8話 「更生」

 辺りが燃えている森の中で怒りの感情を露わにして、走る少年が一人。



 髪色は茶色寄りで短く、髪型は少しツンツンして逆立っており、灰色の上着を着た輪道新太という少年がとある女性に向かって走っている。



 そんな新太に相対しているのはロザリーという女性で、紫の長い髪、手には少し歪な形をした槍を持っており、全体的に少し暗めの装備を着こなしている。



 ロザリーは新太の目の前で、分かり合えそうな人を殺害した。その光景を目の当たりにしてしまった新太は、それが許せなくて少女の声さえも耳に入ることなく突貫していく。



「待ってアラタ!迂闊に近づいちゃ――。」



 そんな新太に声を掛ける少女はリオという。薄い緑色の半袖の上着を羽織り、ショートボブの藍色髪で頭には赤いカチューシャを着けている。



「うおおおおおおお!!」



 お構いなしに新太の右拳がロザリーの元へ近づいていく。しかしロザリーが持っている歪な形をした長い槍に阻まれる。



 ロザリーは槍で押し返し、新太はよろけてしまう。ロザリーは槍を横に振って攻撃し刃が身体に届く前に新太はしゃがんで避ける。



 その隙を狙って新太はロザリーの腹部にパンチを繰り出す。すると意外にもその攻撃がロザリーに当たるのだが、ロザリーは微動だにしていない。



(な、攻撃が当たったのに…なんだこれ硬い…のか!?)



 ダメージは通っているのか新太には分からない。目線を恐る恐る上げロザリーを見る。表情は妖艶に笑っており、ダメージは通ってないと、瞬時に新太は悟り、すぐさま離れようとするのだが右手首を掴まれ、新太の顔に膝蹴りが当たる。



「ぅぐ!!」



 新太はその攻撃に反応出来ていたため、顔に防御魔力を集めるダメージは少なく抑えた。だが右手は掴まれたまま。ロザリーは槍を新太に向け、まっすぐに突き刺そうとする。



「んおらあ!」



 新太の身体には槍は刺さることは無く、先に新太の蹴りがロザリーの脛に炸裂し、ロザリーはバランスを崩したため新太は槍の攻撃を躱すことに成功する。その一瞬手が緩むのを感じたため、すぐに手を振りほどき距離をとる。



「はあ、はあ。危ねえ…結構強いな」



「っつー。痛いじゃない…」



「何で、それほどの強さを持っているのに他人の命を簡単に奪えるんだ!アンタなら冒険者として活躍出来る筈だろ」



 何故この人物が強者だと思ったのか、それは自身の拳をモロに喰らったのに微動だにしていなかったことと、ロザリーはその時の攻撃に防御魔力で覆っていなかったこと。



「それだと…簡単に周りから忘れられるじゃない…」



 槍をブラブラと振りながら、ロザリーは喋る。しかし新太は気づいてしまった。ロザリーの表情からは悲しみを含んでいたことに。



 しかし、それでも新太は――。



「忘れられたくないからって、命を奪ってまで有名になっても意味ねえだろうが!」



「何も知らない赤の他人が、出しゃばるんじゃないよ!」



「ああそうだ。俺はアンタの事は何も知らない!でもアンタは、力の使い道を間違えていると思わないのか!ほんの少しだけでも、誰かを救おうって思わなかったのか!お前がこれからしていく行いは、仲間蹴落として自分から敵を作ってしまいそうな馬鹿がやる行動だ!」



「………」



「そんなことでしか、有名な存在になれない奴なんか、俺がぶん殴ってやる!」



 新太はロザリーの意見を否定する。今どんなにロザリーが意見を言っても新太は否定して、自分の意見を貫き通すだろうとする。ならば、どれだけ口を開いても意味のないことだと理解した。



(だって、もう引けない所まで来てしまったんだから…)



 ロザリーは夜空を見上げて、何かを思う。そして立ち上がろうとする目の前の少年へと向き直し、槍を構える。



「なら…アンタがそこまで言える力があるなら、この私を倒せるっていうことよね!」



 ロザリーも自分の思いを槍に乗せ、力を込める。



「アジャンヤーネスピアッ!!」



 地面に槍を挿すと光を放ち、新太は思わず手を顔の前に出し、眩しさを軽減する。



「ま、さか…神代器っ!?」



 まさかの言葉にリオが居る方へ顔を向けようとしたが、敵から目を離すわけにはいかず、もう一度敵の方へ視線を戻す。



 ロザリーを中心に衝撃波が発生し、新太達を囲んでいた火が一気にかき消される。すると先程まで燃えていた木が、グニャグニャと形を変えていく。



(これが、神代器の能力なのか!?)



 初めて目の当たりにする神代器の力。



 神代器とは概念すらも操れる力を有した代物である。最初は透明なガラス玉の状態で存在し、選ばれた者は最初にどんな形の武器を扱うか決めることが出来る。そして破壊は通常の武器では決して破壊出来ない、所有者が健在な限り敵に使われる事はない。



(マジで…やばい奴に出会っちまった!)



 蠢いている木が変化すると、4体の木で造られた狼の様な獣がロザリーの周りに出現する。新太が身構えた途端に4体の獣が新太に襲い掛かる。



 最初の1体目は顔を裏拳で弾き飛ばして、2体目は横腹を回し蹴りで撃退する。しかし残った2体からは背中から噛みつかれる。



「ぐ、おおおおお!」



 力を振り絞り肩に噛みついている獣を投げ飛ばしロザリーの方を見る。するとロザリーの姿はそこには無く、完全に見失ってしまった。



「後ろよアラタ!」



「ッ!?」



 リオの声で気付いた新太は目線を後ろに向けるとそこにロザリーが神代器の槍を突き出した状態で近づいていた。



 槍の攻撃を喰らわないように上半身を反らして避けるが、左頬に深めの傷を付けられてしまう新太。



 傷口を手で塞ぎながらロザリーから距離を取り、ロザリーの後ろにリオが座っている構図になってしまう。



(しまった…!リオと離れちまった。それにあの4体の獣…殴った感じだと木の感触で包まれてるから防御力は備わってやがる!)



 しかし1体1体の強さはそれほどでもない。群れで襲われることが非常に厄介なのである。



「大丈夫?変な汗が出てるみたいだけど?」



「なあに気にすんな。ちょっと連戦で疲れが出てきただけだよ」



 ロザリーが笑い、手を前に突き出すと再び4体の獣が襲ってくる。



(どうする?こいつらに構っているとロザリーの攻撃が来る…かと言ってこいつらは無視できない!それにもうロザリーの姿は消えてるし……そうだ!)



 新太は腰を少し落として右拳にありったけの魔力を溜め込む。そして4体の獣が自身の元へ近づいてくるのを空気で感じた瞬間に、その右拳を地面に叩きつける。



「うおおおおおおおおおおっっ!」



 地面にヒビが入ると周囲には一気に土煙が舞う。4体の獣は足がすくんだのか様子を伺うためかその場から動かない。



(このガキ!なんて力を持ってるの!?)



 同時に攻めようとしていたロザリーも顔を隠して新太の姿を見逃さないように少し離れようと歩き出す。



「逃がすかこの野郎ッ!!」



 土煙から新太が飛び出しロザリーに向かって渾身の飛び膝蹴りが顔面に炸裂する。



 ロザリーは新太が4体の獣に襲われて身動きが取れない状態になった時に攻撃をしてくる。ならば自身の姿が見えない状況を作り出せないか?単純な策で賭けに出たのだ。



 飛び膝蹴りに続いて右フックや左ストレートでロザリーを攻撃していく。顔を歪ませたロザリーは新太に蹴りを入れて反撃し再び互いに距離が生まれる。



「くっそ~はあ、はあ…あともう一撃ぐらい打ち込みたかったんだけどな!」



「その割には結構疲れが出てるように見えるけど?」



 事実新太が先程行った行為は体力の消耗を著しくしてしまった。4体の獣はロザリーの元へ、新太は再びリオの前に立つ。



「大丈夫?アラタ」



「リオ。もう立って大丈夫なのか?」



「うん。おかげで動けるようにはなったよ…でも厄介だね。あの木の獣」



「それもあるけど、ロザリーの武器は動物を生み出す能力だけなのかな…」



「他にもなにかあるの?」



「最初にロザリーを殴った時、違和感があったんだ。防御魔力を纏っていないのにアイツは微動だにしてなかった。まだなにかあると思うんだよな」



「なるほどね…」



「ねえお2人さん?作戦会議はもういいかしら?」



 口元を拭いながら新太とリオを睨みつけると再び槍を地面に突き刺すとさらに周囲の木が変化していく。



「また数を増やす気!?」



「……なあリオ。お前は魔法とか使えるか?」



「一応火属性の魔法は扱えるよ」



「それはありがてぇ。アイツが操ってるあの獣の材質は完全に木で出来てるし、1体の強さはそこまでない」



「わかった。でも少しだけ時間を頂戴」



 リオは革袋から部品を1つずつ取り出していく。そして組み立てていくと1つの弓が出来上がる。



「え、弓?弓使うの」



「うん。矢の本数にも限界があるから一撃で仕留めるつもり」



 リオの目つきが完全に変わると弦を弾き矢の先に炎が集まっていく。



「出来れば奴らを一か所に集めていて欲しいの。頼りにしてるから」



「やるしかないんだろ。じゃあ頼む!」



 4体から10体に増えた獣に向かって走る新太は、リオの邪魔をさせないように確実に1体1体を攻撃し注意を惹きつける。



(思い出せ!先生と過ごした地獄の日々を!)



 殴り飛ばし、蹴り飛ばし、投げ飛ばし、時には噛みつかれる。



 しかし彼は動き続ける。痛みはアドレナリンが出ているためか、今は苦痛ではない。



「こんなの!全然大したことないんだよおぉぉ!!」



『何か』を動力源として突き進む新太は10体の獣をなるべく一か所に集めた。



「これでいいかリオ!」



「全然問題無いわ!むしろ上出来…」



 矢の先端から魔法陣が展開され炎が生み出され、リオの口から魔法の詠唱を唱え始める。



「炎よ命令する。我に在りし力を使い、この矢にすべてを焼き尽くす炎を宿せ!」



豪炎の一矢バーン・マルス!!』



 バビュウゥッッ!!!



 放たれた矢は勢い良くまっすぐに突き進むと、10体の獣に火が燃え移る。獣達は苦しんで焼かれていき、黒い炭となっていく。



「よっしゃ…これでアンタだけになったな!」



「ホントに…つくづく腹立つガキ共ね。疲れるからこの手は使わないようにしてたけど、アンタ達には通用しないから使わせてもらうわ」



 槍を横に持つとロザリーの体が光始める。息が絶え絶えの新太は少し絶望に浸ってしまう。



 目に入ってしまいそうな汗を拭うため、腕を使って拭き取る。するとほんの一瞬だけロザリーを視界から外しただけなのに、姿が消えていた。



(今度は姿を消せるのか!?)



 ぐるぐると辺りを見渡すが、ロザリーの姿は見えない。



「アラタ――。」



 リオの声が聞こえると新太の正面にはロザリーが槍を構えて、今まさに攻撃をする態勢に入っていた。



 当然新太は反応出来ておらず、腹部に槍が突き刺さる。



「ぐああ!?」



(完全に突き刺さった…!?)



 しかし新太は倒れることは無く、立ったままの状態でロザリーの槍を掴んでいる。



「あっっぶねえ…な!本気で死ぬ所だった」



 あの瞬間新太は完全に無意識だった。しかし意識せずとも体の一部は動いたのであり、右腕で槍の軌道を少しずらせたのである。そのため新太の腹部に大きな風穴が空くことは無く右脇腹に刺さるだけで済ませた。



「喰らえ!!」



 新太は槍を握ったままロザリーに向かって左ストレートを顔面に当てるのだが…。



「なっ!?」



 最初に殴った時と同じで、ダメージが通らない。その後に蹴りを叩きこむのだがそれも効いている様子は無い。そして手を振りほどかせたロザリーが縦方向に鈍い速度で槍を振りかざしくるため、新太は横に転がってロザリーの攻撃を避ける。



 だがロザリーの攻撃した先に生えていた木が縦に切断されるのを見た新太は愕然とする。



(なんつー破壊力だ!あんなの喰らったら真っ二つは避けられない…ん?)



「フウ……フゥ……」



 ロザリーが息を切らして新太達を見ている。先程まで余裕綽々だったのだが、明らかに顔が疲れている表情に変わっていた。



(あんなに息を切らしてるのはなんでだ?神代器の力って奴はそんなにも体力の消耗が激しい物なのか?)



 槍を杖代わりにして立っていたロザリーは息を整えると、槍を構えて再び新太の視界から消える。



(またか!?)



 消えたロザリー見つけるため目を精一杯見開いて周囲を警戒する。すると新太の視界の端に一瞬だけ黒い影が目に映る。



(そこだ!!)



 魔力を込めた右ストレートを当てようと体の向きを変える。その先にはドンピシャでロザリーの姿があり、槍と拳がぶつかり合う。



「うあああああっっ!!」



 力で押し負けたのは新太の方で後ろに吹き飛ばされ、木に背中を打ち付ける。それと同時にロザリーは膝を着いて座り込む。



(今ならアイツを殺せる!)



 リオは腰に携えていた短刀を抜くと疲れ果てているロザリーの元へ迫っていく。そしてうなじに短刀を突き刺そうと刃が近づいていくが――。



 ガリイィィン!!



「――は?」



 短刀の刃が簡単に砕けてしまった。そしてロザリーはリオの顔にパンチを繰り出して地面に倒してしまう。



「ハア…もう終わり?案外口だけの奴なのね…」



 ドンッッ!と大きな音を立てて立ち上がるのは右手から血を流している新太だった。



「まだ、俺は参ってないぞ…!」



 フッと鼻で笑ったロザリーは手を前にかざすと、魔法の詠唱を唱え始める。



「氷よ命令する。我に在りし力を使い、氷のつぶてで四肢を貫け!」



高速の氷塊ピアーズ・マルクーア!』



 ロザリーの周囲に鋭い氷柱が浮いており、ギョっとした新太はそこから移動を開始する。新太の想像していた通りにロザリーは浮いている氷柱を飛ばし始める。



「氷の魔法とか撃てるのかよおお!」



 木を遮蔽物にして無数の氷柱を掻い潜り、大きな岩の陰に隠れて様子を伺う。その間も氷柱は岩を削り続ける。



(何でアイツは急に魔法を撃ってきた?さっきと同じ様に一気に距離を詰めれば奴の勝利は確実だったのに。でも何処か引っかかる…)



 新太の近くに現れるまでは消えたように距離を詰めてくる。しかし攻撃をしてくる瞬間はハッキリと見えた。そしてこちらが攻撃をした時にはダメージが通らなかったが、異様に速度が遅かった。



(もしかして!いやでも確証は薄い…)



 考え込んでいると岩にヒビが入り始める。迷っている時間はあまり無いため、新太は賭けに出る。



 勢いよく岩陰から飛び出して氷柱を避けながらロザリーへ近づいていく。そして左フックで殴りかかろうと拳が近づく寸前、ロザリーの姿が消える。



(落ち着け、よく見ろ!必ず隙を出してくる!)



 ほんの少しの静寂に包まれた空間に小さい物音が響く。そして新太の真横にはもうロザリーが槍を構えて姿を現す。



 しかし新太は視えていた。



「おおおおおおおおおおっ!!」



 クロスカウンターの様な形でロザリーの顔面に渾身の右ストレートが炸裂する。



「が、あ…!?」



「お前は武器の力で、速さ、防御力、攻撃力を底上げしているんじゃないのか?」



「底上げ?どういうことなの」



「消えたように見えたロザリーは、高速で移動してた。仮に姿を消す能力が有ったのなら、俺を一刺しするだけで簡単に倒せる。でもこいつは姿を見せて攻撃してきただろ?」



「そっか。本当に姿を消せるなら不意打ちなんて簡単に出来る…じゃあ底上げって言うのは?」



「俺がさっき槍を掴んでカウンターしようと攻撃を当てた時、表情を一切変えずに攻撃をしてきた。でもその攻撃は鈍く、簡単に避けることが出来た。破壊力は凄かったけどな…」



 リオもこの戦いの一部始終を見ていたから分かる。行動一つ一つに抱える僅かな疑問点に。



「どれか一つの力を上げる代わりに、何かが犠牲になる…ってこと?」



「ああ。多分だけど力が上がる代わりに速度が落ちる。防御力が上がる代わりに攻撃力が落ちる。速度が上がる代わりに攻撃力が落ちる。それをアンタは状況に応じて変えていたんだろ?」



「まさか初見で見破られるなんてね…今まで早期決着を着けてきたツケが回ってきた感じかしら」



 ヨロヨロと立ち上がるロザリーは鈍い動きで新太に襲い掛かる。動きが鈍いという事は攻撃力が上がっている状態だということ。新太は次々と簡単に避けていく。



 それだけではない。身体に掛けた負荷により本来の動きが出来なくなっている。それにより先程の攻撃も新太は避けることが出来た。



「もう止めろよこんなこと。息が上がって躓きそうになってるじゃねえか!限界なんだろ?」



「うるさい!こんなんじゃあ見返せない!私を見捨てたクソ親父にぃ!」



 振り下ろした槍が新太を捉えて繰り出される。だが新太は両腕を交差してその攻撃を受け止めていた。



「お前がどんな風に過ごしてきたかは知らない…見返すんじゃなくて、お前はその関係性を切るべきだったんだ!そして自分が本当に成りたい物に向かって突き進めばよかったんじゃないのか!」



 新太はロザリーの右手首を掴み、自分の方へ引き寄せる。



「本当に忘れられたくない存在になりたいなら、その在り方について考え直してこい!!この馬鹿野郎がッ!!」



 ロザリーは左頬に新太の拳を喰らってしまう。その瞬間の攻撃は一切魔力を纏わせていない。ただただ何も無い少年の拳なのである――。






















 私にはこの世に産まれた意味なんて無いのだ。



 私の両親が結婚したのは、私が妊娠していたから。用は授かり婚というもの。



 私が産まれてからは、上手くいかなかった。親はいつも喧嘩していて、家に居場所は無かった。



 そして結局は離婚して、私は父に引き取られ、嫌々過ごした。そんな中父に新しい人が見つかった。



 でもそれは私を地獄に落とす運命に過ぎなかった。



 父は私を除け者にし、その人と過ごす様になっていた。そしてその間に子が生まれると、完全に私を疎外した。



 そして数年が経ち私は見た。



 それは私という存在を忘れて、楽しそうに幸せそうに家庭を持ち、暮らしていたから。



 それが私にとっては許せなかった。私だけなぜこんな暮らしをしなければならないのか。そう思うようになったから…だから…



 殺そうと思った。



 でもナイフが動かせなかった。寝ている男の首元に突き立てれば簡単なのに、それが何故か出来なかった。



 私はたまらず家を出た。あんな男を殺せなかった自分に腹が立つ。意気地が無い自分に腹が立つ。



 忘れられてしまう存在になってしまえば、それは価値が無くなるということ。



 それが嫌で私は生き抜いて行くために犠牲者を出し続け、結果この変哲もない少年に負けた。



 あの少年が言っていたように、覚悟を決めて別の生き方をすれば、忘れられない存在を目指せば、私は変わっていたかもしれない。



 でも…それでも…もう私は救われないのだから…













「はあぁ…よ、しゃ…勝てた!」



「だ、大丈夫!?」



 足をひきづりながらリオは近づく。新太は顔を上げ、笑顔でこう言う。



「あぁ…問題解決…?でいいのかな。勝ったぜ!」



「…!うん…そうだね」



「てかお前さ服ボロボロになっちまってるな…俺の上着貸してやるから」



「流石にそれは悪いよ」



「でもお前はそんな薄着だと風邪ひくかもしれないだろ?」



 フードの部分を持ちリオに渡すと、小さい声でお礼を言うリオに新太は軽いノリで言葉を返す。



「ロザリーは、どうするの?」



「武器を取り上げる。これだけでいいかな」



「そ、それだけ!?捕まえたりは!?」



「俺は言っちゃあよそ者なんだぜ?それにこいつの一番の力はこの槍だ。これを取り上げれば、しばらくは大人しくなるだろ」



「でもこいつは…!」



「分かってるよ。こいつはいろんな奴を殺してきた。もちろんお前らの仲間も酷い目に遭わせた。新しい武器を手に入れて、もう一回来るかもしれない。それでも俺は…こいつが完全に悪だとは思えない…リオにとってまだ許せないんだって言うのなら、俺はお前達に処遇を任せる」



 歯を食いしばっているリオに、この言い分は効くのか分からなかった。「はあ」っと息を吐き捨て落ち着きを取り戻す。



「……はあ。わかった。あんたに任せる…あ、でもどうやって奪うの?神代器は武器の形のままだと所有者以外は持てないんだよ?」



「そのことだけど、多分俺は例外だよ。どんなに重たい剣だって片手で持てたんだ…この呪いも利用すれば利点に繋がるだろ」



 槍を拾い上げようとロザリーの元へ近づいていくと、ムクりと再び立ち上がる。



「うお!?悪いけどアンタの武器は取り上げさせてもらう」



「ま…だ…よ…」



「「っ!?」」



「もう勝負はついただろ!?もう大人しく帰れ!」



「ここまで来て…終われる…わけないでしょ!私は誰にも忘れられない…力が欲しい!」



 ロザリーは血迷った行動を取ったのか、神代器の槍を自身に突き刺したのだ。



「お前何を!?」



 その直後、ロザリーの体は内側から膨れ上がっていく。肉がグジュグジュと音を立て、煙が上がってくる。



「おお…オオオオオオ…」



 声が野太くなっていき、スリムだった体は無くなって、体は大きくなっていく。



 するとロザリーが持っていた槍は光を失い始め、透明なガラス玉に戻ってしまう。



「わあ!?ちょっと!?」



 新太はリオ背負うと同時にその場に落としてしまったガラス玉を拾い上げ、全速力で逃げていく。



「どうしたの?急に!」



「逃げてんだよ!クッソ!俺も言えた事じゃないけど土壇場になると人って変なことするよな!」



 新太は逃げ出す。こういった人が追い詰められた場面で人は何かをする、現代社会を生きていた時に、よく見ていた漫画やアニメなどで、こういった展開の先を知っていたから動いたのだ。



 体に負ったダメージが新太を蝕む。だがそれ以上にまずいことが起こると悟った新太は、必死に痛みを忘れようとする。



 そして後ろからは「オオオオッッッッッ!!」という野太い声が聞こえてきたのだった――。


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