43 無い無い尽くしの


 一方、セヴェリンはエドガールに報告した。

「マリー嬢がこの町の洞窟で襲われた。マリー嬢は足に怪我をしていた。洞窟でみんな死んだと思うが」

「誰か生きている者はいなかったか」

「分からん」

「そうだよな。ミハウ様が帰ったら報告して、明日でも行ってみるか」


 そういう訳で二人はミハウに報告をして、翌日雪の舞う中を洞窟に向かった。

 内部は男や女の死体が五、六人転がっている。

「誰も生きていないか? いなければ封印の魔道具で封印するぞ」

 最後にエドガールが脅すように声をかける。セヴェリンも「ここから出られなくなるぞ」と言うと「っ……」と掠れた息が漏れた。

 生き残った者がいるようだ。二人は顔を見合わせると、もぞもぞと蠢く者に近付いた。

「ひっ、こ……、殺さないで!」

 倒れた者達の側に俯せた女が、頭を押さえてかすれ声で言った。怖がってぶるぶる震えている。

 エドガールが針を出し自分の指に突き刺す。滲む血を女の腕を取って押し付けた。血が付いても、女はまだ必死に起き上がろうとジタバタしている。

 二人はもう一度頷いて、セヴェリンが毛布を出して、女をぐるぐる巻きにして肩に担いだ。洞窟から出ると、封印の魔道具を取り出して洞窟を封印する。


 ホテルに帰るとロビーにミハウが待ち構えていて、二人に幻惑をかけた。ホテルの従業員や客には、二人はただの荷物を抱えてロビーを通り過ぎたように見えた。



 ホテルの部屋の絨毯の上に女の包った毛布が置かれる。毛布を剥いで現れた女に、アストリが聖水を振りかけて『ピュリフィエ』と唱えた。まるで女神が呪文を唱えたみたいにキラキラと輝く光が女を取り囲んだ。


 その後は女性陣が女の世話をした。

 人心地ついた女はぽつりぽつりと身の上話をする。

 戦場の村を囲む小公国のひとつで仕事をしていたが首になった。それで戦場の村を通ってこの国に流れ着いたが追い剥ぎに捕まったという。

 小公国でお針子をしていた女はユスチナと名乗った。まだ二十代で栗色の髪をしている。仲間は十五人になった。



 ミハウは鉱山の管理人とクラウゼそれにモンタニエ教授とエリザと話す。

「昨日見た感じでは、鉱山の鉱夫が元々少ない上にまた少し減ったので、魔石の方まで手が回らないだろう。暫らく新鉱脈の横道を封印しようと思うのだが」

「ホムンクルスを使ったらどうでしょう」と、エリザが提案する。


「ホムンクルスというのは?」

「人造人間ですね。粘土と魔獣の素材を捏ねて魔石で作った核で動かすんです。あまり複雑で難しい事は出来ませんが、荷運びとか簡単な事は出来ます。命令に忠実ですからサボるようなことはありませんし」

「貴重なものに触れるのに傷を付けてはいけませんが」クラウゼと鉱山管理人スレザークが難色を示すが、エリザは「管理人様の血を与えるとですね、管理人様の命令を聞く忠実な個体が出来るんです。一から教えないといけませんが共有しますので一体に教えればいいのです」と説明する。


「まて、共有とは」

「ホムンクルスは貴重な素材を使いますので、母体を分けるのです。あまり細分化するのは難しいですので、八個くらいで。一つの個体に学習させると、他の個体も習得していますね」

「恐ろしいな」

「でも、問題は血を与えると殆んど死んでしまうんですよね」

 一同は考えこむ。ホムンクルスはそんなに安価ではないので、たくさん作ってたくさん死ねばお金をどぶに捨てるようなものだ。

「ちいさい個体を作って、死なないものを選び、それを増やすことは出来ないのか?」

「あー、そういう手がありますね」

 エリザは目を見張る。

「いや、出来るかどうか聞いたのだが」

「出来ますー。順番を変えましょう。小さいものを作って生き残ったものに教育を施し分割する。これでどうでしょう」

「机上の理論だな。結果を楽しみにしておくよ」

「分かりましたー、任せて下さい」

 エリザはいつも強気だ。


「しばらく魔石の採掘は封じておくから、何かあったら呼んでくれ。ここにも転移の魔法陣を設置しよう」

「そうですね、商会を立ち上げて警備をしっかりして、鉱夫を集めてからですね」

「この町にまだ封じていない洞窟があるようだが。山狩りをした方が良いか」

「ここは小さな鉱山ですので、兵士も多くありません。今まで採れるのが石灰でしたので、すぐ町の窯に運び込みますし」

「戦場の村の他の小公国から流れ込んでくる者がいるんです。あちらはいつも争っていますし安定しないんでしょう」

 クラウゼとスレザークが町の現状を説明する。

「そうなのか。しかし、足元がこれじゃあ、王都に行ってもまともに何も出来ないだろうなあ」

 ミハウは弱気な発言をする。

「ずっと放置しておられたからですよ」

「う……。これで王になれるのか? 後ろ盾も何もない」

「大変でしょうが、頑張るしかございません」

 無い無い尽くしの、マイナスからの出発であった。王都で手ぐすね引いて待っている臣下が恐ろしい。



 ミハウは春まで待たずに王都に行く事にした。洞窟にいた女性ユスチナはマリーが引き取るという。

 アストリは王都に行く前に屋敷の細石を全て浄化した。それでもやっぱり悪夢を見るのだろうか。浮かない顔のミハウが心配だ。

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