で死にたいか!」
前に立ったエドガールが一喝する。
「逃げ口はこっちですよ~~!」
「早く逃げんと疫病をばら撒くぞ~~!」
クルトとマガリが出口を開いて誘導する。
「逃げろー! 殺されるぞー」
「逃げるんだー! 血を飛ばされるぞー!」
クルトとマガリの側に居た新参者二人が逃げる真似をする。
「くそう!」
ひとりが逃げ出すと後は雪崩を打って逃げ出した。
エドガールとミハウは痺れた城兵を運んで城の外に捨てた。クルトとマガリも城兵を運び出す。それを見た新参者二人も城兵を運んで捨てる。
帝国の城兵は居なくなった。リュクサンブール城はミハウたちの手に落ちた。
「よし、城門を閉めて篝火を焚こう」
「ほい」
手際よく手分けして城門を閉める。
「完了です」
「よし、アストリ、火を点けて」
「はい『アリュメールトゥト』」
すべての篝火に火が点く。城は篝火で煌々と照らされた。
「よし、帝国兵が来たら雷撃をお見舞いしてくれるか」
「分かりました」
城門の側にある丸い櫓に陣取って、ミハウは一つ目の魔獣を飛ばす。
一息ついて皆が櫓に集まると、クルトとマガリがどろりとした飲み物を配った。
「アストリ様特製の薬草おかゆですよ」
「おお、これは。本軍にも差し入れして頂いて皆が喜んでおったぞ」
「まあ、よかったです」
皆はカップに入った飲み物を啜る。適度に保温してあって、白い粥に緑の薬草を散らした飲み物は、すっきりとした味わいと少しの甘味とで飲みやすく、傷付いた心と身体を癒すようであった。
夜は開け始めて朝日と城門の篝火に、ミハウの横顔が照らされる。ぼんやりとそれを見ていた男が「ああ!」と声を上げた。
「あ、あ、あんた──、思い出した、ミハウ殿下」
結界の中で、先にミハウに斬りかかった男が、ミハウを指さして後ろに尻もちをつく。そのまま手をついて平伏した。
「も、申し訳ありません。数々の、ご、御無礼──」
「いいんだ。それより名前と、どうしてこうなったか聞きたい」
「はっ」
◇◇
男の名前は、セヴェリン・ラトーという。下っ端の兵士で、星の降ったあの戦場の村で生き残ったらしい。
「俺たちは村に潜んでいる反乱軍の鎮圧に行った。だが二手に分かれた所で話が変わって、どうすればいいのかおろおろしていたら、空が光って何かが落ちて来て……。俺は罰が当たったと思った」
新参者のセヴェリンは、その時の痛さを思い出してか顔を顰めて腕を摩った。
「すっごく痛くて、気を失ってしまったんだ」
「俺は他の死んだ奴らと一緒に地中に埋められて、気付いたら下着だけで墓の上に横たわっていた」
「一緒に埋めたのか。村の方か?」
「いえ、窪地の方です」
「じゃあ、埋めたのは私達じゃないわね」
クルトとマガリはそれを知って胸を撫で下ろす。自分が生き埋めにしたとは思いたくないようだ。
「しかし、埋めたら地上に出るんだな……」
ミハウは首を傾げて男を見る。続きを催促した。
下っ端の兵士がひとり、どうして生きて行ったらいいのか。近くの町まで戻れば政変があったと聞いた。国に戻れないので戦場の村から他国へ渡った。
放浪している内に帝国の兵士に捕まった。
「こいつ変な魔法を使う」
毛布で簀巻きにして地下牢屋に入れられた。
「奴隷にして様子を見るか」
首輪をされ、牢屋で色々実験された。
「俺の血がかかると人が死ぬんだ。血を吐いてバタバタと」
学者のような者が何人も来て調べた。間違えて死んだ奴もいた。そう語るセヴェリンの顔は総毛だって蒼ざめている。
「新鮮な血じゃないと死なないようだ。死んでからしばらくすると伝染らなくなるようだ。そんなに範囲は広くないな、距離はせいぜい人ひとり分か」
学者がレポートを手に言う。モルモット扱いだった。
アストリを羽交い絞めにした男はジャン・バヤールと名乗った。
途中から牢の中の囚人がひとり、死なないでモルモットの仲間になった。
「オレは何もしてねえのに、親戚が捕まってそのあおりを食って」
商売をしていた親戚共々牢に入れられた。そして実験に使われた。
「みんな死んじまった。俺、何で生きてるんだ?」
そのことがまだ納得がいかない。ごく普通の商家の次男だった。まともに商売していればそのうちいい事があるよと両親は言っていた。
「実験動物みたいに」
親戚のアホな従兄弟が密造酒に手を出して、一族みんな捕まった。
「死体の山ばっかり」
みんな死んでただひとり生き残った。
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