29 結婚式


 レオミュール侯爵家領地の教会堂はとても立派だが、ここには司教座はないので大聖堂ではない。それでも立派な聖堂がある。正面ファサードはどっしりとして左右に塔がある。上部のバラ窓はステンドグラスではなく透かし彫りで、向こうに侯爵家の守護獣の像がある。


「レオミュールの守護獣は有翼の獅子だ」

 侯爵に説明されてバラ窓を見上げる。こちらからは獅子の翼が見えるだけだ。そういえばどこかで獅子の像を見たような気がする。もしアストリが侯爵家で生まれて育っていたら、もっと馴染みの深いものであったろう。


 アストリは白い裾の長いウェディングドレスを着て、長いトレーンは、一門の小さな少女たちがやや緊張して持っている。白いベールで顔を隠したアストリは侯爵にエスコートされて聖堂の中に入る。

 すでに聖堂の交差部でテイルコートにホワイトタイ姿のミハウが佇んで待ち構えている。


 折角手中に入れた孫娘を奪われるのは気に入らないが、侯爵にも事情がある。

 アストリは光魔法持ちである。その希少性は言うに及ばず、先頃の先王の崩御で、母親のルイーズに対する嫌疑も払拭された。他の貴族の打診も多く、現国王の王子はアストリより三つ下で射程圏内であった。


 そう言う訳で相思相愛らしい二人を引き裂くのは止め、婚姻を許すことにしたのだが、感情は別物で暫らく引き延ばしたが、まあ頃合いだろう。


 睨みながらアストリを渡すと、にっこりと笑って引き受けたミハウはアストリをエスコートして、この教会の司祭の許へと二人で歩んでいく。


 女神サウレ神の許、アストリとミハウは愛を誓う。

 ミハウが花嫁のベールを取るとアストリの瞳は感極まって濡れていた。

 アストリの白いドレスに身を包んだしなやかな身体を抱き寄せて、軽く唇を合わせる。頬をぽっと染めたアストリが可愛くて、もう一度キスをする。グレーの瞳が揺れて潤んでポロポロと涙がこぼれて落ちる。それでも嬉しそうに笑ったのでミハウはホッとした。


 司祭がふたりに祝福の言葉を述べる。

「女神サウレとサウレ教会の名により、二人は夫婦であると宣言します」

 この瞬間にふたりは夫婦となった。



「素敵な結婚式でしたわね」

 式が終わって、侯爵が皆に祝福されているアストリとミハウを見ていると、元修道院長のブルトン男爵夫人が話しかけて来た。

「そうですな」とやや不満げに頷いた侯爵は、思い出したように続ける。

「そろそろルイーズの墓をこちらに移したいのだが」

「そうですわね。ご案内いたしますわ」

 侯爵にとって懸案事項の一つであった。侯爵は頷いて、さらにもう一つの懸案事項について話す。

「そういえば王都の大聖堂なのだが」

「はい」

「浄化できないかと、国王陛下から打診された」

「まあ、そうですわね」


 ミハウが疫病だと言いふらしたので、大聖堂は清掃された後、放置されている。

 新しい大司教は、王都の西にある教会堂の聖堂に司教座を移したが、手狭だし交通も不便なので元の大聖堂に戻りたいという。


 ブルトン夫人は少し考えて「聖水でよろしいのではないでしょうか。アストリさんの作られた聖水はとても良いものですので、そういう方向で」と提案する。

「そうですな」

 それならばと侯爵は頷いた。


 侯爵はアストリが浄化の大技魔法を唱えたのを一応聞いている。聞いているがそんな大技をそうそう出していいものではない。学校で光魔法を使ったのは国王とか王妃とかを誘き出す為で、たいした技は使っていない。


 無敵であっても本人はか弱い少女なのだ。現に前国王に捕まって危ない所であったではないか。戦い慣れていない少女には男の暴力、暴行は恐ろしくて脅威に感じるものだ。自分にどんな力があっても、身が竦んで立ち向かえない。



  ◇◇


 式の後、侯爵邸で晩餐会を催し、二人はそのまま侯爵邸に泊る。そして、聖サウレ修道院を経由してデュラック辺境伯領に行く。


 そういう訳で晩餐会の後、アストリは本日何度目かの侍女たちの総仕上げで綺麗に磨き上げられて、薄くて可愛いナイトドレスを着せられ寝室に放り込まれた。


 初夜である。ミハウはまだ来ていない。アストリはカチンコチンになって広いベッドルームを見回す。何処で待っていたらいいのだろうか。


 七、八人は十分に横になれそうなベッドはパスしたい。カウチも、ビューローもパス、ソファとテーブルセットが妥当だろうか、と思いながら薄々のナイトドレスを見る。恥ずかしい。とっても恥ずかしい。それにドレスの胸の辺りが少し余裕があるというか、余っているというか、足りないというか──。


 立ったままぐるぐると思い惑っていたら、コンコンとドアをノックしてミハウが入って来た。ナイトウェアにガウン姿である。

 何で自分だけこんな恥ずかしい恰好なのか、納得がいかない。


「侯爵に捕まって、遅くなってごめん」

 ミハウが申し訳なさそうに謝るので「いいえ」とつい首を横に振る。


 ミハウはアストリの側に来てその手を取り唇を寄せる。それから妥当だと思われたソファに並んで座った。目の前のテーブルにはワインと干菓子が綺麗にセットしてある。ミハウがワインを取ってオープナーでコルクの蓋を開けると、シュポンと音がしてどこかへ飛んで行った。


 グラスに注いで乾杯をする。少し乾いた喉にワインの泡が弾けて落ちて行く。


 グラスを置いてミハウがざっくばらんな口調で話しかける。

「知っているかアストリ。男はみんな魔獣なんだ。隙を見せれば襲うぞ、ガオッ!」

 何とミハウは魔獣になっていた。

「旨そうだな、どこから食べてやろうか」

 ミハウの声で魔獣になった男が聞く。

「足、顔、胴体、この腕はどうだ」

「えっ、あっ、や……」

 魔獣になった男の手が伸びて、長い爪がアストリの頬や腕に触れる。

「いや!」

 魔獣の手やら爪を遮りながら魔獣を見る。何がどうなったのか、魔獣になった男との攻防が続く。

「そういう時は雷撃だ」

「雷撃……、えと、雷よ落ちよ『トネール』」

「無詠唱って言っただろ、勉強していなかったのか」

 雷撃はあっさりミハウに無効化される。

「あ……」

「さあ、この腕食っちゃうぞ」

 そのままソファに押し倒された。

「右手と左手と、どっちから食べようかな」

「せ、先生っ! ミハウ先生っ!」

 大きな声で叫んだら、ミハウは銀に近い青銀の髪、アイスブルーの瞳の元のミハウになっていた。唇が降って来る。

「アストリ、愛しているよ」

「先生……」


 アストリがグダグダ思い煩っていたことは、皆どこかに行ってしまった。


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