30 教授と魔道具士


 男の人というのは本当に魔獣なのだ。というか、ミハウはそのまま魔獣のようにアストリを喰らい尽くした。


「先生は魔獣なのですか……?」

 ことが終わってミハウの腕の中に抱き込まれたアストリが、涙にぬれた顔を上げて咎める。長い銀の髪が一筋頬にかかって、優しくかき上げていたミハウの手が止まった。

「え……?」

「驚いて、怖くて……、でも……」

 見上げた頬がポッと染まって、何度も重ねて染まった唇から感情が零れ落ちる。

「嬉しくて……」

「そうか、嫌じゃなかったならいいんだが」

「でも、魔獣だったら私は浄化しなければ──」

 アストリの顔が真剣になって、唇がきゅっと引き結ばれる。

「私は魔獣じゃない。魔獣というのは比喩で、ただの幻惑魔法だ」

 ミハウは慌てて否定した。

「ああ……、何となく分かったような気がします。でも、ミハウ先生だと、怖かったけれど、嬉しくて、恥ずかしくて……」

 こんな事を言われて、ハイそうですかで済ます男はいないだろう。

「身体は大丈夫か?」

「大丈夫です」

「じゃあ、もう一回しようか」

「え……」

「さあいい子だね。可愛い顔を見せて」

 アストリはミハウに組み敷かれた。甘い唇が降って来る。



(そういえば、私は子供が出来るのかしら?)

 そんな事を思ったのは、アストリがくたびれて眠りに落ちる前だった。



  ◇◇


 アストリが母のお墓に参ったのは初めてである。修道院では捨て子とされていて、ずっと教えられなかった。サウレ修道院の別院にある墓地にひっそりとルイーズは埋葬されていた。墓の周りは綺麗に掃除されている。


 案内して来たブルトン男爵夫人とロジェ、侯爵、アストリとミハウが墓前で祈りをささげた後、棺が掘り起こされて、黒い布で覆われ侯爵家の廟所に運ばれ埋葬される。


(お母さん。産んで下さってありがとう。安らかにお眠りください。父を見つけて、きっと御一緒にいたします)



 母の棺と共に領地に帰る侯爵を見送ってから、ブルトン男爵の領地の屋敷に行き、モンタニエ教授と合流する。すぐに帝国から教授の友人の魔道具士が転移して来た。女性である。


「アタシはエリザ・ロキシー・スノーといいます。魔道具屋の前で行き倒れていたのを博士に拾われたの」

「死にかけてボロボロで、なりもこんなで、男か女か分からんかった」

 魔道具士のエリザは男性のようにズボンを穿いて、短いローブを羽織っている。モンタニエ教授はそのまま馬車に拾って、血を垂らして試したそうだ。

「面白いもんを拾ったものだ」と面白がる教授は元王妃マリーとどこか似ている。


 エリザは痩せぎすだが大柄な女性である。齢は三十そこそこだろうか。赤い髪は短く、グリーンの瞳でそばかすがあるがなかなかの美人である。

「モテるな教授は」とミハウに言われまんざらでもなさそうだ。

「何処でやるの?」エリザは早速聞いて来る。

「こちらよ」

 ブルトン夫人の案内で屋敷の離れに行く。元王妃マリーはもう部屋で待っていた。修道女姿ではなく、ピンクの髪を結って男爵家の奥様風の装いだ。


 離れの中庭に結界が張ってあって、皆でそこに降りる。

 エリザが背中に背負ったリュックから横長の箱を取り出した。木製の頑丈そうな箱で、黒く塗装されている。蓋を開けると内部は人一人がゆったりと横たわれる大きさで、柔らかそうなリネンが張ってある。


「さあ、どうぞ」エリザがにっこりと笑って「大丈夫なの?」とマリーは嫌そうな顔をする。

「大丈夫だ。死なんと思うぞ」

 そう言いながら楽しそうなモンタニエ教授。

「そんないい加減な」恐々棺に入りながら文句を言うマリー。

「途中で開けられたりしないか?」

 ミハウが棺の中に座ったマリーを横目に聞く。

「アタシを誰だと思っている。帝国一の魔道具士であるアタシ、エリザ・スノーでないと棺桶は開きません」

 魔道具士は胸を張った。帝国一とは大きく出たものである。

「行ってらっしゃい」と棺の中のマリーにニコニコと手を振ると、マリーはどういう訳かエリザに縋るような目を向けて、観念したように横たわる。胸の前で手を組み目を閉じた。

 棺の蓋を閉める前に「死んだら直ぐに迎えに来てよ」とぶっきらぼうに告げた。

「分かっておる」

 モンタニエ教授が請け負って、それを合図に地中深く埋める。

 母はもう生き返らないのにと思うと、哀しくて切ないアストリだった。


 中庭を出た後、ミハウが中庭にもう一回結界を張る。

「出られませんよ」と唇を尖らせるエリザに「念の為」とミハウは笑う。



  ◇◇


 それから、教授とエリザは帝国へ戻り、元修道院長ブルトン夫人とロジェに見送られ、アストリとミハウはクルトとマガリも一緒に、辺境伯の屋敷ではなく、エドガールの隠れ家に行く。


 エドガールの隠れ家は辺境伯家の別邸で、領都シャラントの西の郊外にある。アストリたちより一足先にデュラック辺境領に帰ったエドガールは、執務室のソファに落ち着いて、衝撃の事実を伝える。


「実は──、帝国に我らの仲間がいる」

「え……、我々の血筋ではなくて?」

「よく分からんが、西の城に行った偵察隊が血を流して、似たような死に方をしていたのだ。遠巻きにして近付かんように言ったが」

 エドガールは腕を組んで憤然とした顔だ。

「どうもあんたたちの出身地と同じらしい、ノヴァーク訛りがあると聞いた。アンタの戦闘の時に血が付いて、仲間になったかもしれん」

「うーん」

 ミハウはしばらく考え込んだ後聞く。

「王都の大聖堂で疫病だと騒いだんだが──」

「「「うんうん」」」

「あの後、あちこちで疫病騒ぎがあったと聞いたんだが、もしかして──」

「ありうるかもな」

「危険だな」

「ああ、あの時の戦闘とも関係しているかもしれん」

「まさか……」

 まだ見ぬ仲間がいる。その事は嬉しいことかもしれない。しかし、もしかしたらこちらの脅威になるかもしれないのだ。

 そして、もしかしたら父と思しき人物を殺したかもしれない。

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