19 マティアスの暴露


 一門の子息令嬢たちと顔合わせも済んで、無事にお茶会は終了した。

 晩餐の後、レオミュール侯爵は先々代辺境伯たちと密談となった。


 先々代の辺境伯は、自分がそうであることをこの場で認める訳にはいかない。

「私は辺境伯家の親戚筋に当たるエドガールという者だ。ずっと他国を遍歴しておった」

「そういう事にするのか」と、渋い顔で侯爵は聞く。


 アストリに毒を盛った侍女の変死はおかしい。修道院長はかなりの歳である筈だがしゃっきりしている。死んだ筈の辺境伯。昔、政変のあった他国の王族。その男にべったりくっ付いている孫娘。

 彼らの何かが違う。まるで人間ではない未知の生命体のような。


 侯爵の思いに気付いたようにエドガールと名乗った男が「我々は病気なんだ。伝染性の高い病気だ。致死率も高い」とニャリと笑って言う。

「なに、血に触らなければどうってことはない」

「そ、それはどういう──」

「侍女の変死体を見たろう」

 侯爵は黙って頷く。アストリが淡々と説明する。


「私が毒で血を吐いて、それがあの侍女にかかってしまったの。他の人にかからないよう口を拭って、護衛には死体に触らないよう注意しました」

「仲間は多い方がいいけれど、なかなか増えない。死亡率が高いので」

「我々の国を作るなんて、夢のまた夢ですね」

 どういう病気なのかは彼らは言わないし、侯爵も聞かなかった。

 もしかしたら遠くもない先に、彼らは侯爵に死の誘惑をする、かもしれない。



  ◇◇


 このネウストリア王国の貴族子女は、十五歳から十八歳まで王都にある王立貴族学校で学ぶ。現在貴族学校には王家の子女は在籍していなくて、のんびりしたものだった。


 そう言う訳でアストリも学校に通った。魔法科に籍を置いたので実技で魔法を披露することになった。

 結界を張った魔法の訓練場で、教師に呼ばれてひとりひとり魔法を披露する。

「ではレオミュールさん」

「はい」


 アストリはここで光魔法を披露する。

 囮になるのだ。彼らがどう出るか。その時、自分はどうするのか。


『ネージュ』アストリの手の動きで雪の結晶がキラキラと輝き、

『クロワッサン』三日月が冴えた光を投げかけ、

『フルール』可愛い七色の花がつぼみから開いて行く。

「雪の結晶、月の光、七色の花、くるくる回って輝いて──」


「雪、月、花、風よ、舞い散れ、光よ輝け『ルミエール・エクラタント』」

 七色の光が輝いて広がって見ている者を包む。

「ここに癒しを『デュカルム』」

 最後に癒しを唱えると、魔法科の者たちが歓声を上げる。


「ほう……」

「わあ」

「気持ちが楽になりました」

「わたくしも軽くなりましたわ」

「アストリ様、素敵ですわ」

 みんなに受け入れられてアストリはホッとした。




 そんなある日、聖サウレ教会の王都の大聖堂の司教から召喚状が届く。

 かなり慇懃無礼に書かれていたようで侯爵が憮然としている。おまけに行くのはアストリひとりと指定されている。


「ひとりで行きます」

 前を見つめて思いつめた表情で言い切るアストリを誰もが危惧した。


 結局、修道院長が付き添って大聖堂に行き、その従者としてミハウが行くことになった。司祭服姿でぐしゃぐしゃの髪の姿である。

「ミハウ様、もう少し何とかなりませんの?」

 院長が難色を示すが「大丈夫」と取り合わない。ミハウが一緒に行ってくれた方がありがたいが、アストリは頼りっきりで申し訳ないと思う。



  ◇◇


 アストリは学校で光魔法を披露して、四属性持ちである事が王家にも教会にも知れたのだ。知られるのは予定通りの事であったが、王家と教会は捕縛されたくなかったら出頭せよという高飛車な態度であった。

 アストリは聖サウレ修道院の院長に付き添われ、王都の大聖堂に行く。



 祖父の侯爵は屋敷で留守番である。仕方がないのでアストリのいない間に、家の問題を片付ける事にした。

「俺もお前に付き添ってやろう」

 頼みもしないのにエドガールがしゃしゃり出る。

「暇なのか」

「暇だ」

 自分より若々しい顔に、侯爵はもはや敬語を使う気になれない。

「若返るのか?」

「体調は良い」

「そうか」


 無駄口をたたいていると、養子のマティアスが屋敷に来た。

 執務室に呼んで、お茶を出して人払いをした後、早速問い詰める。

「マティアス、お前が全ての元凶か」

「何を仰っているのか」

 マティアスは即座に否定する。しらばっくれているのか、本当に知らないのか、見分けは付かないが顔を赤くして怒っているのは伝わる。


「一番最初に聖女が近付いたのが、お前だったと聞いた。お前が他の貴族子息に聖女を次々に紹介した」

「みんなでたらめだ。私を妬んでいるんだ」

「まだ聖女の魅了にかかっているのだな」

「かかっていませんよ。私は侯爵家を継げると思っていたんだ。それなのにあなたはどこの馬の骨とも知れない女を──」

「アストリは私の孫だ」

「ルイーズは水属性しか持っていなかった」

「そうか、当時の王太子が火、騎士団の息子が土、魔術師長の息子が風だったな」

 侯爵の顔が怒りに歪む。

「そうか、なるほど」

 そのままの顔で養子の男を見る。

「アストリに何で毒を盛ったんだ」

「私じゃない」

 マティアスは否定するが侯爵は決めつける。

「軽率だったな、それともまだ皆が慣れていない内に、手早く殺そうとしたか」

「私じゃない! あの侍女は聖女の養家の手の者だ」

「何だと!」


 ここまで疑われては、なりふり構っていられなくなった。マティアスは全てを暴露することにした。マティアスの中には鬱屈がある。誰もが自分を馬鹿にする。蔑ろにする。地味で目立たない、大人しい男に。

 今だってこうやって簡単に排除しようとしているではないか。


「最初はマリーに言い寄られていい気になっていた。しかし、あの女は誰にも彼にも愛想を振りまき近付いた。最初だけあの女の魅了にかかっていたが、私は子爵家の次男だったし見た目も普通だから切られたんだ」


 十二歳から通う王都の中等学校にいた頃、知り合った。淡いピンクの髪と青い瞳のグラモン男爵の娘マリー。平民との間に出来た庶子で、器量が良いから引き取られたと噂で聞いた。魔法に優れ、どうやら闇魔法まで使えると後で分かった。


 闇魔法の魅了魔法は禁術だ。


「マリーに次々に堕ちる男達を見て恐ろしくなった。養子の話があるのを聞いて、あいつらから離れた。私が離れても気にしなかった」


 レオミュール侯爵家のルイーズがアルフォンス王太子の婚約者に決まって、マティアスは侯爵家の養子に選ばれた。彼にとってみれば大きなチャンスだった。


「私はここの仕事と勉強で手一杯で学年も下で、普通は婚約破棄などありえないと思っていたし、かかずらわない事にした」


 マティアスが貴族学校に入学した時には、すでにマリーは王太子と仲良くなっていて、彼女の周りには取り巻きが出来ていた。


「その事について咎められるなら仕方がないが、あなたは外務卿でほとんど居なかったし、奥方は蒲柳の質で病気がちでしたし──」

「私が悪いと──」

「それは言っていません!」


「……とにかく私は、つんと取り澄ました、何を考えているか分からないルイーズとは合わなかったし、あの娘がルイーズの娘だとは思えない」


「侍女はマリーが養子に行った先の奥方と合わないので、こちらで雇って欲しいと言って来た。あなたは居なかったし、あんな娘を連れて帰ると思っていなかったし、侍女は別に問題なかった」


 マティアスは絶対に自分は関わっていない。事件はアストリの狂言で、気に入らない侍女を追い出すために殺したのだと主張する。


「いきなりあんな娘を連れて帰ったら、普通驚くでしょう? ルイーズは殿下の婚約者だったし、すぐ修道院に送られたんですよ。どうやって子供が出来るんです? 絶対騙されているんだと思いました。今も思っていますよ」


 普通はマティアスのように考えるだろう。

「御者はルイーズを受け取る時、一番厳しい修道院に送れと言われたそうです」

「そうか」

 運命とは皮肉なものだ。

「あれはルイーズの娘で間違いない」

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