36 甘いかもしれないが


 デュラック辺境領を辞してブルトン男爵夫人の屋敷まで魔法陣で直接飛んだ。

 先に伝書鳥で知らせておいたので、夫人の秘書兼侍従のロジェが出迎えて応接室に案内してくれる。

「やあ、新しい仲間が出来たって?」

「まあ、若い殿方じゃないですか」

 モンタニエ教授と魔道具士のエリザが先に来ていた。

「俺ら、そんなに若くないんで……」

 セヴェリンが小さな声でボソッと呟く。

「まあ見た目の問題だが、若くなくて悪かったな」

「教授は渋くてそれでいいんですよ」

「そうなのか」と顎を撫でる教授は艶々と血色よく若返ってロマンスグレーのイケオジだ。エリザは赤い髪の溌剌とした美人でなかなかお似合いに見える。


 エドガールが「無事だったか」と教授に聞いた。

「皇帝が重篤状態で帝国は四部五裂だ。暫らく余所に行った方がいいかもしれん」

「そうなのか、軍部もか?」

「そのようです。今回の負け戦で軍部の力関係も予断を許さないようです」

 エリザはそう答えて「ほら、逃げ出す用意をしているんですよ」とマジックバックを見せた。

「大事な物は全部入れています」

「用意がいい事だな」エドガールは呆れるが「いつ追い出されるか分かったものじゃあありませんから」拳を握ってエリザは頷くように言う。



 彼らの話に興味はあるが先に片付けておきたくて、ミハウは話を遮った。

「済まんがマリーの様子はどうだろう」


 案の定、中庭に埋めた棺の場所に行くと、マリーは棺から出て地面に横たわっていた。ちゃんとドレスを着ている。

「お前は服を着ていなかったと──」

「いや、俺は違う」

「戦場ヶ窪で穴に投げ込まれた死体は衣服を剥ぎ取っているぞ」

 クルトが説明して「あ、そうなのか」とミハウが呆気に取られた顔をする。

「何だ、マリーの裸が見れると思ったのに」

 残念そうに博士とエドガールが言う。

「ミハウ様も──?」

 心なしか隣にいるアストリの声が冷たい。

「いや、その、誤解だ……」

 位置的にはずらずらと並んだ列のどう見ても最後尾だ。ぜひとも見たいという位置ではないが。


 マリーはげっそりしていたが比較的元気そうで、水を与えられ、女性陣総がかりでお風呂に入れられ綺麗にされて、アストリ謹製のドロドロの栄養食と飲み物で生き戻った。

 それにしても、死んだら地上に出るのか、死にそうになったら出るのか。セヴェリンの言った通りだった。


「転移魔法のようなものだろうか」

「生命維持活動の一種だろうか」

「身体が危険を感知して、安全な所に避難するのか」

「どちらにしても帝国に知られているから、しばらくは大人しく隠れていた方がいいと思うが」


 ミハウはマリーの事だがと、皆に問う。

「彼らの話を聞いて嫌になったんだ」

 セヴェリンとジャンを見やって話を進める。

「甘いというかもしれないが、首輪も腕輪も止めよう。私達は仲間なんだ。数少ない一族なんだ」

「私、何度でも浄化します。お薬も作ります」

 アストリも甘い。人の痛みを我がことのように感じるのだ。それはゆっくりと襲い掛かって来る。何日も経って、心が身体に不調を起こしてはじめて気付く。


 仲間は二人増えて十二人になった。これをまだというか、増えたと喜ぶか。

「俺らも仲間なのか」

 セヴェリンとジャンが聞く。

「そうだ」

「私も仲間だっていうの? もう実験しないの?」

 マリーが聞く。

「そうだ」

「じゃあ、私は何をしたらいいのかしら」

「ゆっくり考えろ。時間は腐るほどある」


 ミハウはマリーの首輪を外して謝罪した。

「悪かった」

「いいえ、いいのよ。また何かするかもしれないし」

 人格は変わらないようだ。

「受け止めるしかないのか」

 溜め息を吐くミハウにアストリが言う。

「私も何をするか分かりませんもの」

「君が言うと怖いな」

「まあ」


「実験というか、我々の特性の検証は必要だと思うぞ」

 モンタニエ教授はまだ実験途上だ。調べたい事は沢山ある。

「それについては格好の研究素材がいる」

 戦場で拾った男二人、セヴェリンとジャンを引き合わせる。

「彼らは帝国に使われていた。首輪をされて罪人を実験材料に──」

「そうか」

 教授が喜色を浮かべて見て、二人は少し怯えた顔をする。

「教授、手荒な事は──」

「大丈夫だ。簡単な聞き取り調査だな。健康診断もしよう」


「こいつらは私が鍛えてやろう」

「オレは兵士じゃないんで」

 ジャンが逃げようとするのをエドガールが首筋を捕まえる。

「なかなかいい動きだった。こっそりと気付かれないタイミングもなかなかだ」

「私の方が先だぞ。じっくりと話を聞かなければ」

 モンタニエ教授はニヤリと笑う。エドガールも「間で貸し出ししてやる」と譲らない。


 ミハウがコホンと咳をして「私は国に帰る。私の領地でよければ提供しよう。あまり開拓もしていない手付かずの自然豊かな土地と言えば聞こえはいいが、放置された土地がある」これからの事について語る。

「この国で暴れたので探されるか感付かれるかもしれん。よければ暫らく潜んでいる場所にいいと思う。もちろんセヴェリンとジャンは一緒に連れて行く」

「俺はそいつらを鍛えんといかん」

「実験材料の話を詳しく聞きたいから、私も行かなければ」

「教授が行くんでしたらアタシも行きます」

「行くとこないし、私も行こうかしら」

「ノヴァーク国にホテルを作ろうかしら」

「そうですね、いい所があるでしょうか」

「私ら元々腰ぎんちゃくでミハウ様に寄生しておりますので」

 みんなで行くことになった。


「ところで、このお話なんですけどね」

「何だマガリ」

「廉価本に邪悪な竜を退治して不死になったお話があるんです。エルフとか魔族とか、その混血でも長生きですし、丈夫なんです」

 マガリが廉価本を配る。

「新聞社や製本業者に物語を売りつけてですね」

「なるほど、流行らせると聖女や神と同じ効果があると」

「周知の事実ってやつですね」

「事実じゃないが」

「いいんですよ、もしかしたらで」

「塵も積もれば本当になる訳ですね」

「それは違うと思う」


 セヴェリンとジャンはみんなのにぎにぎしい様子を目の前にして思う。

「なあ、こんな未来があると思ったか?」

「夢みたいだ」

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