7話 「大切なものと嘲笑う炎」




少し時は遡る――。



暗闇の森の中を走っている少年が居た。髪色は茶色寄りで短く、髪型は少しツンツンして逆立っており、灰色の上着を着た輪道新太という少年。



その新太は一人の少女の為に走っていた。



(んああああっ!場所も分からないのにどうして飛び出して来ちゃったんだよ俺の馬鹿!!)



飛び出してしまった事を少し後悔していたのだが、もう後には引けない。新太はとりあえず闇雲に探し始めるのだが、突如茂みが揺れ動く。



「敵か!」



魔物だと思って新太は臨戦態勢をとったが、それはすぐに解かれた。



「頑張れ…もう少しで集落だ…!」



負傷した人が2人、互いに肩を貸しふらふらと歩いている。だがそこに探している少女の姿は見えなかった。



「なあ、おい!お前ら襲われたんだろ?リオはどうした!?」



「お前は?…いや今はそんなことはいい…リオは俺達の時間を稼いでくれて…」



そのリオという少女は薄い緑色の半袖の上着を羽織り、ショートボブの藍色髪で頭には赤いカチューシャを着けている。



「置いて行ったのかよ…」



「くっ…仕方…なかったんだ」



男は顔にシワを寄せ目を逸らす。だがこれは大きなチャンスが出来た瞬間でもある。分かれた地点がこの先にあるのならリオが近くに居る可能性が高い。



「リオと別れたのはこの先か?」



「…まさか行くのか?」



「誰もやらないってなったら、誰かがやらないといけねえだろ。あと、敵は何人か、どんな奴らだったかわかることだけ教えてくれ」



「しかし――」



「それに!もう一人の奴は早くしないと危ないんじゃないか?」



新太は言葉を遮って言う。肩を貸している男は負傷している男を見て、ため息をついて口を開く。



「敵は5人。親玉と近接戦を得意にしてる奴が1人。後は後衛で魔法使う奴で三角帽子を被った女と軽薄な服を着た男の二人だ」



(囲まれて袋叩きされたら終わりだ。まずは魔法使う奴を倒さないと…)



「……お前を信じて良いのか」



「あー。絶対出来る…とは言えない。けど…出来る限りはやってやるつもりだ」



「…わかった」



「じゃあ…後は気をつけてな」



「集落に着いたらすぐに応援を呼ぶ!」



新太は2人の通ってきた道を走って行く。敵は親玉を含めて5人…ただでさえ新太は1対1の模擬戦の経験しかなく不安要素しかない。



(俺に残された手段は、武器を使うことしかない。前に一度壊れた瞬間の衝撃、ダメージはあるのか。気になって無機物を殴ったら破壊は出来たけど使用した武器は壊れた…)



新太は落ちている丈夫な木の棒を拾い上げる。複数人の敵が居るため人数分の武器替わりの物を探してみるが、木の棒が2本しか見つからなかった。1本は手に持ち、もう1本は背中越しにズボン中に挿す様に入れる。



「お…?なんだこの匂い?焦げ臭い…」



探す事に夢中になっていた新太は違和感に気付き始めた。それは何かが燃えている様な焼き焦げた臭い。



(もしかしたら、アイツはその先にいるのか?違っていたとしてもその近くにはいるはず)











――――――――――――――――――――――――――――――――――




「リオ!なんとかしてやるって言いたいけど、正直自信は無い。でも今だけは俺を信じててくれ」



「ありがとう…アラタ」



リオの前に立ち塞がる様に新太が敵の前に現れる。その時の新太は内心違う意味で焦っていた。



(やばい…なんか普通に恥ずかしいことを言ってしまった気がするぅ…!しかも女子の前で!)



「へえ~仲間が居たのね。でも状況は理解出来てる?たった1人増えた所で数はこっちの方が上よ」



笑みを浮かべている女性は紫の長い髪が特徴で、手には少し歪な形をした槍を持っており、全体的に少し暗めの装備を着こなしている。



「そんなの百も承知だ。でも俺がアンタらを倒す可能性だってあるかもしれないだろ?」



「へぇ~言うじゃない。じゃあその言葉、しっかり覚えておくわ」



「リオ。少し離れててくれ」



無言で頷くリオはよろめきながら移動する。



リオが離れると同時に側にいた男女は、武器を取り出す。体格が大きい男は大剣を。三角帽子を被った女は杖を前に向ける。



「さあ!行きな!!」



「ぅぐ!?」



女の掛け声と共に男は新太に向かって大剣を構えながら走ってくる。



しかし男の表情は何故か苦しそうで、何かに耐えながら行動している様にしか見えなかった。



男は横振りで新太に攻撃をしてくるが新太は後ろに飛んで攻撃を躱すが――。



「ぁが!?」



頭上から突然、雷が新太を襲い地面に膝を付ける。すかさず男は攻撃を受けた新太に回し蹴りを喰らわす。しかし新太は意地で蹴りの攻撃を片腕で防御しダメージは抑えた。



(いまの…どこから?)



しかし考える時間は与えられない。男は座っている新太に剣を振り下ろしてくるが、地面を転がって攻撃を避ける。



「ぉ熱っ!?」



転がって避けた際に燃え広がっている箇所に入ってしまったようだ。



(そうだった!辺りは燃えてるんだった…)



ズボンに着いた火を叩いて消し、敵の方へ向き直し状況を再確認する。敵は3人で親玉は戦闘には参加する気はないらしい。近接は大剣を持った男。ではもう1人は?



(そういえばリオの仲間に合った時、後衛が2人って言ってたな…もしかしてさっきの攻撃は帽子被った女の人が?)



だとすれば非常に戦いづらい。剣の攻撃を喰らってしまえば致命傷は確実。そして魔法の攻撃も避けなければならないが、それに気を取られると体力が持たない。おまけに敵のリーダーと戦わなければならないため、早期決着をしなければならない。



「何やってるんだい!さっさとやっちまいな!」



怒鳴る様に発言すると、剣を持った男と三角帽子を被った女は苦悶の表情を浮かべる。



「何だ…?」



胸を抑えながら男はまた突貫してくる。しかし新太は避けようとせず、こちらからも正面からぶつかるという選択を取った。



(別に相手は滅茶苦茶速く動ける訳じゃない。剣の軌道は何とか分かる!それなら攻撃が来る前にこっちの攻撃を届かせる!)



右拳に魔力を纏わせ男に目掛けて攻撃をするが、大剣で受け止められる。しかし新太の攻撃は止まらず、今度は右脚のハイキック。



「うおおおおおおおおっ!!」



浮かせた体に今度は左フックを脇腹に打ち込む。しかし感触は硬かった…破れた衣服の下からは銀色に光る鉄製の代物が見えた。



「くそっ!」



「雷よ命令する。我に在りし力を使い、雷雲より追撃せよ!」



『拡散する落雷〈ディヒュージョン・ユーピター〉』



嫌な空気を感じた新太はバックステップでその場から離れる。すると新太が立っていた場所に雷撃が落ちてきた。それも1個だけではなく3個程新太に目掛けて落ちてくる。



「あっ…ぶねえ!」



雷の攻撃を全て避けきった新太は口元を拭いながら前へ向き直すと、感じた違和感を頭の中で整理する。



(なんか…戦いづらい。はっきりとは言えないけど、アイツらは手を抜いてる様な気がする…)



先程新太が雷の攻撃を喰らった時、男は剣ではなく足で攻撃をしてきた。間に合わなくても剣で攻撃をすれば片腕ぐらいは斬り落とせたはず。



それに魔法で後方から撃ってくるのであれば、リオに向けて撃ったりや新太を挟み撃ちにして攻撃すれば簡単に倒せるはず。



そして敵のリーダーが命令すれば、2人は苦しむ表情を見せる。



「お前らは、何か弱みでも握られてるのか?」



新太は正直に思ったことを聞いてみることにした。すると2人は少しだけ目の色が変わったのを新太は見逃さなかった。



(やっぱり何かあるんだ…戦わされる理由が)



「ねえアンタ達。速くそいつを黙らせないと…ねえ?」



「く、おおおおおお!!」



何かに怯えながら男は新太に剣を上から振り下ろす。新太が立っている場所には大きな土煙が舞い上がり、それを見ていたリオは叫ぶ。



「アラタ!?」



「大丈夫だ…リオ…!」



煙が晴れた所には新太が白刃取りの形で大剣を受け止めていた。これには流石に敵も驚いたようで、直ぐに次の行動を移す事が出来なかった。



「お前らがどんな弱みを握られてるのかは知らない…でもなあ!他人を死に追いやってしまう行動はダメなんじゃないのか!?お前達だって旅をしてて色んな人達を助けてきたんだろ…。何で逆らわないんだよ!」



剣を受け止めながら新太は男に対して、疑問を投げつける。すると男は歯を食いしばって口を開いた。



「仲間が…捕らえられて、奴の命令に逆らうことが出来ないんだ」



「やっぱりなにかあるんだな!」



大剣の重みが無くなり攻撃の手が緩み相手の話を聞こうとするが、男が膝を着いて苦しみだす。



「ぐあああああああ!!」



「要らないことをペラペラと喋るんじゃないよ!」



男の胸が怪しく光っており、命令を強制される原因がそこにあると理解した新太は倒さなければならない敵を再確認出来た。



「この人に何をしたんだ…!」



「紋章を刻んでるの…命令に逆らう者に激痛を伴わせる。その紋章を私達は刻まれてるの」



声の主はあの三角帽子を被った女性だった。額に汗をかきながらその事実を新太に伝えたのだった。



「それで他人を強制的に動かしてるのか。やっぱりアンタをぶっ飛ばさないと駄目みたいだな!」



「他人の心配をするよりも~自分の命を優先した方がいいんじゃない?さあお前達!そのガキを殺しな!」



先程よりも強い力で拘束される2人は膝を着いて蹲る。嗚咽を漏らしている光景を見ていた新太は両手を強く握りしめて怒りを露わにしていた。



「ぐ、おおおお……!すまぬ…すまぬぅぅぅ!」



男は涙を流していた。その涙は痛みによる物なのか…それとも別の意味を表しているのか。



(そうだよな…自分はこんなことをしたいわけじゃないのに、人の為に何かをしたかったから力を付けたんだよな)



迫ってくる大剣を新太は魔力で纏った拳で受け止める。



「アンタ…名前は?」



「な、何故それを今聞くんだ?」



「そんなの決まってるだろ…!アイツぶっ飛ばした後で友達になるためだ!」



大剣を弾き返して攻撃を防ぐ新太を見た男は口を動かすと自身の名を明かす。



「ラデク…それが俺の名だ。あっちの魔法使いの方はリランだ」



「そっか。先に謝っておくよ。あの野郎をぶっ飛ばすために俺はアンタらを攻撃する」



「そうか。なら頼んだぞ…ヌオオオォォォ!!」



笑顔を見せたラデクは、自身の魔力を大剣に纏わせて渾身の一撃を新太に向けて放ち斬撃となって飛んでくる。



「だああああああああああっっ!!」



声を上げながら新太は斬撃に向かって駆け出していき、負けじと全力の一撃を攻撃を当てる。



するとその斬撃は打ち破られ、新太の拳はラデクの腹部に届き殴られた箇所を抑えてその場に座る。



「ガハッ…!強いな…少年」



「絶対に貴方達を自由にしてみせるから」



「お前は速く魔法を撃ちまくりな!」



命令されたリランは言われた通りに雷の魔法が新太に襲い掛かってくる。新太は走って無数の攻撃を避けようとするが、全ては回避することは出来なかった。



「ご、ごめんなさい!」



「ぜ、全然平気!リランさんは謝らなくていいさ」



身体に攻撃が掠ってあちこちが痺れてしまって、仰向けで倒れてしまう新太。その時新太の背中に硬い感触があった。



(あ、そういえば)



何かを思い出した新太は再び立ち上がると右腕を相手に見せないように後ろ側に回すと、リランに向かって走り出す。



先程と同じ雷の魔法が繰り出され、上から雷撃が落ちてくる。しかし新太はその攻撃を待っていたかの様な動きでギリギリ躱していくと、新太は何かをリランに向けて投げつける。



それはここに来る前に武器替わりに拾った木の棒であった。意表を突かれたリランは腕で顔を覆い隠して身を守ったが、攻撃の手は止まってしまった。



その瞬間を逃さないように新太は足に魔力を込めて跳躍力を上げて一気に近づいていく。



リランは杖で殴りに掛かってくるのだが、新太は足払いで転倒させる。そして直ぐにリランの背中に乗って取り押さえる。



「はあ、はあ。これで俺の勝ちだぞ!」



新太は睨むように敵のリーダーを見つめると女性は肩を震わせて笑い始めた。



「アッハハハハハハ!凄いわねえ本当に。ねえ?こっちに来てみない?相応な対応で迎い入れてあげるし、体だって使わせてあげなくもないわよ?」



「それは嬉しい勧誘だけどさあ、なんか病気とか移されそうだから遠慮しとくわ。それよりも速く2人を解放しろよてめえ!」



「そうね…負けた人なんかにもう興味なんて無いし。いいわよ?自由にしてあげる」



女性は左腕を前に出すと、不敵な笑みを浮かべながら言葉を発する。



「自害しなさい。アンタ達」



「――は?」



取り押さえているリランは舌を噛み、ラデクは隠し持っていたナイフを取り出し自身の首元に突き刺した。



「ごっっ…ば」



目の前に居るリランは口から血を、目からは涙を流し目の光がどんどんと薄くなっていく。その時にギュッと新太が着ている上着の袖を握りしめると、力が弱くなって腕が地に落ちる。



そっと地面に寝かせたあと、新太はラデクの側に近づいていく。しかしもう意識は無く、見開いたままこちらを向く死体となっていた。



「フフフフ。ほら望み通り自由にしてあげたわよ?」



「そんなのは自由じゃねえ…!お前はただ人の命を奪った殺人行為だ!」



「落ち着いてアラタ!」



冷静さを欠けてしまわないようにリオが新太に声を掛ける。



「絶対に許さないからな!このクソ野郎!」



「私が勝ったらアンタ達を奴隷にしてあげる。この私、ロザリーのねえ!」



ロザリーと名乗った敵のリーダーは歪な形をした長い槍をクルクルと回して前に突き出す。



それに臆することなく新太はロザリーに向かって走っていく。



そして2人は衝突していく――。

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