9話「託された想いの行方」

(…罪悪感が…私の体を襲おうとする。駄目だ…助けると誓ったじゃないか…私の命が亡くなろうと今度こそは…)



 長い銀の髪、青い透き通った瞳に黒い上着を羽織り、中の白いシャツからは少しヘソがチラッと見える。おまけに一本アホ毛が目立つ女性レオイダ・クメラという女性は俯きながら山道を歩いていた。



「流石に長く一人で居すぎたか、3時間も悩み続けてしまった。だが反省するしか…ん?集落が騒がしい…。何かあったのか?」



 彼女は歩きを止め、走り始める。ほんの3分程で目的地に到着する。



「…!」



 そこで見た光景は…大勢の魔物が集落に襲い掛かっていた。その悲惨な光景が彼女の目に映った。



「アラタは…アラタは何処にいる!?」



 焦りが。自分で立てた誓いが。約束が。また守れなくなってしまう。



「うわあぁぁぁぁっ!!」



「ハアアッ!!」



 長い銀髪の女性は一蹴りで魔物の首を弾き飛ばし、襲われている男を救い出す。



「た、助かりまし…」



「アラタは!どこに行ったんだ!」



「ぇぇ…」



「頼むから答えてくれ!」



「あいつなら、リオという少女を助けるために…って何処へ!?」



 決まっている。新太のいる場所へ。だが歩みを止め、集落を見る。一人だけ助けたところで、新太はその結果を喜ぶだろうか?自分の身を犠牲に囮になるような人物なのだ。



(私一人でなんとかするしか…)



 歯を食いしばり、彼女の出した結論は新太を信じる。そのために集落の方へ向き、走り、魔物の命を奪う。



(耐えてくれ…アラタ…!)



 その集落の中。一人の女性は魔物を蹴散らし、人々を救う。それを続け、かれこれ1時間は経過した。疲れは出ていない。だが頭の中は、新太が今どうしているのか、そう思いながら戦っている。



(明らかにおかしすぎる…こんなに時間がかかっているというのに、魔物の進攻が止まる気配が無い。…何かある…)



「わああああああああああっ!!」



(そして、さっきから私を狙わない。怪我人ばかりを襲っている)



 思考を巡らしながら、一撃で魔物を葬っていくレティア。



「はあぁ~ありがとうございます…」



「…少し質問いいか?」



「えぇ?ああはい」



「お前のその包帯の傷は、敵に付けられたのか?」



 男の上半身は包帯で巻かれており、所々魔物に襲われたであろう傷が、あらわになっている。



「この傷ですか?コレは敵の親玉に付けられた傷ですよ」



「周りの奴らもそうなのか?」



「どうでしょうね…でも大半はそうだと思いますが」



(魔物は怪我人ばかり狙う、最近になってから、隣の集落との抗争…)



「失礼する」



「えぇ!?な、何をするんですか!?」



 銀髪の女性は急に男の体を触り始める。いきなりの事で男はドキッ!っとしたが、彼女はおかまいなしに、調べる。



(なるほど…仕掛けはこれか)



 包帯で巻かれた場所に魔力を当てると、紋章のような文字が浮かび上がってくる。



「この紋章がある限り、この集落は魔物で囲まれ続ける事になる」



「ど、どういうことでしょうか!?」



「おそらく敵の親玉とやらは、いろんな人達に傷を付けると同時に、この紋章をつけた。その紋章の効果は、魔物を呼ぶ効果があると見ていいだろうな」



「これは、どうやったら消せるのでしょうか!?」



「敵が自分から消してくれるか、殺すしかないだろう。敵の親玉自ら行動していたのは、こうするためだったんだろうな」



(このままだと無限に魔物はこの集落にやってくる。数十人ならまだなんとかなったが、これが数百人となると、効力は何倍にもなるだろう)



 彼女にとって魔物は大したことはない。体力だって全然ある。



 だが精神はどうだろうか。



 ずっとこの状況が続くのなら、人はどう思うだろうか。



 燃え盛る炎に照らされながら、彼女は再び立ち上がる。



 一人の少年が帰ってくるのを信じて――。


















 暗い森の中に2人の少年少女が逃げる様に駆け回っていた。



 1人は、髪色は茶色寄りで短く、髪型は少しツンツンして逆立っており、黒い無地の服を着た輪道新太という少年が少女を背負っている。



 そしてもう1人は、ボロボロになった薄い緑色に半袖の上着の上に新太の灰色の上着を身に付け、ショートボブの藍色髪で頭には赤いカチューシャを着けたリオという少女。



 新太はロザリーという女性に勝利した。いや正確に言えば倒せていないという方が近いのだが。



 リオが住んでいる集落は問題を抱えていた。その元凶を新太は倒すことは出来たが、ロザリーは最後の力を振り絞り凶悪な姿に変貌しようとしていたタイミングで新太は逃げ出したのだ。



 そして新太とリオの背後からは空気を震わせる程の大声が今でもビリビリと肌で感じとれた。



「ど、どうするの!?これからっ!」



「とりあえず集落に戻る!あいつがどんな姿になってるかは見てないが、ヤバイことはわかった!リオ!帰り道はわかるか!」



「うん!そこを右に曲がって真っ直ぐ!」



「了解!」



 流石はここを狩場にしているだけはある。と思いつつ新太は言われた通りに右に曲がる。



(ん?なんか聞こえる?)



 顔を少し上げ、暗い景色の中を真っ直ぐ見つめる。そしてすぐにその答えは出てきた。



「あ!居たぞっ!!」



 木から木へ飛び移るように、見知らぬ3人が新太達の元へ駆け寄る。



「えーと…お前らは?」



「俺らはお前を追いかけにきたんだよ。お前一人じゃ絶対勝てないと思って…」



 男の外見は30~40代の年齢で、髭などが生えている。その男は新太をよく見てみると、驚く結果を目の当たりにする。



「な!?え!?リオ!おまっ…助けられたのか!?」



「嘘…勝てるわけないと思ってたのに」



 3人の内の一人は女性で、いろいろと肌を露出している服を着ており、まるで男を誘惑するために着ているのでは?と思う程だ。



「……っ」



 驚いているのか、悔しいと思っているのかわからない表情をしている少年は黄緑色の髪で首元まで伸ばされている。年齢はおそらく新太と変わらない。身長は新太の方が高いが。



「とりあえず、自己紹介を。俺はヴァリー」



「私はマイリ。よろしく~」



「僕は…エヴェン…」



(俺はどれだけ信用されてないんだよ…いやそれよりも)



「てか、呑気に名前聞いてる場合じゃねえ!話は走りながら聞く!」



 新太は相手からの質問すら受け付けず、その場を走り去っていく。続いて3人も新太達を追いかける。



「なあ?どうなったんだ?やつらの親玉は倒せたのか?リオがいるってことは倒せたんだろうけど…あとそのガラス玉はもしかして神代器か!?」



「ああ。これを使ってロザリーは力を付けてたんだ。まあ、勝てた…に近いか…その後ロザリーが自分に武器を突き刺した途端様子がおかしくなったから逃げてきたんだ」



「え?何?その後はどうなったの?気になるじゃない!」



「やばいと思って逃げたんだよ!姿、形は見てない」



「でもアラタは間違いなく勝ってたよ。精神的にもさ…」



 突然リオは新太を褒める。それを聞いた新太は少しキョトンとした顔で『いや何で?急に?』と返してしまう。



「とりあえず、一度集落に戻ってなんとかするしかない。強くなっているのかはさておき、ヤバイのは、ひしひしと伝わってきたからな」



 おそらくいい判断だろうと誰もが思う。だが2人を除いて、他の3人はその判断を拒んだ。



「いや…その提案には乗れないな…」



「え!な、なんで!?」



「いいか?お前がリオを追いかけた後、怪我人達の面倒を見ていた。そしてお前を追いかけようとした時だ。集落に魔物が集まってきやがったんだ」



「ぁ?まさかあの時ロザリーが言っていた事は…」



 リオが声を絞り出すように言い放つ。それに続いて新太は走るのをやめ、思った事を話す。



「じゃあ先生は?あの人は戻ってきていないのか?」



「それはわからないわ…まだその時はいなかったから…」



(戻っていない…それに今こいつを連れて戻ったら、大惨事になること間違い無し…)



 突然。中年の男、ヴァリーは足を止め、ゆっくりと口を開いた。



「…時間は俺が稼ごう…」



「はあ!?何言ってんだお前!?敵の強さが分からない上に1人で時間稼ぎは危険すぎる!」



「しかし誰かが時間を稼げば対策は立てられる。そしてお前は先程の戦闘で疲労している。これなら全滅は避けられるはずだ」



 その言葉を聞き、新太は返答する事が出来なくなる。何かいい策はないかと考えはするが、いい策は浮かび上がらない。



「うだうだ言っている場合ではない」



 ヴァリーは振り向き誰の声も聞かず、走っていく。



「なあ!?クソッ!マジで行きやがった!」



(……駄目…だよ)



 リオはギュッと新太の服を握る。追いかけるかどうか迷っているのだが…相手がわからない以上無鉄砲に近づくのはどうなのか。



「はぁ~仕方がないわね」



「うぇ?」



 今度は女性のマイリが前に出る。



「私も行ってくるって言ってんの」



「ちょ、ちょっと待て!今考える!なんとか出来る策を今考える!」



「時間掛かるなら私は面倒だからパス。あんた達はすぐに戻って手伝って上げて」



 言い終わると、マイリは木から木へ飛び移って移動する。そして今度はエヴェンが前に一歩踏み出す。



「リオちゃん…みんな守りたいんだよ、君と集落を。僕だって守りたい。ねえそこの君」



「あ?」



「リオちゃんに手を出すことは許されないからね」



「…はあ?」



 そう言って少年、エヴェンの姿は暗闇の中に消えていく。その中に取り残された少年の心は、悔しくて仕方がなかった。



 自分の弱さを――。



 決して死んでほしいとは思ってはいない。ただ接し方を考えて欲しかっただけなのだ。



 どうする。どうすればいい?と頭の中で考えていた所で意識を取り戻す。どうやらリオが声をかけてくれたおかげで我を取り戻した。



「ねえ…アラタ…」



「ん?」



「私…嫌だ…血は繋がってないけれど、私にとって家族のような人達なんだ…」



 リオは腕に力を込める。新太は息苦しく感じるが、最後まで話を聞く。



「これが、馬鹿なことでも…私は…やだ…」



 言い終わると同時に、雫が落ちるような音が、新太には聞こえた。そして走り出す。



「本当に後悔はないよな!死ぬかもしれない…結局は力押しする形でさ!」



「大丈夫…私も戦うから!」



 そして新太達は向かっていった3人を追いかけるため、再び戦闘をした地点へ戻っていく。



「リオ先に言っておく。多分俺は戦闘になったら役には立たないと思っててくれ」



「なんでよ!?アラタ普通に強かったじゃない」



「理由は一つ。俺はさっきの戦いで怪我をしたし、魔力だって完全に回復したわけじゃない。現状攻撃力が一番高いのはお前なんだ」



「うん…分かった!」



「よし。音が聞こえるようになってきた…敵は近いぞ!」



 より一層緊張感が、2人を包み込む。そしてその時は来た。



 辺りには、魔物によってクレーターが出来ており、木などがめちゃくちゃに倒れていた。



「大丈夫か!?」



「バカ!?何故逃げなかった!?」



「こいつが、自分の大切な仲間が、知らない場所で死んでいくのが嫌なんだそうだ。だから戻ってき――。」



 次の瞬間、新太達は絶句した。理由は目の前の敵を見たからだ。



 新太の先にいる魔物は、頑丈そうな鱗に包まれた体を持っている。いうなら『リザードマン』に近い魔物。余裕で背丈は2mは超えている。頭部には紫の髪がボサボサと生えている。仮にこれがロザリーだったとしたら、もうあの美貌はどこにいってしまったのか。と誰かに尋ねたいぐらい変貌している。



「ねえ、アラタ。まさか…これがロザリーって言わないよね?」



「みなまで言うなよ…俺だって否定したいさ!」



 ゆっくりと背中から降ろし、音を立てないように足を地面に着かせると同時に魔物が雄叫びを上げ、戦闘が始まった。



(人が怪物化した展開は、よくゲームとかにあった…話しかけて人としての意識を呼び起こすことが出来るんじゃ?)



 現代社会を生きていた新太は、そんなことを思いつく。そしてガラス玉をギュッと握りしめ、言い放つ。



「おいっ!ロザリー!そこまでして自分の夢を叶えたいのか!?魔物化したら、もう叶わないんだぞ!」



「グオォォォォォォッッ!!」



 だが新太の声は、まったく届いていないと理解する。ただ目の前の敵を殺そうと攻撃する様は、本当に魔物の様だった。



「アラタ!?急に何を言ってんの!?」



「いやなんかこういう展開で、なんか人間の意識を呼び起こして隙とか作れないかなって思って…」



 一同はそんな都合がいい展開はないだろう。と思いつつ攻撃を始める。



 そして3人は素早く移動し、撹乱しようとしている。たまに短刀などで、傷をつけようとするが、鱗が硬いせいでまったく傷が付かない。



(攻撃している武器には魔力が込められている…それでも奴の鱗が硬いせいで刃が通らないんだ。俺の攻撃は通用するんだろうか)



 だがその場に留まっている場合ではない。手に持っているガラス玉をその場に置いて、すぐに新太も行動に移す。



 右足に魔力を込め、敵の側面から近づく。気配に気づいたのか、魔物は新太の存在を認識する。



「らあっ!!」



 魔物の体が新太の方へ向くと同時に、魔力を込めた右足を顔面に入れ込む。しかし、全く効いていないのか、ゆっくりと目を開けた。



(駄目…なのか?)



「ガアアアアアアアアアッ!!」



 咆哮と共に大きな手が、新太の目の前まで迫る。巨体な割に、意外にも速さはある。完全に不意をつかれたため、避ける動作に遅れてしまう。



「んぐ!?」



 間一髪ヴァリーが飛び込んで、新太と一緒に転げ回るように回避する。



「武器すら持ってない奴が、攻撃に参加するんじゃねえ!!」



「ごめんなさいねえ!!そしてありがとうございます!!」



 新太の攻撃はまったく効かない。それどころか、この場にいる全員はこの魔物を倒す攻撃力を持っていない。と新太は思ってしまった。



 もしかしたら誰か大きな必殺技というものを持っているかもしれないが…



「とりあえず俺が囮になる。隙が出来た瞬間、お前らが持ってる武器で、目でもなんでもいい…奴にダメージを与えてくれ…」



「それができればよかったんだが…」



 ヴァリーは新太に手に持っている武器を見せる。だが決定的に足りない物があった。



 刃が折れていたのだ。



 武器に魔力を与えれば、強度が増すことは新太は彼女に教えられていた。この世界に住んでいる人は義務教育のように教えられているため、そんなの知らないとは言えないのだ。



 この場にいる者は決して弱くはない。だが刃が折れてしまっているこの結果を見ると、どうやっても無駄に終わってしまうのでは?と新太とヴァリーは思ってしまった。



(俺の全攻撃魔力を右手に集めて攻撃するか?もしかしたら奴の鱗にヒビを入れらるかもしれねえ…)



 だがあの時ロザリーの一撃に打ち勝てなかった前科がある。結果を残さなければ意味がない。



「そうだ!リオ!あの技を使ってくれ!」



 何かを思い出したかのように新太はリオに叫んで、伝える。



「でもこれほどの魔物に通用するとは思えないよ!?」



「けど、これしかない。負担は掛けてしまうかもしれない…技の威力を最大限まで高めて攻撃してくれないか?」



「…分かった。でも時間を頂戴!1分間私は魔力を高めるから!」



 ここから先は命が掛かった時間稼ぎが始まる――!



(奴は硬い鱗で覆われている…俺自身の攻撃は全くの無意味でまともに戦える状態じゃない。なら今の俺に出来ること…)



 それは攻撃してくれる仲間のサポート。ただそれしか出来なかった。



「ぐうっ!!」



 エヴェンは攻撃によってバランスを崩してしまう。素早く動いていたが、動きに適応してきているのか、徐々に追い詰められている。



 そして勢いよく魔物がエヴェンに飛びかかるが、それはただ空を切るだけだった。



 先程自分自身が助けられたように、今度は新太がエヴェンの手を引っ張って助ける。



「ハアッ!!」



 その攻撃の後隙を獲るようにマイリが背中を切り裂く。だが全然刃が通らず剣はボロボロに刃が欠けてしまっている。まるで壁に向かって斬っているみたいに硬い。



 だが魔物はマイリの方へ向くことはなく新太達の方へ視線を向ける。そして片腕を上げ、パンチをしてくる様なポーズをとる。



(耐えられるか…あの攻撃を。もし耐えられなかったら…いや)



 その時の新太は、あの時のオークの一撃を思い出していた。されるがままだったあの時のことを。



(無理…!)



 ストレートパンチが新太目掛けて、まっすぐ向かってやってくる。



 受け止めるという選択を捨てて避けることに徹底した新太は全力で飛び出して回避する。



 ドッッゴオオオオッ!!



 強大過ぎる衝撃に周囲に居た人もよろめいて転倒してしまう。



「あんな一撃受け止められっかよ!」



 魔物周囲に土煙が舞っている瞬間にヴァリーは煙を利用し死角から迫ろうとするが、尻尾を使った攻撃をヴァリーは喰らってしまい、リオのいる方向へ飛ばされてしまう。



 一方リオは飛ばされたヴァリーは気にせず、魔力の方へ集中する。



(後…少し…!)



 そう思った直後だった。全員は驚愕する。



 魔物は何かに引き寄せられるように、リオの元へ走ったのだ。その瞬間、新太はその反応に気づいた。



 その場にいる全員はリオが立っている場所へ走る。だが反応が遅れたため間に合うことはない。



 一人を除いて――。



 魔物は口を大きく開き、まるでリオを捕食しようと近づく。



(避ける…いや無理!溜まりきってないけど、駄目元で打つしか…)



 その横から、押し出される様にリオは飛ばされる。リオは一瞬わからなかったが、すぐに他の人と同じように理解した。



 ヴァリーが、魔物に噛みつかれていた。ちょうど腹部を中心に噛みつかれて、ぶら下がっている状態であると同時に…



 ヴァリーの上半身と下半身が真っ二つに別れてしまった。その光景を全員は見た。



 すぐに見た光景は残酷で、悲しい光景だった。



「あ…あぁ…」



「あああああああぁ…アアアアアッ!!」



 魔力の事を完全に忘れてしまい、この惨劇を受け入れられずにリオは叫び続ける。



「オオオオオオオオオッッッッッ!!」



 赤い鮮血が体から、ブシャァっと溢れ出る。



 リオの叫び声よりも、赤い鮮血が月の光によって照らされた、魔物の声の方が響き渡る。



「はああああああっ!!」



 マイリがいつのまにか魔物の背後に回っており、剣を首元に近づけ、刺そうとするが、バキィィッ!と音を立てて、剣が砕け散る。



(硬…どうすれ…ば!?)



 驚いている瞬間に魔物が腕を振るい、エルボーの様な形でマイリの体に直撃する。



 マイリは吹き飛ばされ木々に打ち付けてしまい、体からはドガッ!ベキッ!という鈍い音が鳴り響き骨が折れてしまう。



「待っ…て…やめ…て」



 精一杯声を出して、マイリが魔物に許しを乞う。が、そんな声も届かずに――。魔物は、足を上げ、顔に目掛けて、踏む。更に踏む。踏みつける。



「止めろぉぉぉぉぉぉっ!!」



 エヴェンの声が響くが、そんなのお構いなしに魔物は攻撃を続ける。残された3人は圧倒的恐怖が勝り、何も出来なかった。



 グシャアァッ!!と音が鳴ったあと、真っ先に行動したのは新太だった。その後も魔物は体を踏み潰す動作を繰り返している。



 今すぐにでも逃げ出したい…そんな一心だった。それでも動けたのは、そんな恐怖心でもあったから。



「クソォォォォッ!!行くぞ!エヴェンっ!」



「あ、あぁ?」



「今の俺達じゃあ…どうする事もできねえ…逃げ…るぞ…」



 この選択は正しいのだろうか、仇を打つのが正解なのだろうか、今の新太にはわからない。



「うぁ…」



「行くぞ!」



 呆然としているエヴェンの手を無理やり引き寄せ、立ち上がらせ走る。



 リオの元へ急ぎ、『逃げるぞ!』と言い涙を流しながら立ち上がる。



(2人の精神こころは折れてしまったかもしれない。とはいえ…俺も見たくない光景を見ちまったしな…)



 辛いのは新太だけではない。残った2人もそうだろう。とりあえず今は逃げねば!と思い、2人の手と地面に置いたガラス玉を拾い上げて走る。



 だが新太の足は止まった…正確言い直すと止められたのだが。違和感のある左足の先を見る。その光景に新太は驚いた。



 上半身に、なってしまったヴァリーが新太の歩みを止めていたのだ。



「ア、アンタ!?大丈夫なのか!?」



「頼……む。仇をとって…くれ…」



「へ?」



「あいつが…今回の…親玉ってやつなら…殺されて、逝った仲間たちの無念を…ここで奴を止めないと集落に居る人達が…!」



 ヴァリーは新太の服を掴み、涙を流し、プライドを捨てても、目の前にいる少年に託そうと懇願する。



「俺…達を…助け…てく…れ」



 そう言ってヴァリーの手は地面に落ちた。



(俺には…そんな力は無えよ。…こんなの託されたとしても、俺にはどうすることもできねえ…でも…そんなお前らがこんな俺に、願ってくれた…助けてくれと言ってくれた)



 新太はヴァリーの頭を抱え、開いていた瞼をそっと手で閉じる。



 ゆっくりと『何か』を託された少年は立ち上がる。



 今でも怖い。あんな凶暴な魔物に真正面から戦うとなれば、今でも足がすくむ。



「リオ…エヴェン。とりあえずお前らは逃げててくれ」



「は…あ?何言ってんの!?」



「俺は今。ヴァリー…いや、こいつに殺された奴らの思いを託されてんだ…俺がこんなセリフを言うのは合ってないけどさ、どんな奴でも託された願いは受け継がなきゃいけないと思うんだ」



「……っ」



「それにあの人達は、住んでいる集落の事が本当に好きだっていう事は伝わった!」



 ドスン!グチャアッ!という死体を踏む音が聞こえなくなると、魔物は新太達の方へ向き、牙を剥き出しにしている。



 今この場で目を合わせている人物は3人。魔物と化したロザリー、新太、そして…



「私はその提案には乗れない」



「……マジ?」



「そりゃそうでしょ?勝手に自分の意見を主張して、私が『はいわかりました』って言うと思う?」



「一発でも喰らったら三途の川とか見えかけると思うぞ」



「上等よ。それにあいつに仇をとりたいのはあなただけじゃない」



「ま、待って!それなら僕…も…あ…れ?」



 エヴェンは立ち上がろうとするが上手く立てない。見てみれば足は震えている。



「大丈夫か?」



「大丈、夫だ!こんなの…」



 しかしエヴェンは立ち上がる事は出来なかった。その様子を見ていた新太は肩を貸して起き上がらせる。



「エヴェン。お前は帰った方がいいんじゃないか?」



「なんで君がそんなことを言えるんだよ!?君だって強くはないはずだ!どうして君は立っていられる!?」



「それはわかんねぇよ…なんで俺がここまでしなきゃいけないんだって思った。でもここには死なせてはいけない命がある…」



「……」



「今でも怖い…あんな大きな手で攻撃でもされたら簡単に死ぬと思う。けどこんな俺に、必死な思いで託してくれたってだけで、戦えるよ」



 新太は悔しがっているエヴェンに透明なガラス玉を差し出す。



「それ持って帰っててくれ。これで相手がまだ使うことが出来るなら、絶対に勝ち目は無くなるからな」



「わかった…けど助けに来るから!ちゃんと増援を呼んでくるから!」



 そう言ってエヴェンは森の中を走っていく。残された2人は魔物の方へ体を向け、再び対峙する。



「さてと…やりますかね…」



 新太は足を手で叩き、震えを無理やり押さえ込む。そして、再び命を懸ける戦いがもう一度始まろうとしていた。


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