40 仲間はあまり増えない


「どこかに仲間がいると思うだけで嬉しいですね」マガリは何処までも楽観的だ。「ほら、廉価本でなくても結構似たようなお話がありますしー」

「邪竜のお話とか魔王のお話とか魔人のお話とかですね」

 アストリはマガリに廉価本を沢山貰って暇つぶしに読んだ。薄い本ばかりですぐに読める。

「そうです。ひょっとしてひょっとするとか、皆さんお好きなのですよね」

「それは我々が斃される側じゃないのか」

 魔王とか吸血鬼とか狼男とか、どう考えても悪役である。

「最近は仲良くなるという方向のお話もありますよー」

「どうもそれは政治的な誘導工作というか」

「そうです。あと、昔の英雄譚とか待望論とか」

「もしかしてミハウ様の──」

「人気があるんですよね、ミハウ様」

「見た目がいいからな」

「そう、あれでお強いですよ」

「魔術師タイプだとばっかり思っていたな。今度手合わせ願おうか」

「いや、私は魔術師タイプですよ」

 ミハウが現れた。


「人を酒の肴にして」

「仲間が増えたという話をしていたんだが」

 みんなの顔がミハウの後ろに控えているクラウゼとミハウを往復する。

「私達は国内で結構流血沙汰を起こしているんで、セヴェリンみたいな仲間がまだいるかもしれない。こんな私を担ぎ上げるとか勘弁して欲しいんだが」

「ノヴァーク王国継承問題か?」

 エドガールが腕を組む。モンタニエ教授は頷いている。

「跡を継いでもらった従兄弟の家系が絶えてしまいそうなんだ。今の国王は六十代で跡継ぎが病やら事故で先に死に絶えてしまって、姫君も子が出来ないそうで」

「それは仕方がないですね」

「隠し子が居ないものか」

「諦めたら」

「子が出来ないのに何年も誤魔化せないし、髭でも生やしてみようかな」

 するんとした自分の顎を撫でるミハウは、外見は死んだ時の年齢のままの二十一歳である。髭の濃くなる年齢は人によってまちまちだがミハウは遅いようだ。


 その時、教授が重々しく言ったのだ。

「出来るかもしれませんぞ」

「え」

「まあ、まだ仮説の段階ですが、後はミハウ陛下の頑張りと奥方の頑張りですな」

「そうなのですか。私、頑張りますわ」

 あっさり言い切るアストリを横目にミハウは考え込む。

(実験台にされるのは嫌だ。アストリがされるのはもっと嫌だ)

「まあこの件は私以外にも若い者がいるし、皆で頑張ろう」と投げた。

「取り敢えず、今現在で十四人だな」

「え、クラウゼさんで十三人だよな。一人増えた?」

「どういう事だ」


「クラウゼは鉱山事故に遭って、一緒に遭難した技師が仲間になったようだ」

 ミハウが簡単に説明するとブルトン夫人が頷いた。

「私も似たような感じでロジェが仲間になったのよ」

「馬車の事故だと伺いましたが」

「ああ、それは多分大司教が手を回したと思うわ」

「は?」「まあ」

 マリーの問題発言に唖然とする一同。


「それはどういう」

「大司教はアストリ様の存在を知らなかった。レオミュール侯爵に引き取られて、はじめてその存在を知って、修道院長に出し抜かれたのだと歯がみしていた。何だか不穏な気配がしたからきっと何か仕出かすと思っていたけれど、やっぱり事故を起こしたのね。なのに、あなた無事に大聖堂に来たわね」

 不死じゃ仕方ないわねとにっこりと笑う。


「呆れたわ、そこまで腐っていたなんて。でもあなたよく知っているわね」

「あら、あなたも知っているでしょ、陛下が修道院に大勢で遊びに行っていたのを。大聖堂の聖職者らも喜んで行っていたわよ」

 マリーの蔑んだ瞳。今はどこかの商家の奥様風なドレスを着て、ピンクの髪を結い上げて、相変わらず豊満で美しい。



  ◇◇


「そういう訳で、私は一度鉱山に行ってみようと思う」

 ミハウは改まってみんなに告げる。

「その後、王都に向かう」


「王になるのだな」

 モンタニエ教授は頷く。勝手に陛下呼びしていた訳ではない。ずっと確信があっての事だ。自分の中でだけだが。こういう所が変わり者と言われる所以か。

「暫らく国のかじ取りをさせられるだろう」

 ミハウは深い溜め息を吐いた。

「みんな自分の身の振り方について考えていてくれ。出来る事は全て手助けするし、しばらくは王都かこの領地のどちらかに留まって欲しい」


「あの、私はどうすれば……」

 アストリは呆然とした。この国の公爵でも身に余る。しかし、小さな田舎の領地と聞いてホッとしたのだ。屋敷の雰囲気も廃教会堂と似ていて、馴染めるかもしれないと思った。それなのに──。

「君は王妃だ」

(本当にどうすればいいの)

 アストリは首の父と母の指輪とペンダントを握りしめる。



  ◇◇


 その夜、ミハウ夢を見ていた。

 この国に帰ると必ず見る夢だ。


 ただひとりでだだっ広い王宮に佇んでいる。遠い昔に見た、今はもう影も形もない場所だった。自分が取り壊して聖堂に造り変えたのだ。


『ミハウ……』

 声に振り返ると、殺した兄王と婚約者がいた。目の前で血を吐いて、血まみれの手を伸ばして──。王宮で殺した者が、戦場の村で殺した者が、大聖堂で殺した者が、大勢の者が、苦しいと、何とかしろと、血だらけの手で、血だらけの顔で、迫って来る、手を伸ばしてくる。

 声の無い声で怨念を吐き散らす。



「あなた……ミハウ様……」

 目を覚ますとシェジェルの屋敷のベッドにいた。

 隣にいたアストリがリネンで顔を拭ってくれている。

「あ……あ、夢か……」

「うなされておいででした」

「この国に帰ると夢を見る」

 ベッドの上に起き上がって、まだ顔を拭おうとするアストリの手を握る。

「どのような夢でしょう」

「私を嫌わないで欲しい」

「そんなことはないです」

 短いけれど確とした返事だ。口元をきゅっと引き締め、グレーの瞳はただ気遣わし気な表情を浮かべるだけ。


「私は兄王を殺した。婚約者を殺した。王宮の騎士も兵士も役人も貴族も、多くの民を殺した。自分で手にかけたのではないと逃げる、ずるい私がいる。何でこんな事になっているのか。死んだら楽になるのだろうか」


「死ねなければ生きて行くだけです。私も迷います。ミハウ様の言葉を聞いてあなたも迷っていらっしゃるのだと、愛おしくなります」

「そうなのか」

「私もミハウ様を守りたいのです」


 グレーの瞳が優しく瞬く。銀の髪は真っ直ぐで、今日はひとつに編んで片側に下ろしている。十五の時に仲間になった。ミハウの女神、永遠の乙女、十五から歳を取らない、少女でもない大人の女でもない不思議な女、長い銀の髪を結い上げれば大人の女のように匂やかに、優しい声は少女の声とも違う不思議なまろやかさ。


 雪の舞う季節になった。時が止まっていなければアストリは十七の筈だ。

「こんな私はお嫌いですか」

「どんな君も好きだよ」

 キスをすると「うふ……」と、くすぐったそうに笑う。

 手を伸ばして女神を捕まえる。抱込めば恐ろしい夢は弾けて跡形もない。


 ミハウの国ノヴァーク王国は眠ったような国だ。時代に取り残され忘れ去られ、時の流れの狭間を小舟に乗ってたゆたうような国。

 外見はそうだ。だが中身がいつまでもそうだとは限らない。

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