24 本当の父は


 王都のレオミュール侯爵の屋敷に戻ったアストリは、しばらく調剤をして過ごした。毒消しは即効性の毒には間に合わない。毒無効の薬は食事の前に飲んでおけば半日くらいは効く。

 石サンゴとベゾアールとユニコーンの角を細かく砕いて薬研でゴリゴリすり潰す。それに薬草のペーストと聖水を加えて更にドロドロに煮溶かして蒸留する。

 それを煮詰めて豆で作った凝固剤で固めて容器に並べ、最後に光魔法だ。

「すべての毒より身を守れ『イミュニテォポイズン』」

 薬がポンポンと光る。


「光魔法は凄いわねえ」

 聖水は修道院長が作り方を教えてくれた。

 教会堂の敷地内にある水を汲んで聖堂で祈ればいいのだ。

「各会派で微妙に手順が違うから、一概に言えないけれどね」


「あのう、祈っていたら手がジンジンして、バケツのお水に手を浸けたら水が綺麗に澄んだのですが」

「光魔法があると聖水も作り易いのねえ」

 院長が呆れたように言う。

「あれは聖水だったのですか」

「そう、水魔法か火魔法がある人が祈ると、聖水が作り易いと言われているのよ。お水を汲む時間とか、入れる器とか、場所とか。あと何人で祈るのかも決まっているのよ。聖堂では様式美を追求するの、綺麗な衣装を着た少女が舞いながら作るとか。アストリさんは全属性があるからね」

「闇はないです」

 出来上がった薬を小瓶に詰めながら抗議する。


「どうして大司教はアストリを取り込もうとしなかったのだろう」

 ミハウの疑問はみんなの思う所だ。

「信じてなかったんでしょう。権力欲に溺れて、欲に取り憑かれて、己を見失ったんだわ。人が皆、自分と同じ人間だとでも思ったのかしら」

 昔はもっと熱意に溢れた人だった筈だけど。と修道院長は溜め息を吐く。もう一度、議論がしたくて王都に来たのにと。


「私だって聖水くらい作れるわ」

 元王妃が拗ねた顔で言う。彼女は修道女の服を着せられている。特徴のあるピンクの髪をウインプルで覆っていて、ちょっと見には誰か分からない。

「アストリに毒を盛れって命じたのは、お前か?」と、ミハウが元王妃に気軽に聞くと彼女はあっさりばらす。

「あら、そんなことしないわよ、話を聞きつけて来た者に、そんな人がいたら困るわねと言えば適当に何とかしてくれるわ」と全く悪びれる様子もなく舌を出す。


「陛下がね、このルイーズに似た娘を見たいって言い出したから、処分してなくて丁度良かったんだけど」

 あんまりな言い草にミハウが腹を立てて「やっぱり消そう、何とかならんか」とモンタニエ教授に文句を言う。

「大丈夫だ。こいつに今、隷属の首輪は効いていない。試してみたんだ。こんなにペラペラしゃべって大人しく付いて来て」

「おい」

「ヒエラルキーだ」

「はあ?」

「多分、血の濃い順になっている筈だ」

「まだ十人です。少なすぎるわ」

「焦る必要はない」

「あちらでお茶にしませんか」

 薬を作り終えたアストリに言われて、ミハウと修道院長とモンタニエ教授と修道女姿の元王妃マリーはテラス席のある応接間に落ち着いた。


 テラスに向いた椅子に、編みかけの焦げ茶とグリーンと赤の格子柄のひざ掛けが置いてある。

「あなたが編んでいるひざ掛けはいいわね。私も編み物をしてみようかしら」

「マガリさんに習ったのです。今ちょっと辺境に行っていますけど」

 修道院長は中年の純朴そうな夫婦を思い出す。

「そうなのねえ。思うんですけれど、私達の一族は──」

「一族って何だい」ミハウが聞き咎めるが院長は「一族でしょう、そう言えるくらいいるわ」と言って胸を張る。

「まだ十人行かないぞ」

「いえ、王妃様も入れて十人だわ」

「そうか、しかし──」

「そう、これからも増えるわ。仲間が欲しい、そして、私達の国が欲しいわ」

「あまり仲間は増えないでもいいさ。国は欲しいが」

「そうですね、増やさなくても事故で増えることもあるのよね」

「神に任せたらいいさ」

「ああ、そういうとこ」

 飄々として、自由で、拘らなくて──。

「何だよ」

「何でもない」

(好き……、って言えない。恥ずかしくて)

 頬を染めて俯いたアストリを、大人の女二人がチラリと見た。



  ◇◇


 教授と元王妃、そして修道院長が帰った後、ミハウとアストリはのんびりテラスを向いて座った。ミハウは本を持ち、アストリは編み物を始める。


 その手を止めて、しばし虚空を見た。

「どうしたんだい、アストリ」

「私、あの時、声が聞こえたのです」


 声だったのだろうか、囁きのような、

 思いだったのだろうか、叫びのような、

 そう絶望の叫びだった。悲しくて、悔しくて、理不尽で、



 いいえ、いいえ、誰でもない、あなた、

 私のあなた、

 助けて、怖いの、竦んで動けないの。助けて、助けて、



「あれは、私だったのでしょうか、

 それとも、私のお母さんでしょうか?」

 誰に助けを求めたのか──。


「私の父は、あの人たちじゃないのでしょうか? なら、どうしてお母さんは日記にあの人たちの名前を書いたのでしょう?」

 首を傾げて自分に問うように言葉を綴る。


「そうだな。きっと君を守りたかった。もし自分がアストリの父親かと思ったら、ちょっとやそっとでは殺さないだろう。あいつらそれ以下の最低なゲス野郎だったけどな。きっと君の本当のお父さんも守りたかったんだろうね」

「ああ、そうなのですね」

 ミハウに聞いてよかったとアストリは思う。とんでもない非現実的な説得力の無い話なのに、もしかしたらという思いが芽生えた。

「君のお父さんを探そうか」

「はい」

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