12 死の連鎖(ミハウ・クルト・マガリ)


 ミハウが殺された辺りを戦場ヶ原とか、窪地を戦場ヶ窪と言われている。この辺りは四つの国の国境に接していて、よく戦闘場所に使われる。絶えず小競合いのある地域だ。

 クルトとマガリの住んでいる村ともいえない集落が、この辺りに幾つかあって一緒くたにして戦場の村といった。


 戦闘があれば片付ける者が必要だ。村はそういう役割を果たす。戦闘をすれば怪我人も多く出るからそういう村があると助かる。後始末は兵士の役割だがどこにも属さない平民も必要だ。


 そういうわけで戦が終われば、村の者は後片付けに乗り出す。死体から衣類やらを剥ぎ取って、兵がいれば渡し死体は穴を掘って弔う。

 兵がいなければ剥ぎ取った物は自分で始末する。

 この村の者はそうやって生きてきた。


 クルトとマガリの親は兄妹で、この村に流れて来て、それぞれに連れ合いを見つけて住み着いたという。そんな風に入って来る者と出て行く者があって、村の人口は増えもせず減りもせずに来た。



 この日も村の者は遠くから戦闘の終わるのを待った。途中おかしな光が輝いて、慌てて家に戻った。

「信号弾とも違う」

「アレは何じゃったんじゃろう」

 そう言いながら静かになるのを待った。


 やがて静かになって、戦場に出てみれば、明らかにいつもより死者が多い。村人総出で死体を片付けた。そして、窪地で生き返ったミハウを二人は見つけたのだ。


 多分、その時に他の集落の者に見られていたのだろう。

 ミハウの死体が無くて探した参謀格の団長が、村で聞き込みをして残った兵士を引き連れ襲い掛かった。



  ◇◇



 ミハウはお尋ね者になった。

「逃げるのも面倒だ。私は兄上に会いに行く。あなたたちはどこかに隠れて──」

 ミハウが路銀を渡して城に戻ろうとすると、二人は追いすがった。

「待って下さいよ、置いて行かないで」

「そうです、どうせ俺らもお尋ねもんだ」

 振り払っても、追い払っても追いかけて来る。


 逆賊と汚名を着せられて、逃げる気はなかった。おめおめと生き長らえていられようか。ミハウはそのまま真っ直ぐに王宮に向かった。

 王宮のファサードからエントランスへと、斬り死に覚悟で闇雲に突っ込んでいく。門兵や警備の衛兵が引き留めようと剣や槍で斬りかかる。

 何人もの攻撃を受けてミハウの身体から血が噴き出し、血を浴びた者が身体中から血を吐いて他の者に浴びせてしまう。その血がかかった者がまた血を吐く。恐ろしい程簡単に遮る者が次々に倒れて死んで行く。


 遮る者はみな死んで、真っ直ぐ王宮の大広間に向かった。大広間は国王ルドヴィクと第二妃となったエルヴィラの祝宴の真っ最中であった。

 そこによろりと現れたミハウは、斬り刻まれて血だらけで、地獄から蘇った亡者そのものであった。将棋倒しのように逃げる間もなく人々が死んでいく。



 やがてシンと静まった広間には、生き返る者は誰もいない。王宮に居た者は全て、文官も女官も王妃も子供も、下働きの者までその場に居た者は誰一人生き残らなかった。


 国王ルドヴィクの側にはエルヴィラが侍っていて、ふたり仲良く血を吐いて死んでいた。それを見て泣きたいのか笑いたいのか分からない。

「何であんたたちが死んでいるんだよ」

 ミハウの呟きが虚しく王宮に消えた。



 ミハウの壮絶な姿をクルトとマガリは必死に追いかけた。ほとんど一緒だったので、当然衛兵から攻撃された。彼らもまた血濡れて亡者のようになっていた。

「あんた、痛いよ」

「俺も痛い。さっき、腕が斬り飛ばされたと思ったんだが、あるんだ」

 ほらとクルトが血濡れた腕を見せるので、マガリが顔を顰める。

「拾いに行かないで済んで良かったじゃないの」

 もう、まともな神経じゃいられない。

「お前、ひでえ顔だ」

「あんたも──」

 二人は半泣きでミハウを追いかけ、大広間で呆然と突っ立って放心しているミハウを見つけた。



  ◇◇


 王宮の死体は広間に魔法で大穴をあけて埋めた。国王ルドヴィクの遺体だけ綺麗に洗って棺に納める。いずれ王宮の跡地は聖堂にして王を埋葬する。ここで死んだ者たちも、改めて埋葬しないといけない。


 城に居なかった重臣をミハウは王宮ではなく離宮に招集した。臣下たちは恐る恐る集まって来た。招集されて来た者は、ルドヴィクの代になって疎外されて不遇になった者か、彼の政治に不安や不満を抱く者が多い。


「ルドヴィク国王陛下は崩御された。私が暫定王に就く。国の政は合議制で議会で決める。今まで通り貴族院と庶民院の二院制で行く。この混乱が落ち着いたら、私は退位する。跡継ぎは従兄殿にお願いする。この混乱を乗り切るのだ」


 欠けた重臣を補充して兄王の葬儀を執り行った。取り敢えずの国政を乗り切る。苦情は来たが、気に入らなくて反旗を翻した者はいなかった。兄王の派閥の臣下は王宮で殆んど死んでしまったのだ。

 クルトとマガリには側仕えをしてもらった。



 どうしてこんな身体になったのか三人で話す。何しろ生き残りが三人だけだ。

 あの光の所為だろうか。聞けばクルトとマガリも、あの光を見て慌てて家に帰ったという。二人は血塗れだったミハウの看病をしたが生きている。


「あの光は何だったんだろう。身体を突き刺してとても痛かったのだが」

「そういえば突き刺される感じで逃げ出したんです。新しい魔法かと思いました」

「アレは瘴気で、身体の中に入って馴染んだんじゃないのか……」

「じゃあ私たちは魔物か悪魔になったんですか?」

「私はあまり変わっていないような気がするが。斬られると痛いし、血を見るのも死なれるのも嫌なのだが……」

 溜め息とともにミハウが言う。二人は眉を寄せて頷く。

「王を辞めた後は、私達と同じような人間がいないか探してみよう」

 分からない事が多すぎる。


 一番知りたい事は自分たちの弱点だった。

 何しろ斬られても毒を盛られても死なない。海の底か洞窟の底だとどうだろう。地下牢に閉じ込められたらどうだろう。

 拘束されても暴れたら血が飛び散る。そしてみな死ぬのだ。無敵である。喜ぶ気にはならないが。

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