59 サーペント


『人が増えたのう』

 マガリとクルトはサーペントの長に何か要望はないか聞きに行った。港が整備されて貨物船だけでなく、いよいよ客船が就航するのだ。


『私の孫サーペントと貴族の少女がキャッキャウフフになっておるが』

「お話しできるのですか。怖がらないの?」

『仲が良すぎて困る。離れると辛いことになるだろうに』


 それを聞いたマガリが前公爵夫人に話して物語が生まれる。

 人とサーペントの悲恋物語、ここに開幕。

「仲が良いのはいい事ではありませんの? 見守っていればいいのでは。クルトとマガリも私達を見守ってくれていたわね」

 アストリが思い出すように呟く。

「さようでございますね、なかなか楽しゅうございましたよ」

「じゃあ、その方向で私達も見守ることに──」

「単なるデバガメではないか」

「ニヨニヨは楽しいものですわね」


 美しくて優美なサーペントの王子様とお貴族のお姫様の恋物語。前公爵夫人はどういう物語にしようかとウキウキしながら色々案を練るのだった。

 そして素晴らしい話が出来たのだ。

「廉価本がよく売れております。これは立派な装丁の本にいたしまして発売いたしましょう。末永く読まれる本になると思いますわ」

 この世界の少年少女の心を掴んだ物語は、やがて湖の畔にサーペントと少女の像という形になって語り継がれたのであった。



「クラウゼを私の手元に呼びたいのだ。レオミュール侯爵にシェジェル領を頼んでもいいだろうか」

 ミハウは執務室で侯爵に頼んだ。というか、押し付けた。侯爵は後宮の近くに屋敷を買って、ミハウに押し付けられた仕事をこなしつつ、アストリと過ごしている。

「他に誰かいらっしゃらないのか、エドガール殿は」

「彼は辺境伯として、公国と戦場の村の領地を一纏めにしてみて貰っている。シェジェルは元々私の領地だからアストリの化粧領のような感じで」

「それは違うと思うが──」

「まあ似たようなものだし」

「何処が……」

 侯爵はブツブツと文句を言いながら、シェジェルを押し付けられた。しかし、今やシェジェルは石灰だけではなく、希少なワインや魔石の産地であった。これは交渉の武器になると改めて考える。



 マリーはボロウスキ公爵にせっつかれて、とうとう同居することになった。

「結婚式をするぞ」

「え、あなたって四回目じゃなかった? 私も二回目だし、ドレスでもないし」

「俺はマリーのウェディングドレス姿が見たい。帝国産のレースをふんだんに使ったドレスを特注しておるのだ」

「はあ? そんな散財をしないで、もっと他にお金を使う所はないの」

「最近は十分に働いておった。今、散財せずに、いつ金を使うというのだ。何ならお前を蔑ろにしたネウストリア王国の王侯貴族も呼んで、派手に晩餐会を催して、贅の限りを尽くしてもてなし──」

「待って、蔑ろにされていない、むしろ好きなだけ遊んで散財したし」

「む、気にくわん。俺の天女に金をかけるのは、俺だけの楽しみであるべきだ。ここはドーンと惜しみなく──」

「いやいやいや……」

「マリー様って、そういう質なのですね」

 黙っていても男性が寄って来て貢いでくれる。

「いや、どういう質だ。人が折角まともな式をやろうと言っておるのに」

「だってこの人に任せたら、どこに走っていくか──」

「人を馬車馬のように……」


 相変わらずアツアツであった。

「マリー様が公爵家にいらっしゃるなら、私も行きたいです」

 ユスチナはマリーと離れることに恐怖感でもあるのか、どこまでもついて行くという。俺らもとバーテンダーと女給も一緒を望む。

「なんか嬉しいわね」

「おお、別に構わないが、俺が可愛がっているのは嬉しくないのか?」

「あら、嬉しいわよ」

「もっと、嬉しそうに言ってくれ」注文を出しつつも、嬉しそうに手をすりすりする。大型犬に懐かれている。


「なんだか凄い事になっているようだが、私もアストリをもっと派手に贅沢に着飾らせて、もっと夜会を開いて──」

「お止しになって」

 一言で断られてしまった。

 あれだけ空っぽに近かった国庫は段々潤ってきているし、私財も潤沢だ。



「あらかた片付いたようだな。私も領地をじっくり見て回って──」

「いや、まだ大詰めがあるのだ、レオミュール侯爵」

「貴様その為に呼んだな」侯爵の目が細くなる。

「まあまあ、本当に生き返られてよかった」


 ミハウの最後の大詰めこと、バクスト辺境伯と共に蛮族や遊牧民と話すことになる。黒土の草地を農地に変えるのだ。土地はノヴァーク国に割譲し、出来た作物の優先権を決め、入植する者には租税減免措置を取り、広く内外に募集をかける。


「応募して来る農家がいるか」

「次男三男の中には来る者もいると思うが」

「蛮族とか遊牧民の中にも、農業を志す者はいるかな」

「教えると言えばやる者も出て来るだろう。農業は天候に左右され、毎日地道で気の遠くなるような作業の繰り返しだとか、長い目で見なければならない。それでもやるという人間を立ち行くように、こまめにサポートして──」


「いやあ、外務卿がいると凄いな。楽だ」

 ひと段落ついてミハウとレオミュール侯爵は王都に戻った。今回はバクスト辺境伯という土着の強力な貴族がいて、蛮族や遊牧民との橋渡しをしてくれた。

「外務卿はいたと思うのだが」

 侯爵は外務担当アドバイザーという立場で外務省に行った筈だが、いつの間にか外務卿がいなくなって、代わりに仕事を押し付けられている。

「希望する部署に回してやったぞ。蛮族の相手をしなければいけないから先に出張して見て来いと言ったら尻込みしたんでな」


「そんな所に! お祖父様を大事になさっていただきたいわ」

 話を聞いていたアストリが苦情を申し立てる。祖父の事になると何事にも囚われないアストリが身を乗り出す。肉親というものを知らずに育った所為かとても懐いている。

「彼は根っからの仕事人だよ」

「あなたもそうですわよね。やり過ぎて逃げ出すくらいに」

「そうかな。アストリもほどほどにね」


「そうですわね、農薬とか肥料とか作ってみますわ」

「私たちの子供は出来ないのかい」

「あ、一度モンタニエ教授に見て貰って──」

「いや、いい」

 ミハウは慌てて取り消した。

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