49 その頃シェジェルでは


 シェジェルの鉱山の町から戦場の村寄りに小高い山があった。頂は割となだらかで戦場の村からの街道を見下ろす位置にある。頂付近を平らにならして鍛錬場にした。仮屋を建てて結界魔道具を置き体裁を整えると、このシェジェルの駐屯兵たちや鉱山の警備兵が集まって来た。警備の兵卒と鉱夫の募集を出しているので少しずつ人が増える。住まいを整えて、食堂を作ると段々賑わって来る。

「俺の人望だな」

 エドガールは胸を張る。満更違う訳でもない。

「俺はあんたに謝るべきだろうか」

 エドガールはゆっくりと、少し暗い顔をしたセヴェリンを振り返る。口を引き結んだ大男が上から無表情に見ると非常に恐ろしいものがあった。内心、地雷を踏んだかと思ったがこれは聞いておかなければいけない事だ。セヴェリンはつばを飲み込んで何とか耐える。


「お前が斃したリュクサンブールという男は強かった。顔に傷を負っていたが、あ奴に嫁したいという女性は多かった。嫁は貰わんと言っていたようだがの」

 あのアストリの父親かも知れぬと言われていた男。あの男は強かった。剣は掠りもしないし、彼は無駄な殺生はしなかった。彼が剣を振るっていたら、いち早くセヴェリンたちの血の餌食になっただろう。彼は囮だと思って避けたのだ。


「我々は西の地をあいつに任せておけば良かったのだ、城も人も。それをお前は斃した。お前の所為だとは言わん。帝国の策略であるし、お前も被害者だからな。それでも、お前は生きているのだ。何かの役に立て。その為に俺はお前を鍛える」

 最後にセヴェリンの襟首を捕まえて「逃げるなよ」と怖そうな顔で笑う。


 セヴェリンはエドガールの顔を見たままコクコクと頷いた。

 死なない身体になった。それだけでなく、怪我をすれば人がバタバタ死んでゆく。人が逃げる。行き場がなかった。帝国に捕らえられ、牢に繋がれ、実験動物のように扱われた。帝国側の人間が死んで、牢に放置されていた時もある。

 やがて人殺しの道具として使われるようになった。ジャンが仲間になり、自分に名前があった事を思い出した。

 帝国には相変わらず道具として使われた。何人もの人間が血に染まって死んでゆくのを見た。


「その、勘違いかもしれないが──」

「何だ」

 マリーの血でひとり仲間が増えた時。もしやと思った。

「あんたの息子たちを殺した時、後ろから魔法を放った奴がいた」

「風魔法か」

「そうだ。考えてみればあいつも仲間かもしれん。魔術師は寿命が長いと聞いていたが、それに何時もローブを被って顔を隠していて、話しかけたり近付いて来ることはなかったが」


 セヴェリンはエドガールに鍛えられながら待っていた。

 彼には確信がある。帝国で隷属の首輪を嵌められ使われていた時、セヴェリンといつも対になって魔法を使う男がいた。風魔法をセヴェリンの背中に当てた男だ。リュクサンブール城を落すきっかけになった魔法。

 あいつとは長らく対で使われた。年齢も分かりにくい、魔術師は長生きするというので帝国ではセヴェリンたちの仲間とは思っていなかったようだ。彼は首輪をしていなかった。長いローブを着て顔を隠して、でも帝国には魔術師が多くないので珍重されていた。

 あの男が来る。きっと来る。



  ◇◇


 ジャンは葡萄畑をシェジェルの鉱山の町に行く途中で見つけた。川を渡る橋の上から川の斜面に沿って広がる段々畑を見たのだ。職人としてワイナリーに雇ってもらい、当主と一緒にワインを作っている。

 その日、離れた一角の葡萄畑にカビが生えてしなびたようになっている葡萄を発見したジャンは、慌てて当主に知らせに走った。

「大変だ、葡萄にカビが生えて──」

「そいつは川の近くの畑か」

「そうだ」

「行こうか」

 当主はジャンと一緒に畑に向かうが、その顔は何となく嬉しそうだ。


 そしてカビの生えた葡萄をチェックして頷いた。

「このしなびた奴でワインを作ると非常に甘いワインが出来るんだ」

「もしかしてトカイとかいう……?」

 話に聞いた事がある。非常に甘いワインで熟成に適していると。

「そうだ、良く知ってるな。前にお屋敷の家令殿に苗を頂いた。あの川沿いの畑はその品種を増やしたもので占めている」

「そうか、見た目が病気に見えるんでオレ慌てたよ」

「他の病気に罹るとダメなんで気を付けないとな」

「おお」



  ◇◇


 ミハウは執務室でクルトとマガリが作ってくれた人物リストのひとりと引見していた。彼はリシャルト・バクスト辺境伯。ノヴァーク王国の東の端に位置するバクスト地方を治め、東側から来る蛮族や遊牧民、あるいは魔獣から国を守る辺境伯である。


 非常に大柄でガタイが良い。髪は濃い栗色でうねった髪を耳の下で切り揃えている。齢は死んだ兄王ルドヴィクと同い年で、兄と仲が良かった。彼はミハウが親書で呼び出すまで、ずっと辺境領に引き籠っていた。

「元気だったか」

「お陰様で」

 低い腹に響くような声が返答する。立ち上がって片膝をつき、謝罪した。

「ミハウ陛下、即位のお祝いにも駆け付けず申し訳ありません」

「いや、こちらこそ何もかも投げ出して逃げて悪かった。君は後から来たんだとばかり思っていたよ」

「当時の国王に呼びつけられて参上しまして、騒ぎに巻き込まれ、気が付いたら王宮内に倒れておりました。体調が悪く、暫らく王都の屋敷で臥しておりました」

 兄王ルドヴィクの友人であった彼が、兄を斃し王位を簒奪したミハウを良く思う訳がない。彼は体調を理由に辺境の地に帰った後、二度と王都に来ることはなかった。


「話というのは外でもない。君の領地の東北に広がる草原と砂地を農地に変える気はないか」

「は?」

 真面目な男であった。ミハウに靡く臣下を苦々しく思ってもいた。自分はそうはならない。反旗を翻す気はなかったが、膝を折る気にもなれなくて王都を去った。

 蛮族も遊牧民も追い払って、最早ノヴァーク王国の北東側には敵はいない。だから何か文句があるか、と半ば捨て鉢な気持ちで王都を訪れた。


 ミハウの意外な言葉に何と答えるべきか、バクスト辺境伯がその硬い頭を捻っていると、人払いをした執務室に、いきなり側付の侍従が飛び込んできた。

「陛下、王妃様が──」

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