06 先生は女性?


 その夜、クルトとマガリは晩餐を取ってから村に帰る事にした。

 調理を手伝っていたアストリはミハウがひとりで居間にいるのを見て、スススと近付いて「先程はごめんなさい」と謝罪した。

「まあいいさ。アストリはこれから美人になるんだろう」

 ミハウが聞くと「そうでしょうか。私には分かりません」と真面目な顔で答え、そのままスイと調理場に行ってしまう。


 食事の後で持ち出したミハウのお土産は、辺境領都シャラントで買って来た食料品やワイン、お菓子の他にクルトとマガリに冬用のコート、アストリに冬用の衣服上下一式であった。

「これ……」

「お前の為に買って来た、アストリ」

 まだ少し恨みがましい目をしていたアストリだったが、お土産の毛皮の付いた暖かそうなケープとお揃いのチュニック。その下に穿く暖かそうなズボンに目を丸くした。ベルベットの紺色の生地は手触りがよくとても暖かそうだ。

「私の為……」

「気に入らないか」

「あ……。いいえ、いいえ、ありがとうございます」

 じわじわと嬉しさが込み上げて来て、服を抱えて嬉し恥ずかしな笑顔になって、お礼を言うのだった。


 修道院では持ち物は共有で自分の物は何一つないとされる。だがこの廃教会でアストリの持ち物は少しずつ増えていくのだった。




 先にアストリを寝かせて、大人三人は小さな応接室でワインを飲む。

「まさか、いきなり光魔法が発現するとは思わなかったな」

「いや、ミハウ様。野菜を食べてもどうも無かったから、大丈夫だとは思ったのですが、光では滅びませんね」

「本当に大丈夫なんですね」

「ああ、そう聞いてはいたが、大丈夫なようだな。物語とはずいぶん違う」

「それにしても失礼な物語ですわね。牙なんぞありませんし」

「そうですな、俺は血を見るのも嫌です」

「私もだよ」

 三人は顔を見合わせる。



  ◇◇



 まだ十三歳だ。それなのにアストリは基本の四属性魔法は言うに及ばず、氷と雷の属性も覚えた。さらに、光の魔法に目覚めたのだ。闇も覚えるかもしれない。

 普通は国も教会も放っては置かないだろうが、今の所誰も来ない。


 修道院長が検査結果を間違いだとして、もう一度、日を改めて調べるよう命じたという。そして改めて検査をした結果、どの子も四属性持ちではなかった。

 厳密な検査ではない。人数さえ合っていれば良かった。


 四属性持ちなど貴族でもめったに現れない。田舎の修道院にそのような者がいる訳はなかった。大体四属性持ちであれば国で手厚く保護されるのだから。



 折角、光魔法まで発現したのだ。教えて悪いことはない。ミハウは唇を歪めて思う。自分はアウトローなのだ。修道院長は知っている。知っていて、その自分に預けた。そういう事だ。



  ◇◇


 崩れかけた教会堂に人は来ない。近くにあるのは限界集落で老人しかいない。丘の向こうに小さな村があって、クルトとマガリは買い物をそこで済ませる。

 休みの日には遠出をすることもあると聞いたが、アストリは廃教会堂から出ることはなかった。


 ある日、マガリがアストリのサイズを測って、それからしばらくしてドレスを持って来た。青い小花柄のドレスで襟はレース、袖は七分袖で、ウエストは青いリボンだ。

「わあ、すごい」

「日曜日に街に行ってきたんですよ」

 マガリがドレスを合わせる。

「お似合いです、着丈も丁度いいですね。あちらでお召し替えしましょう」

「きゃあ」

 はしゃぐアストリを三人の大人が笑って見ている。ここに来た時、アストリは孤児院のお仕着せの色褪せた服を着ていた。木の枝で裂けたのをクルトが見かけてマガリに言った。それで、マガリが古着を持って来たのだ。


「おせらしいと思っていたがまだガキだな」

 アストリはやっと十四歳になったばかりだ。


「先生、着ました」

 ドレスを着てくるりと回る。

「どうですか」

「似合っている。恰好だけはレディだ」

 黙って立っていればご令嬢に見えるだろう。銀の髪、グレーの瞳の貴婦人に。


「明日から聖堂でマナーのレッスンをする」


 ミハウにそう言われて、翌日アストリはドレスを着て聖堂で待った。

 ミハウが歩いて来る。いつもの足音だ。ドアを開けて入って来る。


 ドレス姿だった。


 ミハウはドレスを着ている。黒いドレスだ。地模様があって金糸銀糸と目立たない色味で刺繍が施されている。高価そうなシルクのドレスだ。ハイネックで長袖で、髪を上げているけれど相変わらず前髪は下ろしていて顔は見えない。唇だけが赤い。


(ミハウ先生は女性……?)


 ドレスを着ても違和感がない。堂に入った貴婦人姿で、この頃ミハウは男性だと信じていたアストリは、ショックを受けた。

 歩き方、椅子の座り方、カーテシーの仕方などミハウのそれは完璧である。

 そういえばお茶の飲み方も優雅であった。こうやってマナーを勉強していると分かって来る。自分は何も知らないと。全然出来ていないと。

 二重三重にショックを受けてマナーもガタガタだった。

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