34 遺恨の残る戦
「リュクサンブールで使ってみるか」
ある日、牢にゼムガレン帝国の上官が来て使い道があると、セヴェリンとジャンをネウストリア王国との国境の戦場に連れて行った。
ゼムガレン帝国にとって攻略対象の国のひとつにネウストリア王国がある。この国を併合すれば南の海へ進出する足掛かりに出来る。そんなに強力な軍隊もなく、この近年、国力も弱まっている。
だが、国に入る前に辺境伯とリュクサンブール城が立ちはだかっているのだ。この城は質実剛健で砦のような頑健な城だ。帝国側に頑健な砦を築き、反対側は城壁で囲って居住地がある。
これを攻略すれば、弱体化した国を攻略するのは赤子の手を捻るようなものだ。
帝国は軍を出してリュクサンブール城を攻めたが、堅牢な城と守っているリュクサンブール一族の当主と息子二人の勇猛果敢さにいつもながら手を焼いている。
しかし、上手いこと別働で来ていたネウストリア王国の先遣隊の将を人質に取った。これを盾に、本国から停戦を申し込む。予定通りであった。
デュラック辺境伯側は停戦に消極的だったが、不味いことに人質に取られた将は王家の姫君が降嫁した先の家門で、停戦するしかなかった。
停戦協定の交渉は城で行う。城門が開かれ、将校と人質、付き人の兵士らが迎え入れられた。付き人の男二人が先に入って行く。その後を人質を連れた兵士たちが続く。帝国将校は入り口で立ち止まった。先に行く男二人は途中から剣を抜いて走った。辺境伯の護衛の男が剣を抜いて前に立ち塞がった。
セヴェリンとジャンは剣を抜いて斬りかかった。顔に傷のある男が辺境伯らを庇って前に出る。あっさりと剣は弾かれた。二人係りでかかっても掠りもしない。
「どういう事か!」
反対に咎めだてする。その時、帝国軍から魔導士が出て魔法を放った。風の魔法は真っ直ぐセヴェリンとジャンに向かった。味方を狙ったことに驚く。ジャンに向かった魔法は外れて辺境伯によって打ち捨てられた。しかし、もうひとつはセヴェリンの背中を抉った。
「ぐあぁ!」
血が迸る。その血が弾けるように飛び散った。
「わあぁ!」
「なっ、ぐはっ!」次々と血が襲い掛かり、辺境伯らは血を吐いて絶命してゆく。近付いていた人質も血を吐いて死んだ。一緒にいた兵士もだ。
床で痛みに藻掻いているセヴェリンと、側でしがみ付いているジャン、そして離れて高みの見物をしていた帝国将校たちは生き残った。
「おい、あいつを余所に連れて行って、怪我の手当てをしてやれ」
「へい」
将校に命じられてジャンは、背中にまだ血がべっとりと付いているセヴェリンを、人のいない所に引き摺る。
「大丈夫か?」
「ぐあぁ、痛い、痛い……」
消毒薬も薬も何もくれない。男達の死体を運んでいる場所から少し離れた所で、水を汲んでタオルで拭いて様子を見る。
その日は少しだけましな飯が出て、二人で食べた。
血が飛んで周りの男は死に絶える。銀髪の男が辺境伯を庇って死んだ。辺境伯も死んだ。人質も死んだ。みんな死んだ。他の国で何度かそれをやらされた。
男は淡々としゃべる。
誰も何も言わない。ミハウとアストリは両手で顔半分を覆い、身を寄せ合って黙って聞いていた。
エドガールは他国に行っていた。帝国など周辺諸国の情勢。この身体の事。仲間はいないか。考えることは多いが、ひとりでは何も出来ない。
結論が出て戻ろうとした時、後を託した息子が死んでしまった。逸っていたのだろうか。帝国との戦いに飽いていたのか、停戦に頷いたと聞いたが、帝国は何かの間違いだと否定した。
遺体は送り返され、エドガールが戻った時には葬儀は終わっていた。おまけに人質の死亡という最悪の事態まで付いて来た。辺境伯の威信は地に堕ちた。
残されたのはまだ二十半ばの孫エドマンドである。連絡を取り彼を支え、仲間のミハウとサウレ修道院長と共に陰になって支えた。
真相を聞いて怒りは湧いて来たが誰に向けたらいいというのか。目の前にいるセヴェリンとジャンという男たちは紛れもなく被害者であった。
◇◇
やがてミハウの放った魔獣が戻って来た。魔獣が肩に止まると、ミハウは軽く手を挙げる。
「戦は終わったようだ。デュラック辺境伯の勝利だ。辺境伯軍が来るまで、敗残の帝国兵が入って来れないよう城に結界を張る」
空気が揺れるようなキンという音がして、城の周りを幾重にも白い冷たい光が走った。
「うはっ」
「すごいな……」
そのような広範囲の結界を張れるような魔術師は少ない。張れたとしても簡単に破れてしまう。皆唖然とする中、アストリはミハウの張った結界をじっと見つめて分析する。
(凄い強固。風、水、氷、他にも何かあるような──)
その日の朝まだきに始まった戦いは辺境伯の勝利で終わった。リュクサンブール城は取り戻した。敗走した帝国兵は城に入れなくて捕虜になるか逃走した。
◇◇
アストリとミハウは、お城の中のリュクサンブール家の廟に詣でる。地下に棺があった。手を組んで祈り、棺を開けて貰う。鎧を着た遺体は手を組んでおり、胸に銀の鎖のペンダントがかかっていた。
「指輪が……」
鎖には指輪がひとつ下がっている。女性がつけるサイズの指輪には、守護獣の翼のある獅子が刻印されていた。
(お母さん……)
馬車の中、目を閉じていた母。
馬車の側を馬に乗って護衛していた男。
空にあるのは三日月。
(お母さん……)
アストリはただ涙を流し続けた。
「その、私は間接的に君の父上を殺したことにならないだろうか」
暗い目をしたミハウが言う。
「それだったら私だって母を殺しました」
言っても詮無い事だった。アストリは「しばらく預かりますね」と遺体の鎖から指輪を抜き取った。レオミュール侯爵に検分してもらう為だ。
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