11 戦場で生き返った男(ミハウ)


 ミハウ・クサヴェリ・ノヴァークはこのネウストリア王国から三つ四つ離れたノヴァーク王国で、国王の末子として生まれた。小さな頃から出来が良くて、青味を帯びた銀髪に青い瞳の顔は見目麗しく、明るく人当たりも良くて、父王が生きている内は王族の中心に居た。


 父王が死んで兄ルドヴィクがノヴァーク国王に即位すると、兄王は段々とミハウを邪魔者に思うようになった。国民に人気があり魔法も剣技も実力がある。試しに前線に立たせてみれば、敵の砦を奇襲作戦で落して戦を早く終結させた。国民の人気は高い。

 彼のような人物は、騒乱の原因になると思っても杞憂ではない。


 父王は早くからミハウに婚約者を宛がっていた。宰相職を預かるカミンスキ侯爵の娘エルヴィラという金髪碧眼の美姫で、二十一歳になったミハウの二つ下の十九歳だ。年頃になると匂うような色気を纏って、貴族青年のあこがれの的であった。

 そして、兄王ルドヴィクも懸想した。カミンスキ候爵に第二妃として迎えたいと内々で冗談交じりに打診すると感触は悪くなかった。ルドヴィクの妃は姫君ひとり産んで以降体調が優れない。



  ◇◇


 ミハウは戦場にいた。外遊から帰った途端、反乱軍の鎮圧をせよと兄王ルドヴィクに命令を受けて慌ただしく出撃した。指揮官として小隊を引き連れて国境に近い現場に向かうと、参謀格の第三騎士団長が隊を率いて出迎えた。

「首謀者が潜れていると密告がありました。我ら左右より誘き出すので、ミハウ殿下には正面に待機して頂いて殲滅をお願いしたい」という指示だった。


 しかし、集落の手前で陣を展開する間もなく、突然味方に囲まれ攻撃を受けた。

「何をする!」

「陛下のご命令である。反乱軍の首謀者たるミハウ殿下を弑せよ」

「兄上が!?」

 少ない供回りの者や護衛はあっという間に片付けられ、ミハウは味方の国軍に寄って集って斬り刻まれた。倒れたミハウに伸し掛かり「お首を」と剣の刃が当てられた。


(これで終わりか。あっけないものだな)



 仰向けに倒されて、剣の刃が首に食込む。最後に見えたのは暗い空だった。




 突然、上空がぱあーーーっと、眩く輝いた。


 夜に近くて薄暗かったのに、上空がいきなり真昼のように明るくなった。信号弾よりも眩しくて、それが終息するとキラキラと輝くモノが地上へ落ちてきた。それは物凄い速さで針のように身体を貫き引き裂いた。


(痛い、すごく痛い!)

 声も出せずに呻くだけ。先程首を斬られて死んだと思ったのに、まだ痛い。

(痛い! 痛い! 痛いっ!)

 心が叫ぶ。

「ぐあぁぁっ!!」とか「ぎゃあぁぁーー!!」とそこら中で悲鳴が上がる。


 どれだけ痛いと思ったか、どれだけ時間が経ったのか、永遠のような時間の後で、ミハウは身体を庇おうとして手を動かした。動かした手が動く。拘束されていない。足も動く、首も動く。自分の手が、身体がまだ動かせることに驚いた。

 痛みはなおも続く。頭を抱え身体を丸めて耐える。



 やがて悲鳴は聞こえなくなって、闇夜になった。

 シンと静まりかえって音もしなくなった。


 拘束していた男たちがいない。斬り刻まれた身体を動かしてヨロリと上体を起こす。見回したが誰もいない。

 立ち上がれなくて、地に手をついたままゼイゼイと息を吐いていると「うわっ、生きている!」と叫ぶ声が間近でした。声の方を見る。

「あんた!」

 暗闇から二つの影がやって来て、ミハウを恐る恐る覗き込んだ。


 二人はミハウを抱えて家に運び込んだ。夜だと思ったが窪地に居た所為で、すでに夜は開けて大地に付いた黒い染みに土が被せられている。

 家に着くとベッドに寝かせ、血塗れのミハウの服を脱がせて、傷の手当てをしてくれる。

「そんなに大きな傷はないようだけど、大丈夫かい」

 手当てを終えた男の方が聞く。

「兵はいなかったか?」

「急に居なくなったんだ。置いて行かれたんだね」

 女の方がスープを作って持って来た。

「近くで戦闘があったんで、私ら後片付けに駆り出されたんだ。武器なんぞを引き取って、死体を埋めて神父が来て終いさ。スープだ、お食べ」

「ありがとう」

 何があったんだろう。首に触れると治りかけの傷があった。


 二人はクルトとマガリだと名乗った。従兄妹同士で結婚して、子供ができても直ぐに死んでしまって諦めた。若い者を見ると世話を焼きたくなるんだと言う。

 国境付近のどちらの国に属しているのか分からないような集落だった。こんな所なら何があっても分からないだろう。



 彼らのお陰で傷は殆んど癒えた。あまり長居をしてもいけないと、支度をしていると「あんた、逃げて」とマガリが家に飛び込んできた。

 その後ろから怒声が響く。

「ここに居るんだろ、出て来い!」

 見つかったのだ。残りの兵たちがいたのだ。


 剣を抜いて「お前たちは逃げろ!」と叫びながら走って出た。

「逃げるとこなんかっ!」

「あんたこそ逃げなっ!」

 囲まれて応戦も虚しく、クルトとマガリが殺されてミハウも斬られた。斬られた所から、パッと血が出て飛び散った。幾つもの剣がミハウの身体を切り裂いた。



 最初の時は殆んど殺されていた。空で輝いたものが何だったのか、落ちてきたものが何だったのか、しかもその後、痛くて苦しくて何が起こっているか分からなかった。


 だが今度は目の前で展開されている事態に唖然とする。

 第三騎士団長率いる国王軍の兵士が、急に苦しみだして倒れた。バタバタと次から次へと倒れて行く。藻掻いて呻き声、叫び声を上げながら苦しんで死んで行く。

 斬られたミハウは傷を押さえながらもまだ立っている。だがもう、ミハウに斬りかかる者はいない。周りは血の海だ。藻掻いていた兵士たちはやがて動かなくなった。よろよろのミハウひとりを残して。

 あの時の自分は死んでいた。殺されていた。今も致命的な傷を負った。なのに、死んだのに生き返ったのか。


「う……」

 呻き声に気付いて見回すと、斬られて転がっていたクルトとマガリが呻いていた。

「おい、大丈夫か」

「あ、あんた……」

「生きて……」

 二人は生き返って呆然としている。二人を家のベッドに横たえて、怪我を調べる。傷はそんなにひどくない。顔や体を簡単に拭って毛布を掛けると眠ってしまった。疲れ果ててミハウも横になった。


 村は廃墟になっていた。誰も生きていない。軍隊の参謀も副官も例外ではない。

 穴を掘ってみんなを埋めて武器を立てかけて弔った。

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