29話「課せられる約束と不穏な期待」

 イニグランベという国の王都では現在進行形で催し物が開催されている。その催し物にベッドの上で涎を垂らしながら寝ていた茶髪に近い色で短めのツンツン寄りの髪型をした輪道新太という少年が参加していた。


「ぐ、かぁぁ~」


 大きくもなく小さくもないイビキをかいて寝ている新太を起こさないように静かに見ていた少女が座っていた。短いデニムパンツを身につけ、紺色の上着を羽織って黄色のカチューシャを身に付けた藍色髪をしたリオという少女だった。


(まあ、流石に自身を傷つける戦い方をすれば気絶するのは仕方ないだろうけど…あの状況下に陥った時のアラタは今後もこんな戦いをするのかな…だとすると)


 顎に指を置いて寝ている新太の顔を見る。思いつく不吉な未来を浮かべると直ぐに顔を横に振って自分の考えを否定する。


「ちゃんと自分の事は自分で何とかしなきゃ。でも…私はこれから先どんな風に強くなっていけば?てかアラタどれだけ涎出して寝てるの!?なんか胃液も混じってない!?」


 横向きに寝ている新太の口からは何故か滝の様に唾液が溢れ出ており、どんどんぐったりとした様子になっていく。


 とりあえず起こした方がいいと思ったリオは体をさすって起こそうとしていたが、突然医務室全体が大きく揺れ始める。直ぐにリオは周囲の警戒に当たるのだが、新太が寝ているベッドの側に備えてあった照明替わりの魔石が揺れによって落下し、新太の顔面目掛けて落ちていく。


「ぁあがっ!?」


「あ。ア、アラタおはよ~う…」


「は、鼻がへこんだ。痛ってえ…」


「大丈夫?その~色々体のあちこちとか」


「ん~?痛みは魔法で治されているから問題ないけど、気怠さは残ってる感じかな」


 体を伸ばして起き上がる新太は自身の服装を見渡す。


「てかもう服がボロボロなんだけど、色んな所が破けて乳首が見えちゃってるんですけど!?」


 胸元と何故か股間部分を手で隠して喚き散らかしている新太。リオにとってはどうでもよかったのだが。


「ま、あんな捨て身な戦い方してたら体は治っても服はボロボロになるからね~」


「どうしようかな…買うとしてももう金は無いし、上裸で戦うのも流石に恥ずいしなぁ」


 今着ている黒色でボロボロの無地のシャツは力を入れれば破けそうな程だった。


「あ、てか俺の勝敗はどうなった!?最後の最後でシューナが立ち上がって、俺の負けとかじゃないよね!?」


「大丈夫大丈夫だって!そのあと相手は起き上がってこなかったから!というかアラタ審判の声聞こえてなかったの?」


「もう最後の方とか声聞こえてなかった。『絶対に勝った』と謎の自信があったから」


「ああ。そうなんだ」


「でもこれでベスト4入りは確定だ。賞金はもう少しだな!」


 両手でⅤサインを作って笑顔を見せる新太の表情は一切陰が無い。その姿を見ればこの先の不安も新太なら何とかするのだろうと思えてしまう。


「でも絶対に調子乗らないでよ?」


「ああ。それは絶対約束する。さーて始まるまで徹底的に休むか――。」


 バタンッ!と扉が勢いよく開かれるとストレッチャーが運ばれてくる。それに呆気に取られている2人は救護班に部屋の隅まで追いやられる。


「何だ?何だ?誰が運ばれてきたんだ…克己さん!?」


 ベッドの上にはこの世界に同じ時期で召喚された男性。ウルフカットの様な髪型で金髪に染めていて、鉄の鎧に赤色と白色の布で飾り付けがされている物を装備している大島克己だが、装備の大半は破壊され苦しんだ表情浮かべながら部屋に運び込まれてきた。


「大丈夫っすか!?克己さん!」


「んぅ…?新太か。見ての通りボロ負けしたよ…」


「誰に負けたんすか?」


「……裕樹さ。真正面から戦ったら勝ち目はほとんど無いな…アレは」


『アレ』とは恐らく神代器のことを指しているのだろう。神代器は完璧に扱いこなせれば概念すらも武器に出来るという代物。


 そんな恐ろしく且つ頼もしい力を新太の友人でもある転堂裕樹はそれを所持している。


「ここで俺は敗退か~。俺もお前とドリオンと同じぐらいまで行きたかったなあ…俺、この世界で一から頑張ろうって思ってたんだけどさ…上手くいかないものなんだって気付かされた。へこむわ~」


 丁寧に包帯を巻かれている中、克己は腕で目元を隠している。その何気ない仕草で新太は察しているのだ――。


 これは悔し涙なんだと――。


「克己さんがどんな生活を送っていたかは分からない。でもさこの世界に来て、変わろうっていう気持ちを今まで持っていたことはちゃんと誇れることなんじゃないのか」


「……けれどそんなのはボロボロに壊されたよ」


「でも俺達がこの世界に来てから、まだ1年も経ってないし人はそうそう変われるもんじゃない。いきなり1から2になろうとするんじゃなくて1から1.1でも1.2でもいいからゆっくり克己さんの頼れる仲間と一緒に進めばいいんだよ」


「1.1って俺らは何年この世界に居る気だよ」


「うーん。5年以内には俺帰りたいな」


「長いのか短いのか分からないラインだな…なあ。ゆっくりでいいのかな」


「駆け足で進んだらいつかは転んじゃうでしょ。ゆっくりでいいなら俺も協力するからさ、互いに進んでいこう」


 救護の人から包帯を巻かれ終わると同時に克己は上体を起こし始める。そして隣に置かれている自身の扱う長槍を握りしめる。


「俺、もっとお前やドリオンみたいに動けるようになろうと思うよ。それと魔法面の事も教わっていく」


「それが一番良いよ。その方が互いの為になるだろうし」


「そうだな…てか、お前よくあんなに動けるよな?」


「いや~俺ほとんどは魔物から逃げ回ってたり、魔力の扱い方を教えてくれる人からは殺されかけるわで自ずとこうなってた。それにあれはほとんど魔力を使ってる。じゃなきゃ直ぐにバテて俺は負けてる」


「どうやってんだ?それ」


「うーんとね。バック宙とかそういった動きに関することは魔力をほとんど防御の方に回してる。その動きでどこか体を痛めたりしたらアウトだからな…動く時はそれを意識してるよ」


 魔力を扱う際、攻撃に転ずるだけでは勝つことは難しい。その事実を新太は身をもって知っている。


「そういった技法を使っていかないと、駄目なのか。何か練習方法とかあるか?」


「俺としては逆立ちかな。両腕に支える力の攻撃魔力に体全身を支えるための防御魔力を維持し続けるから、どんどん使う量が増えてくる。そして慣れてきたら逆立ちのまま歩き出すとこれがまた辛いんだ」


 手をだるんだるんと動かしながら答える新太は自身がしてきたことを伝えていく。これはそれだけの事をし続けなければ生き抜いていくのは不可能である。


 そしてその事実を理解している克己には新太の言葉が深く心に突き刺さるように抉られていく。


 そうして時間を過ごしていると「ブツッ」と音が繋がる様な物音が響き渡る。


「あーあー。リンドウ・アラタ選手。至急王が観戦しておられる部屋に来て下さい。繰り返します――。」


 その声は実況席に座っている人物であり、何故か直々の名指しでアナウンスしてきたのだ。


「アラタ!?何したの!王様に変な事したの!?」


「ししししてないっ!!断じて何もしておりません!だからリオ頭を掴まないで!?」


「無視するのはヤバそうだな。とりあえず行ってきたらいいんじゃねーか?新太」


「うーわ行きたくねえ…意味の分からない学校の放送で呼び出し喰らった気分なんだけど…」


 渋々新太は椅子から立ち上がって嫌そうな表情で医務室の扉を開ける。


「なあ新太」


「はい?なんすか?」


「頑張れ!ってことと…次に話をするときから呼び捨てでいい。ここじゃ年功序列とかあまり無さそうだしな」


「……わかった。頑張ってくる!行こうぜリオ」


「それじゃあカツキさん。また後で」


 2人は医務室を飛び出す様に後にする。しかし入れ替わりで眼鏡を掛け、かき上げた茶髪のロアン。ヘアゴムでポニーテールの髪型に水色の髪をしたニーナが入ってくる。


「大丈~夫?カツキ。心配で見に来たけど…」


「その顔を見るに。大丈夫そうですね!」


「ああ。ちょっと友達に励まされてた」


 克己は曇った表情を見せることなく笑っていた――。






「え…俺ホントに何したんだろ」


「さあ?最悪処刑もあり得るかもね」


「恐い答えを出さないでえ!?」


 現在新太とリオは何故かこの国の王様から呼び出しを喰らってしまった。わざわざアナウンスを使って、全体的に響き渡っている。そして『王』の名を出しているため悪戯では済まされない。


「そういえば王様の場所にはどうやったら行けるのお?」


「うーん。とりあえず王国騎士の人に聞いてみるしかないんじゃない?」


「あー!嫌だああぁぁ…一旦広間まで向かうか」


 嫌な顔で新太とリオは受付の方へ向かい、そこから広間に現着しようとする算段だった。しかし向かおうとする矢先に声が掛かってくる。


「アラタ」


 その声は聞き覚えがある。


 フードを深く被り顔が見えづらいが、可愛らしい容姿をしていて首までかかったピンク色の髪、そして頭部から獣耳が生えた中性的なカランという人物。


「あ!カランお前今まで何処に行ってたんだ!?ていうかまた他人の武器を盗んでただろ!後で俺と一緒にごめんなさいだからな」


 怒り感情をカランにぶつけるのだが、カランは表情一つ変えようとしない。寧ろ今のカランからは『呆れ』という感情が正しい。そんな表情をしていた。


「シューナと戦っていた時。何で技を避けることを徹底しなかった?」


「何でって…体全身が痺れとか起こして避けるなんて思考にならなかったんだよ。あんな大きな魔法なら尚更でしょ」


「違う。僕が言っているのは、レイピアの形状した黒い魔法のこと。最初に当たる寸前に腕で軌道を逸らせただろ」


「ふ、防げると思ったから」


「この大会が始まる前に僕が言っていたことは覚えてる?」


「……相手の魔法には極力避けること。でもあんな細い形状の魔法なら大したことないだろう?」


「あの魔法には『闇属性』が含まれていた。水属性と合わせた混合技…当たれば体に異常をもたらすことある魔法だった。いいか?これは『殺し』が禁止されてる戦いだからまだいい。でも戦いに置いて意味のない魔法なんてほとんど無いと思ってるよ」


 カランの話を聞いてシューナとの戦闘を思い返してみる。シューナが持っていた武器は斬り付けた箇所の魔力を使えなくするという物だった。ならば武器の特徴を最大限活かす戦法を組み立てている筈。


 魔法だって相手の行動を制限する物ばかりだった。あの試合で勝てたのは本当に小さな小さな奇跡によって生まれた物なのだったかもしれない。


「その小さい脳でしっかり反省して次の戦いに活かしてよね」


「…こっちが黙っていたら言いたい放題言いやがって…!仮にお前の言う通りにしていたとしても100%その戦法が通用するなんて保証は無いんじゃないのかよ」


「まあ、戦いにおいてはどんな策であっても相手の対応次第では腐ったりするなんていうのはあるよ。それでもいずれ分かってくる…特にアラタは直ぐに答えが分かるよ」


「うん?」


「そうだ。一つ賭けをしようか」


「はあ?賭け?」


「次の戦いでアラタは相手からの攻撃を受ける回数を10回以下で勝利する。これだけ」


「はあ!?馬鹿じゃねぇの!そんな勝負、圧倒的に俺が不利じゃねえか」


「ああ。だからもしこれをクリア出来たのなら、僕は何でも一つ言う事を聞くし戦い方に口出しするつもりはない。そしてアラタが達成出来なかった場合は、僕が言っていた通りの戦い方を今後やってもらう。どう?」


「……」


 この誘いは大きなチャンスなのではないか?正直カランはこの旅に最後まで付いてくる可能性は低い。新太を最後まで見届けると言っても自身の存在価値が無くなれば、いつ抜けてしまってもおかしくはない。


 保険は作っておいても問題はない。と考える新太は恐れながらその誘いを引き受ける。


「後でやっぱり、無かったことに~なんて言うのは無しだぞ」


「…分かってるよ。カウントする条件はモロに攻撃を受けた時。しっかり防御出来ていればカウントはしない」


「ああ…それでいい」


「要件はこれでおしまい。この先に進んでいったら審判の人が立ってたよ。何か国王に不敬なことをしたのなら、ちゃんと誤っておいてよ」


「したつもりは無いから!約束は守れよ…後で泣いて謝っても容赦しないからな!」


 カランが指を指した方向に向かって走っていく新太は「バーカバーカ」と言いながらこの重くなっていた空気の中を去っていく。


「ねえ。よかったの?一歩間違えれば最悪な結果になってかもしれなかったけど」


「いやその可能性はないよ。賞金が手に入らないかもしれないけど…今のうちにアラタには理解してもらいたいから」


「…ん」


 リオには『理解してもらう』内容についてはおおよその見当はついていた。しかしそれ以上にカランの瞳は曇っていたことに疑問を抱いていた――。






「なんだよ!カランの奴。あそこまで言わなくていいじゃないか…」


 関係がギスギスしたまま抜けてきたため、新太はふくれっ面でこの大会の審判をしているクロイアという男を探しに広間に向かっていた。


「あら?新太君?」


「うん?あ、凛さん」


 広間に入る直前の曲がり角にセミロングで暗めな茶髪色の女性。透明感がある黒色の鎧に薄く赤い発光を繰り返している部分を持っている物を着ている江口凛という人物が話し掛けてくる。


「こうして話すのは久しぶりになりますかね」


「そうっすね。もしかしたら半年近く話せてないかもです」


「それにしても驚きました。新太君あんなに運動神経が良かったのですね」


「あ~あれは魔物から逃げ回っていたのと戦い方を教えてくれた人のおかげで何とかなってるだけですよ。てか凛さんてギルド建てたんですっけ?」


「ええ。元の世界にあった商品などをこちらの世界で製造して販売しようかと」


「…それ。いいんですかね?」


「生きるため、討伐だけで生計を立てていくのは難しいと判断したまでです。その開発資金が欲しかったのでこの大会に出たのですが、瑠香ちゃんと一緒に負けてしまいました…」


「ちなみに誰に負けたんです?」


「ケイシーさんという方でした。彼女はまさに神出鬼没で、どう戦えばいいのか…」


 ケイシーという名は確か、この大会が始める時に参加者紹介に名指しで呼ばれていた召喚された人物だった。凛が顔を伏せていた所を見ると相当落ち込んでいるみたいで、なにやらブツブツと呟いていた。


「り、凛さ~ん」


 考え事をしている凛の後ろから黒髪ストレートヘアの女性。モコモコとした白い毛に紺色のを基調とした装備で見るからに暑苦しそうな服装を着た上田瑠香という女の子がひょこっと現れる。


「あ……どう、も」


(相変わらず男の苦手意識この世界に来ても無くなっていないようだ…)


「元気してた?そういやよく瑠香ちゃんこの大会に出ようと思ったよね」


「は、はい…私も役に立ちたかったんですけど…あの大きな男の人に負けてしまって」


「大きな男…あ~ドリオンかな。なんとなくだけどアイツは参加している人の中で強いと思うからね~」


「や、やっぱり…そうなんだ…ぁぅ。凛さ~んごめんなさい…」


「大丈夫ですよ。それでは私達はもう行きますね」


「あれ?最後まで見ていかないんだ」


「少しでも時間を有効的に使いたいんです。それに結果は新聞で分かると思いますので…新太君。時間があればいつか私の所に立ち寄ってください」


「あ、頑張ってください…ね」


「うん。頑張る。いつか凛さんの所に友達と一緒に寄るよ」


 そうして凛はお辞儀をして、瑠香は去っていく凛の服にしがみつきながら一緒に付いていく。


「やべ!俺も急いだ方がいいか」


 流石に話しすぎて明らかに時間をオーバーし過ぎている。呼ばれている理由も分からないのに国王からの呼び出しを無視すれば命が危ない。


 広間まで全力疾走で駆け抜け、階段を上がっていくと試合の審判を任されている白銀の鎧を着たオレンジ色の髪色で七三分けされトラッド風な髪型をした男性。クロイアが立っていた。


「あ、あの~」


「貴様…どれだけ王を待たせる気なんだ!」


「いや!もう!ホントすいませんでした!」


 クロイアに睨まれた瞬間に新太はすかさず素晴らしい土下座を魅せていた。


「いいから着いてこい」


 そうして新太はクロイアの後ろをせこせこと着いていく。一歩一歩足を動かしていくとどんどん重たくなっていくのが空気で分かっていく。


(この先に王様が居るってのがひしひしと伝わってくる…)


 大きな扉の前に立つとクロイアは足を止める。そしてクロイアが振り返ると形相を変えて新太の方を見始める。


「いいか。この扉の先に王が居られる…無礼なことはするな」


「はい…承知しております」


 緊張しながら扉の取っ手に手を掛ける。別に重たくない扉なのに動かそうとすることが出来ない。


 しかし――。


「ふぅ……」


 ガチャッ。と一息呼吸を入れてから重たく感じる扉を動かした。


 向けられてくるこのプレッシャーの中、新太は何故開けられたのか。その理由の一つは至極簡単で、これ以上に恐い体験をしていたからである。


「……とりあえず敵意を剝き出しにするの辞めてもらえます?」


 その扉の先に座っていたのは、ルミノジータ・ウキメ・イニグランベという女性。薄紫色の髪色で束ねた髪を後頭部でまとめた髪型をして、こめかみ部分には煌びやかな髪飾りを付けていかにも王族らしい衣装を着ている。


「ふっ。すまないな。少し貴様を試させてもらっていた」


 向けられてくる圧が無くなっていくと無意識に震えていた新太の指先が落ち着きを取り戻していく。


「まあ、来てもらった理由(わけ)は一つなんだ。貴様は何故この催し物に参加しようと思った?」


「自分の力をこの国の為に使いたいから」なんて嘘を言って評価を上げてしまおうかとも考えたが、もし気に入られようものならこの旅の目的の『救いたい人』が助けられなくなる。


 ならばここはあえて正直に話すしかない。


「俺は俺のことを助けてくれた人を助けたい。けど今すぐには出来そうにないし、国のあちこちを回らなきゃいけない。そのため金が必要だったから参加した…それだけだ」


「ほう。その恩人のおかげで今の貴様がいるということか」


「まあ…そうなりますかね」


「なるほど…王である私からすれば、その恩人は非常に勿体ないことをしたと思う」


「ん?」


「貴様が武器を扱う事が出来ないという報告は受けている。なら貴様の戦法に合わせた型を編み出すのが優先になるはずだ。しかしその闘い方は魔力を込めた近接戦が主流で魔法は稚拙…余程その恩人は育成面は乏しいと見えるな」


 そうではない。そうではないのだ。彼女は自身の為に最善を尽くしてくれたのだ。結末が分かっていればもっと教えてくれていたのだろう。


「いや…その人が危ない目に遭ったのは俺のせいだから。俺がもっと死ぬ気で取り組めば。俺にもっと才能があれば。変わった結末を迎えられたかもしれないんだ。て言っても、今更ないものねだりするのはどうかと思うけど」


 一礼して新太は扉の取っ手に手を伸ばして部屋から出ようとする。


「それに俺が思うに本当に強い人は自由自在に動ける人だと思いますよ」


「……惜しいな」


 小さく。この国の王が呟いた――。


「最後に一つ。聞いておきたい」


「はい?」


「次に貴様が闘いたくない相手は誰か上げてくれないか?」


「…え?戦いたくない人?戦いたい人じゃなくて?」


「ああ。そうだ」


(ええ~そうだなぁ。入賞までには少なくともあと一回勝たなきゃいけないんだよな…なら)


「俺が戦いたくない相手はドリオンって言う人です。あの人が参加してる中で一番強いと思ってるから」


 それにドリオンの方も新太と戦いたいと言っていた。なら彼は勝ち上がってくるのだろう…約束を果たすために。


「なるほど。分かった…リンドウ・アラタ。私に失望させないでくれよ」


「ん?」


 その言葉を聞いても意図が分からない新太は静かに部屋から退出する。そして部屋を出た扉の先にはクロイアが待ち構えていた。


「無礼なことはしてないだろうな」


「ん~して、ないと思いますよ」


 今思えば自身の発言にはかなりのグレーゾーンがあったかもしれない。そう考えると別の意味で体が震えてくる。


「ま、お前如きが王に触れられることはないだろう。さっさと控室に戻れ」


「へーい」


 この締め付けられる様な空気から逃げるように新太は急いでこの場を離れる。







「うーん。やっぱり着ている服は着替えた方がいいか…一歩間違えれば半裸に近いぞ」


 鏡で自身の姿を見ながら黒いシャツの状態を確認するが、布面積は無くなりかけていた。しかし現在の懐事情は虚しく、買える金額は持ち合わせていない。


「このままだと俺の乳首が観客達に露呈してしまう…なにか方法は。お?」


 この控室の中を見渡していると壁に備え付けられている救急箱を発見する。壁から取り外して中を開けるが、誰かに乱雑に散らかされておりまともに使えそうなのは包帯ぐらいだった。


「うーむ。これで出来そうなのはサラシみたいな感じで巻き付けて、少しでも露出を抑えるか」


 元の世界でもサラシなんてするような柄ではないが、もう巻かないよりはマシだと思ったので早速取り掛かる。


 慣れない作業で時間が掛かっていると腕に着けていた腕輪が光始める。


「げっ!もう集合かよ!」


 この光は次の対戦相手が決まった時に発せられる合図であり、急いで闘技場に向か合わなければならない。


「くっそ~こういう時ってどうして手先がこうも不器用になるんだぁ!」


 締め付けすぎないように、緩すぎないようにを心がける。とりあえず腹部に包帯を巻きつけられたので、余った包帯を箱に戻して元の位置に取り付けてシャツを持って急いで闘技場に向かう。


 もうすぐ3回戦目。そしてカランとの間に交わされた約束は、相手の攻撃を10回以内で倒すこと。


 対戦相手について話があったが、果たして提示した人物と戦わないという条件を守ってくれるのだろか。


「ドリオンとは戦いたくないと言った。となると裕樹かケイシーって奴のどっちかと戦うのか…?」


 悩みながら進んでいくと闘技場前通路に辿り着く。そこからでも分かるのが戦いを楽しみにしている観客達の声が騒がしい。


「なんか…最初の時より声が大きくなってない?」


 この歓声がより緊張感を高ぶらせてくる。さてどうしたものか…。


「もう心を無にして進むしかないじゃん」


 外の光が目に入ってくるので目を細めて歩き出す。両耳からは歓喜の声が入って耳が一瞬聞こえなくなってしまう。


 そして向かう先の闘技場の中心には女性が立っている。


(あれは…ケイシーっていう奴か)


 その人物は欧米人のような雰囲気があり、グレー色がかったハイライトカラーでショートヘアの大人びた女性。


 羽の飾りが付いたハット方の帽子に黄色の貴族の様な衣装を身に纏っており、腰には2刀の剣を携えている。


(戦う相手はこの人か…またしても女性かい!)


「さて!いよいよ始まる3回戦!最初の組み合わせはコレだぁぁ!神出鬼没の女性剣士…ケイシーィィィィ!」


 呼ばれたケイシーは腰に装備している2刀の剣を引き抜いてアピールし始める。


「あの王様ちゃんと約束を守ってくれたんだ」


「ん?約束」


「次の対戦相手で戦いたくない相手を選ばせてくれることについて。勝ち残っている中で君が一番勝てそうだったから、残り2人の名前を言ったわけ」


(サラッと今馬鹿にしてきたぞこいつ)


「さあ対するは、まるで爆走人間!彼の進撃は止められるのか!リンドウ・アラタァァァッッ!」


(爆走人間ってなに!?俺は巨人でもなければ進撃もするつもりもないんですけど!)


「……先に行っておくが、俺は勝負になったら女性だろうがなんだろうが遠慮なく殴れるからな」


 馬鹿にされているという事実を受け入れる訳にはいかない。しかし相手もここまで勝ち残ってきたのだ。油断は出来ない。


(そしてカランとの約束で10回以内の攻撃で倒す…ガードすればカウントには入らない。さてどうなるかな)


「では…両者。前へ」


 クロイアが催促すると、新太とケイシーは前に歩みだす。ケイシーは2刀の剣を構えると七色に光りだす。その光に照らされながら新太も拳を構える。


「さあ。両者共に準備は整いました!合図の魔法が今、王から放たれます…」


 立ち上がった国王の指先からは金色に光る魔力が出現し、その光球が空に向かって放たれる――。


(あ、れ?)


 光球が光ったと同時にケイシーの姿が消えていた――。


「どこに――。」


 振り向いて辺りを探す新太の視界には戦う相手の足が迫っており、その蹴り技を防御できずに顔面に喰らってしまう。


「ぐぁ!?」


 死角から繰り出される攻撃を喰らって倒れこんでしまうが、直ぐに立ち上がって状況を再確認する。


(クソ!早速攻撃を喰らっちまった!だけど…こいつ今どこから現れた…?)


 この戦いの火蓋は開始早々切って落とされる――。


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