54 ホムンクルス始動
「その非常に小さなミアズマは、我々の細胞外に球形の複合体となって寄生し、宿主を失うまいと各細胞に命令するのだ。
その命令は我らの生体を失わない為に非常に多岐に渡る。だが、法外の要求に耐えられなくて、ほとんどの人間は負けてしまうのだ。
実は我々の身体には免疫システムというのがあって、弱い菌で身体を慣らせば強い菌が来ても耐えられる。これに似た体験をした者として、血を吐いて死んだ者たちに触った者がいる。
彼らを調べた結果、彼らの血は人を殺さない。そんなに長生きでもない。だが我らの血で死なない者がいるのだ」
何と画期的なシステムなのだ。
「私は病院の一部の職員に希望者を募り、ミアズマの死骸で作ったワクチンを接種してみた。そして同じ回答を得た。彼らの血では人は死なん。彼らは我らの血では死なない。割と丈夫で少しは長命かもしれん」
「すごいじゃないか」
「すべての人間に免疫が出来る訳ではないし、体調を崩す者もいるのだ。まだ先は長い」
「免疫保持者。血では死なないが、老化し、傷もすぐには治らない者か」
「我らと違う者」
「私達の名前というか呼び名というか、そういうものがあると他の不死者と区別がつくのだが」
「そうですね、でもすぐには思い付きませんわ」
結局、呼び名については考えることにしてその日の会合を終えた
◇◇
ミハウたちは準備をしてシェジェルの鉱山に飛び、ホムンクルスの実験に立ち会った。鉱山の町に行ったのはミハウとエドガール、それにモンタニエ教授とエリザだ。鉱山の町でセヴェリンとジャンが管理者スレザークと一緒に出迎えた。
アストリは細石のお土産をミハウに頼んで、王都ノヴァ・スルで祖父のレオミュール侯爵と留守番である。その内祖父は王都に屋敷を建てると言っているが、しばらくは離宮で一緒に暮らすことになった。侯爵家の護衛や侍女も一緒で離宮は一気に賑やかになった。
シェジェルの鉱山の町は、前に来た時より賑やかになっていた。
「報告したと思うが小公国からこちらに流れて来る者がいてな」
「そうか」
「セヴェリン、帝国からは来ているか」
「今日は、いつもの商人とノヴァーク王国に帰ってきた出稼ぎの農民が五名だ」
エドガールはセヴェリンの報告に頷いて、ミハウに説明する。
「一応検問を作ったんだ。ここは道を外れると至る所に穴が開いて危険だから、普通の人は街道を行くしかないし、見晴らしがよいから見張りやすいぞ」
険しい山道で戦場の村を抜けることから、かなりの健脚でないと越えるのは大変で前は人通りはあまりなかったが、どうやら毎日通る者がいる程増えたようだ。これはどう考えたらいいのか。
季節は冬が目前で、ミハウがこの国に帰って一年が過ぎようとしていた。まだ何を成し遂げた訳でもない。
鉱山に行くと前の石灰鉱山に行く道の他に、別の坑道に続く道が出来ていた。石灰鉱山の方は新たに雇った鉱夫もいて前より出荷も多く活気がある。
魔石の鉱山の入り口は厳重に切り石を砂と石灰を混ぜたセメントで建てた事務所で塞いがれていて、一見坑道があるようには見えない。事務所部分とは別に洗い場、選別所、鑑定部門などの作業所がドアを隔てた向こうにある。
「なかなかいいじゃないか」
スレザークに言うと嬉しそうに頭を下げた。
エリザの作ったホムンクルスは体長は大人の半分程度だが腕が長い。手の長い猿のような体形で、目鼻耳口は機能しており片言を喋る。衣服を着せられ、髪の色で見分けが付くようになっていて、そのまま名前にしている。人数は八人だ。
「暖色系は土の魔石を積んでいて、寒色系は風の魔石を積んでいます」
土の魔石は魔石を採掘するのに役立ち、風の魔石は鉱石を運搬するのに役立つという。坑道の奥は狭くなったり低くなったりしているから、彼らの体形で問題なく仕事が出来るという。
「あの手は長いようだが」
「はい、少し長く伸ばせることが出来ます」
坑道の奥や天井に手が届くという。
「便利な機能だな」
鉱山管理者スレザークの血を受け継いだホムンクルスは彼の命を聞きよく働く。良結果を得て、鉱山は改めて坑道の整備を行い稼働することになる。
ジャンがミハウにそろっと差し出したのはあのトカイワインであった。
「これを王妃様に。お薬になると伺いましたので」
「そうか、アストリが喜ぶよ」
「あと、試飲用の樽を王都に送ります。色々作りましたので試していただけると嬉しいです」
「色々?」
「あ、熟成物は少し時間がかかるんでまだですが、色々配合したヤツです」
「へえ、ありがとう。届くのが楽しみだな」
◇◇
その日、マリーは支度をして、護衛と侍女を引き連れ、ボロウスキ公爵の入院しているという病院に向かった。
公爵は病院の最上階の広い個室に入院していた。護衛が入り口に待機していたがマリーを見ると通してくれる。護衛と侍女を置いて病室に入った。
病院食で痩せたのか、血を浴びて殆んど死にかけて痩せたのか、ボロウスキ公爵はとにかく痩せていた。おまけに髭も綺麗に剃っている。ダークブロンドの髪がパラリと額に散って、濃い眉とギラリとした瞳、口は大きく引き結んでいたが、マリーの顔を見ると嬉しそうに笑う。大型犬に見えた。
お見舞いの果物篭と花束を付き添いの侍女に渡して、ベッドの近くの椅子に腰を下ろした。
「いかが?」
「生まれ変わったような気分だ」
まだ体調は万全では無く、ベッドに横たわって天井を睨みながら言う。
「ふうん、それは良かったわ。先生に聞いて来るわね」
「ああ、また来るだろ」
大型犬が黒い瞳でキューンと見上げる。
「そうね」
マリーは少し困った顔で指を頬に当て答えた。
公爵はモンタニエ教授のいい実験材料になるだろう。そんな事を思いながら廊下を歩いていると、顔見知りの貴婦人に出くわした。
マリーは忘れていた。ボロウスキ公爵は妻帯者であったことを。
(何でこんな所で鉢合わせするのかしら)
マリーは思ったがここが病室でなくて幸いであった。公爵夫人とはすでに顔見知りで、ユスチナのいいお客様である。
「あら、どうなさいましたの」とマリーは白々しく声をかける。
「いえ、ここに知り合いが入院しておりまして」
公爵夫人は誤魔化した。まあ、ここに見舞が大挙して押しかけても不味いし、公爵が病気だというのも不味い。さらに言えば工事中の湾港施設やらの近くの、公爵邸で火事があったというのも不味いだろう。
マリーは公爵夫人とサッサと別れて、モンタニエ教授のいる研究室のあるエリアに向かった。王都の病院はなかなかの威容で出来上がりつつある。一棟二棟と順次追加して建てて行くという。
(この国は素敵な国になるかもしれない。その時私は何処にいるのだろう)
昔は何も考えずに遊び回っていたけれど。
(まあ、今もスリルがあると言えばそうだけれど)
もう潮時かもしれないとマリーは思った。
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