53 マリーのやらかし


 マリーはボロウスキ公爵のルーク湖畔別邸から逃げ出した。公爵も護衛も湖賊もほっぽらかして、とんずらを決め込んだ。元々お忍びで少人数で来たのだ。湖賊の残党に襲われても仕方がない。


「奥様!」

 庭園を回って出口を探していると、丁度マリーを探して屋敷の様子を探っていたユスチナが見つけてくれた。

「馬車が参っております。こちらへ」と毛布を着せ掛けて手を引く。屋敷は赤々と燃えていて、公爵家の家人や護衛が駆け付けて消火に当たっており、喧騒が少し離れた場所まで響く。

「助かったわ」マリーは毛布を頭からかぶってホッと息を吐いた。


「バーテンがこちらに行くと言っておりましたので、私も来た方が良いかと」

 公爵に熱心に誘われて頷いたけれど、何かあってはいけないと護衛兼バーテンの男と女給が同行を申し出たので、近くの港町に宿を取って何かあったら連れて帰ってもらおうと思っていた。

 ユスチナはマリーの屋敷で生活していてバーテンや女給とも顔見知りである。あくどいと聞いているボロウスキ公爵と出かけると聞いて、自分も行くと言い出した。マリーに何かあるとユスチナは後ろ盾を失ってしまう。ユスチナは必死であった。

 バーテンと女給もそれは同じで、場末で働いていた所をスカウトされて、その際、因縁をつけてきた犯罪組織をあっさり潰してしまったマリーを女神のように思っている。


 マリーの冒険物語ここに開幕!

 ではなくて──。単に、暴力犯罪組織がスカウトに来たマリーを攫ったのだ。アジトに連れ込まれて洞窟の時のように自分で手を斬ったら、血が飛んであっさり返り討ちにしてしまったのだ。

 ほとんどみんな死んでしまって、生き残る人間の選別などできないし、傷は早く治るとはいえ、手を斬れば痛い。あまり使いたくない技である。

 今回は災いを招いた張本人と二人、湖賊たちに囲まれて、斬り刻まれるのも見世物になるのもごめんだ。マリーは遠慮なく怪我をして血を飛ばした。



  ◇◇


 ミハウたちは生存者の探索を終えて、ノヴァーク王国ノヴァ・スルの王宮に戻った。ネウストリア王国の大聖堂で生き残ったらしき者は、聖職者二名と王国の騎士三名であった。彼らはそのままネウストリア王国に留まるという。

 騎士は怪我をしやすい。日ごろの鍛錬でも傷を負う。しかし、血が出ても誰も異常はないという。

「どういうことなんだ」

 結局、レオミュール侯爵家の家令と騎士侍女で、一緒に行きたいと願い出た者たち何名かと戻った。その中には、侯爵邸でアストリが毒で血を吐いた時に駆け付けてきた侍女と騎士もいた。


 王宮に帰るとモンタニエ教授が謁見を申し出て、皆で王宮のサロンに集まる事にした。もちろん仲間内で結界を張っての話し合いである。


「その前にちょっとご報告が、病院にボロウスキ公爵が入院してきまして」

 王都の病院は建築中である。教授らは手頃な建物に順次機材と人材を投入して病院を開業し実績を積んでいる所だ。

「あら、あの人生きていたの?」

 マリーの発言にみんながマリーを見やる。

「あんたは──」

 深い溜め息は誰だったか。

「あら、私だって気を使っているわ」

「連絡をしてくれないと困る。今回はユスチナ嬢から連絡があったからいいようなものの、もう少しで病院の職員を失う所だった」と、モンタニエ教授が苦言を呈した。


「何があったんだ」

 ミハウがマリーに聞く。

「ボロウスキ公爵に招待されてルーク湖を見に行ったのよ。そしたら夜中に湖賊に襲われて、あいつら屋敷に火をかけて出口で待ち伏せしていたの」

「そうか──、つまり湖賊と一緒に公爵も巻き添えにしたのか」

 ミハウは深い溜め息を吐く。

「公爵がご無事でよかった。しかし、また面倒な奴が仲間に──」

「あのー、マリー様がどうしてボロウスキ公爵様と?」

 アストリが聞いて、みんなの溜め息が余計に深くなる。ここには公爵夫人は来ていない。

「ちょっと、カマトトぶらないでよ」マリーが喧嘩を吹っ掛けてアストリが慌てて否定した。「違います!」


「マリー様の好みって、あの公爵様はちょっとお太りで髭もあって、お顔もどちらかというと癖が強くて、その、あくどいというか……」

「そっちかー」と誰かが言う。

「ちょっとー」毒気を抜かれて呆れ顔のマリー。

「「ブッ、大概だな」」皆が笑う。

「くっ、まあ間違ってはいませんな」モンタニエ教授も吹き出しそうだ。


 しまったとマリーは思った。少し絆されかけていたのだ、あのあくどい男に。押しが強くて金持ちでチヤホヤされて、遊び相手にちょうど良いと。

 アストリに指摘されて、かなりランクが落ちているんじゃないかと内心焦った。

 この私ともあろうものが──。


「そうねえ、もうちょっと痩せて、髭も剃ったら、まあ見れるんじゃない?」

 マリーは自信なさそうに言う。

「そうですわね、あまり想像できませんけれど」

 一応は肯定するアストリはやはり首を傾げる。

「公爵にそう言っといてやるよ」モンタニエ教授が締めくくった。



「そんなことより、アタシからお知らせがあります!」

 エリザが話の流れを変えるべく発言した。

「ホムンクルスが出来ましたの。鉱山で試運転をいたしますので、皆さま見学に来てください」

「そうか、護衛も鉱夫も揃ったようだし、魔石の採掘が出来るな」

「それなんだが」モンタニエ教授が口を挟む。

「何だ」

「今日集まって貰ったのはその事についてなんだ。いや、鉱山はそれでいいんだが、先にエリザに顕微鏡を作って貰ったのだ」

「顕微鏡」


「病気になるのはミアズマという瘴気に侵されてなると言われていた。だが近年は病原菌が発見されて、病気は病原菌によるものだというのが定説だ。


 だが、病原菌で説明できないものがある。これは何によるものか。これこそミアズマによるものではないかと私は考えた。多くの学者から笑い飛ばされたがな。


 もっと小さなものが見えたなら。あの小さな魔石を使って魔道顕微鏡をエリザが開発してくれた。そして私は数々のミアズマを突き止めた。我々の身体に宿るミアズマも突き止めたのだ」

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