37 誤解


「アストリ、済まない」

 ミハウがアストリに謝って来たのは、皆でわいわい話し合った後ブルトン夫人に「もう遅いですから、お疲れでしょう」と案内された離れに二人で落ち着いてからだった。


 部屋は広く濃い赤の絨毯にライトグレーの革張りのソファの上にはとりどりの模様のクッション、家具やテーブルはマホガニーで、天井からは意匠を凝らしたシャンデリアが壁のブラケットとお揃いで部屋を柔らかく灯している。

 テラスから見える庭園は広く、ぽつりぽつりといい塩梅に庭園灯が置かれ、落ち着いた雰囲気で、先ほどの喧騒が嘘のような閑静な佇まいであった。


「ええと、どういう……」

 何の謝罪だろうかとアストリは身構える。まさかマリーさんをどうこうするという事なのだろうか。広いソファセットやらカウチが並べられているのに、すぐ隣に座ったミハウが言いにくそうに切り出す。

「マリーの事だが」

 そう言われてアストリは泣きたくなった。グレーの瞳が揺れて眉が下がる。

「はい……」

 泣きそうなアストリを見てミハウは慌てた。

「ごめん、君の気持も聞かないで決めてしまって」

(もう決めたのかしら。何を……?)

 決壊しそうな涙を堪えて唇をきゅっと結ぶアストリにミハウは焦る。

「だってセヴェリンとジャンの話は酷いと思わないか」

 どうしてここで彼らの話が出るのだろう。

「君はもっと苛めたい?」

「え?」

「君のお母さんがされたみたいに、もっとマリーに復讐を──」

「違います!」

 どうやら誤解があったらしい。アストリは慌てて否定する。

「その、君に断りもなく勝手に首輪を外して──」

「ミハウ様がマリーさんが良いと仰るのなら──」

「いやいやいや、私はマリーを実験道具にするのは止めたいと、まあ、自由にさせて勝手に帝国に行かれても困るが」

「マリーさんに興味がおありなのでは……」

「ないけど」即座にきっぱりと否定するミハウ。「裸で転がっているのを誰かに発見されたら、不味いことになるかもとは思った。独身男が多いし」

「ミハウ様はどうなのですか」

「え、もしかして焼きもち焼いてるのかな」

 ミハウは嬉しそうな顔になった。

「そうか。もちろん、マリーはどうしようもない阿婆擦れだと思っているよ」

 少し魔獣の気配も見える。

 アストリの手を取ってキス、引き寄せて頬にキス。そのまま甘い声で囁く。

「ずっとこうしたかった」

 アイスブルーの瞳が蕩けて、額にキス、瞳にキス、唇にキス。

 勢いは止まらない。アストリを抱き上げてベッドルームに運び込んだ。


「そういえば、ココもう痛くない?」

「はい」

「そうなのかっ!」ミハウは喜色満面で頷くとアストリを押し倒した。

「じゃあ遠慮なく」「あっ」

(男の人は魔獣なんだわ、本当に……)

 アストリは魔獣になったミハウに食べられながら再認識した。



  ◇◇


 翌朝、上機嫌なミハウと恥ずかしそうなアストリの甘い雰囲気を見て、モンタニエ教授は考察する。

(これは、処女膜は再生しないと見た。まあ後でミハウ様にきっちり確かめるが間違いないだろう。という事は、不要な物は無くなるのだろうか。もしかして妊娠出産もありえるだろうか。ふむ……)


 そんなモンタニエ教授の考察には気付く気もなく、ミハウはジャンに提案する。

「なあジャン。酒で失敗したなら酒で元を取ったらどうだ」

「あ、そういう考え方もあるんですね。まあ従兄弟から作り方は聞いていました、というか自分ちでこっそり自分用に作っていたレシピを持ち出されましてね」

 ジャンはお酒の話になると饒舌になった。

「ちゃんと認可取って設備投資してって言ったのに、あのアホ野郎」

 愚痴まで飛び出した。

「税金はちゃんと取ってやるから、いいものを造れよ」

「ううう……」

「ど、どうしたんだ」

 まだ隣にいるセヴェリンが聞く。

「う、う、嬉しい──、くー」

「税金取られて嬉しいのか」

「酒は儲かるんだよ。だから税金も多い。でもそんなことじゃないんだ。造れるんだぜ、オレの思い描いた夢が──」


「何だか羨ましいですね」

 廉価本を広げていたマガリが言う。

「分かる、分かるわー。もっとすごい魔道具を作って──」

「んー、私はドレスを作ろうかしら」

「ホテルですね。でも病院とか施術院、孤児院も作らなくては」

「学校も作りましょう」

「そうね」

「私らどうしましょう」と盛り上がった女性陣を横目にマガリはクルトを見る。

「コックを雇って、廉価本の作者を雇って、気の利いた侍従と侍女を雇って、忙しいなあ。仕事が後から後から増えて来るぞ」

「兵士が必要だな。金の生る木を狙う奴は多い」

「どうしましょう」皆の様子にアストリは困惑気味にミハウを見る。

「いいんじゃないか、時間はたっぷりあるんだし」

「そうですわね、私は薬を作りますわ」

「君らしい」

 二人は甘い雰囲気になった。


  ◇◇


 アストリとミハウは侯爵領に行く。祖父に指輪を見せると顔を背けた。

「これはルイーズの指輪に間違いない」

 アストリも涙があふれて止まらない。


「この指輪とペンダントの鍵はどうしましょう」

「両親の形見だ。一緒に連れて行ってお前の住む場所に廟を建てればいい」

「はい」

 アストリはレオミュール侯爵家の礼拝堂に参って祈りを捧げる。

(お母さん、お父さんと一緒に行きましょうね)


「お祖父様も一緒に──」

「そうだな、こちらが一段落したら行くかもしれん」

「きっとですよ」

「お待ちしていますよ」

「貴様、扱き使う気満々だな」

「生き残る気満々ですね」

「まあ、ミハウ様。絶対に大丈夫です」

(何故そこで断言できるアストリ!?)と思ったが口にしないミハウである。



 ブルトン男爵領に戻って、皆と一緒に魔法陣で一息にノヴァーク王国のミハウの領地に飛んだ。

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